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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第三章
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幕間 シャルロの領主

「本当にあれでよろしかったのですか?」


 シャルロ領主の執務室は領主のアイリスとその執事しかいない。

 奥に置かれた書斎机に向かって書類を読んでいたアイリスは執事の言葉に顔をあげる。


「よろしかったって何が?」

「……蒸気機関車のことでございます。妖精に正式な申し入れをしたにも関わらず、わざわざ議会が開かれるように仕向けたことについて聞いているのです」

「仕向けたね……人聞きが悪くないかい?」

「失礼いたしました」


 執事は頭を下げると、アイリスは“気にしなくてもいい”と言って手を振る。


「私は何にもしていないよ。妖精議会が開かれたのはあの大妖精が必要だと考えて開いたものだ。実際、最初から可決されるのは決まっていたし、細かいルール作りの場として利用したんだろう。まぁ若干気になる点もあったけれど」


 そう言ってアイリスは先ほどまで読んでいた書類に目線を落とした。


「それは?」

「報告書だよ。報告書。定時連絡まで期間があるけれど、気になることがあったからね」


 アイリスは報告書を手に取り、それを執事に渡す。


「失礼します」


 礼儀正しく礼をしてそれを受け取った執事は内容を読んでこれでもかというほど目を丸くした。


「これは……」

蒸気機関車(あれ)に関する情報には気を付けていたつもりなんだけどね。どうやら甘かったみたいだ。それも内部犯の可能性が高いとまで言われちゃうとかなり厄介なことになる。あぁそうだ。わかっていると思うけれど」

「はい。この内容については口外いたしません。それよりも内部での調査はいたしましょうか?」

「……いや、それをお願いしたいのはやまやまなんだが、今の段階だと情報を外部に漏らした可能性があるのは職人たちと一部のメイド、そして報告書を作成した本人ということになる。口に出してしまえば少ないように聞こえるかもしれないが、ことがことだけにかかわっている人間はかなり多いし、やむを得なかったとはいえ庭にあれほどのモノが置いてあるんだ。目立たないわけがない。誰が漏らしたかも大切だけどこれ以上の漏れをどう防ぐかと漏れた情報をどう扱うか……この二つが重要になってくる」


 アイリスはまっさらな羊皮紙とガラスペンを用意する。

 紙の最上部に“最重要機密”と書いてからさらさらと魔法陣を描いた。


「まずはこれ以上の漏れをどう防ぐかだけど、これは情報の管理を徹底させるほかないな。たとえば、蒸気機関車に関する資料の持ち出し禁止や紙媒体に情報を書いて持ち出そうとしていないかの確認、それと漏れた情報の内容が“革新的な移動手段が発明されつつあり、他の交通機関は存続の危機に直面する可能性がある”という具体性に欠けるモノが中心だったあとある。それと、“情報が漏れている可能性がある。気を付けるように”と皆に呼びかける。そうすれば、情報を持ち出している人間はばれるのを恐れていい抑止力になるはずだ。ただ、一部方面では蒸気機関車という名称つきで漏れていたから直接かかわっている人間とそうでない人間がそれぞれ情報を外に漏らした可能性があるわけだ。情報がひろがった経路からして馬車組合やドラゴン組合とつながりが強いまたはどちらかから仕事を請け負っている職人、もしくはその家族関係者といった候補が浮上する。だから、これは直接関わっていてもそうでなくても周知した方が効果がある。それに……」


 そう言って、アイリスは少し視線をそらす。


「どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。それにこれの伝え方として、私が直接言うのではなく噂として流すほうがより効果的だ」

「と言いますと?」

「まぁ要するに“最近、庭に置いてあるものについての情報が外部に漏れたらしい。そのことについてアイリス様が調査をなさるそうだ”とメイドたちが言っていたら、情報を漏らしている身としてはどう思う?」

「バレるのが発覚するのを恐れる……しかし、それでは先ほどと同じなのでは?」


 アイリスは分かっていないといわんばかりに首を振る。


「いや、違う。まず重要になるのはシャルロッテ家の立場だ。仮に私が皆の前で情報が漏れているなんて言われてみろ。どうなる?」

「それはシャルロ家の情報管理の信頼度にかかわる可能性がある。ということですか?」

「そういうことだ。メイド同士のうわさだったら、身に覚えのないものはそんなことあるはずないと言い切ってしまうのが大半だろうし、身に覚えのある人間はばれるのを警戒するし、うわさが館中に広まった頃を見計らって情報管理の強化をする。そうすれば、あのうわさは本当だったんだという話になる。しかし、私たちは扱う情報の重要度を考えてこのような措置を取っているとあくまで情報の漏えいに関して知らないふりをする……どうだ?」


 執事はアイリスの話を深く理解していくように何度かうなづいた。

 その後、少しの間天井を仰ぎ口を開く。


「確かに良い案かもしれませんな。ただ、うわさの流し方と流す相手には十二分に注意なさいますように……」

「わかってるよ。それともう一つの漏れた情報の扱いに関しては少し当てがあるから、そちらを頼ることにするよ。長々と話に付き合ってもらって悪かったね。仕事に戻ってもいいよ」


 そう言いながらアイリスはこれまで話していた内容をまとめた紙を執事に渡す。


「かしこまりました」


 紙を受け取り、きれいにお辞儀をして立ち去っていく執事を見送った後、アイリスは先ほど見ていた壁の方に視線を向けた。


「……いるんだろ? さっさと出てきたらどうだ?」

「相変わらず鋭いな」


 その声とともにアイリスが見つめていた壁が揺らいで黒いローブに身を包んだ人物が現れる。


「その程度もできなかったら護衛なしで領主なんかやらないよ」

「それもそうかもしれないわね。さてと、私は出回った情報の収拾を計ればいいのかしら?」

「そうだ。一応確認だけど、情報流したのはあんたか? 多重スパイさん」


 黒いローブの人物……声の高さからして女性だとわかるその人はくつくつと笑い声をあげる。


「さて、どうだろうね。私は私の仕事をしているだけだよ。ただ、蒸気機関車とやらの情報を私のところに持ってきたのはシャルロッテ家の関係者じゃないとだけ言っておこうか」

「それは、信頼しても良い情報なのか?」

「えぇ。私は良くも悪くも正直者だから……勘違いしないでほしいけれど、例の情報が私の耳に入ったのは偶然よ。表の仕事をしてるときに小耳に挟んだ程度だから……あくまで私は“三者”の関係を取り持つだけで当事者以外の連中に情報を流したりしないのは保証させてもらうわ」


 アイリスは大きくため息をつく。

 そのよう様子を見て、彼女はいかにも楽しそうな様子で笑い声をあげる。


「……まぁいいか。それに関しては信用してやるよ」

「それはどうも……情報の隠蔽方法はいかように?」

「いつも通りに頼むよ」

「了解。それじゃ、私はこの辺で」


 そういうと、女性は手をひらひらと振りながら立ち去っていく。


「あぁそうだ」


 女性が足を止める。


「大妖精との関係には注意した方がいいわよ。突然、手のひらを返すように敵になったりするから……」

「ご忠告どうも」

「それではまた、ご用の際は何なりと」


 ローブの女性の周りの風景がぼやけ、彼女の姿が消える。


 部屋に一人残されたアイリスは静かに笑い声をあげる。


「大妖精ね……そんなに気を付けるべき相手には見えないけれど、一応気を付けておきましょうか……今、妖精が裏切ったりしたら面倒なことになるだろうし」


 誰もいない執務室の中でアイリスの笑い声だけが響ていた。

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