百五十九駅目 地下迷宮の主
地下迷宮の某所で大きな音を聞いてから約三十分。
誠斗とオリーブは音の発生源を探して地下迷宮をさまよっていた。
「ありませんねー発生源」
「ないね……何だったんだろう……あの音」
誠斗たちが聞いたのはかなり大きな音だ。
音が聞こえたとき、地面も少し揺れていたので何か大きなものが落ちたか、はたまた壁が崩れたかぐらいではないかと推測していたのだが、そういった兆候は今のところ見当たらない。
「もしかしたらー何か仕掛けが動いたとかかもしれませんねー」
「仕掛けって……そんなのあるの?」
「少なくともー私は知りませんけれどねー例えばー通路が一つ増えているとかあるかも知れませんよー」
「まさか。そんな小説みたいなこと……あった」
そんなことあるはずがない。そう考えながらも手元の地図に視線を落とした誠斗は今、まさにいる場所が手元の地図に記されていないことに気がついた。
それが意味することは、自分たちは気がつかない間に新たに口を開けた通路から未探索エリアに侵入したのだということを表していた。
「どうかしたのですかー?」
「ここ……これまで行ったことがない場所だ……気づかない間にどこかの入り口に入っていたみたい」
「あらあらぁある意味ではよくある話なのかもしれませんねー」
「いやいや、あんまりないでしょ……こんなこと」
そもそも、地下迷宮をさまよっているという状況自体があまりない状況だ。
そんな中で突然作動した仕掛けにより大きな音が鳴り、その発生源を探していたらカギがかかっていた(と思われる)場所に迷い込んでいるなどという状況ははっきり言って奇跡に近い状況だ。
「あらあら。こんなところに迷い込むなんて、ちょっと油断しすぎましたかね」
もう少し言えば、そんな状況下で他人に偶然出会う確立など天文学的な確率だ。といいたいところだが、余裕綽々と言った表情で誠斗たちの前に姿を現したのはどちらかというと、扉を開けたとみられる少女だ。
「……フウラ・マーガレット」
薄暗い中でもマーガレットとそっくりな彼女の姿ははっきりと確認することができた
彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべながらゆっくりとした歩調で誠斗の方へと歩み寄る。
「……はぁカレン様が趣味の悪いゲームをやっている最中とはいえ、ここで議会関係者や姉さま以外の人間と会うなんて久しぶりですね」
「趣味が悪いって思うならやめさせたりしないの?」
「できるわけないじゃないですか。私からすれば、あの方は雲の上の存在ですから……まぁほかにも事情はありますが……さて、こんなところまで来られたんですから、妨害の一つや二つをしてちょっとした功績でも立てましょうかね」
フウラはふっと笑みを引っ込めて手を前に出す。
「……外敵を排せ」
フウラが冷たい声でつぶやいた瞬間、どこからともなく風が吹き始め、それは一気にまともに立っていられないほどの強風になる。
「マコト!」
飛ばされそうになった誠斗の手をオリーブがつかむ。
その瞬間、浮かび上がっていた誠斗の体は地面にたたきつけられた。
「つかまっていてくださいねー手を離すとー私の魔法があなたに作用しなくなるのでー」
「作用しなくなるって……何をしてるのさ?」
「あなたがー飛ばされてどこかに行かないようにー魔法で地面に押さえつけているのですよーちょっとの間我慢しててくださいねー」
オリーブはいつも通りの笑顔でそう告げた後、ゆっくりとフウラの方へと向き直る。
「久しぶりですねーまーだー翼下準備委員会にいたのですかー?」
「……私としてもまさかあなたの姿を再び見ることになるとは思いませんでしたよ。オリーブ・シャララッテ」
「あらあらぁ久しぶりの再会なのに呼び捨てですかー偉くなったものですねー」
「今のあなたは権力ではなく、姉さまと私のための空間に踏み入る邪魔虫ですから。まぁもっとも、この先を進んだところで姉さまはいませんけれどね」
フウラが右手を高く上げる。
「……外敵を押さえつけろ」
ただでさえ地面に押さえつけられている誠斗の体にさらに重力がかかる。
しかし、数秒もすると体はふっと軽くなり、すんなりと立ち上がれるようになった。
「一筋縄ではいかないわね」
「……無駄な動作とー無駄な詠唱。それに私は死霊ですよー? そんな手が通じるとでもー?」
「……通じますよ。私はここの主。この地下迷宮は私の意思を反映して動く。そして、もうすこし言えば“あなたに”通用しなくても“連れの方”には少なくともダメージを与えられているはずですよね? クスクス。少しぐらい自衛すればいいのに……そういう経験がないから自衛のための魔法を行使できないのでしょう?」
はっきり言って、現状はフウラが認識しているよりも幾分か悪い。
誠斗に戦闘経験がないのは当然のこと、重大な問題として誠斗は魔法が全く使えないという点があげられる。
本来、この世界の住民というのはある程度魔法が使えて当然なのだが、残念ながら誠斗はこの世界から見て異世界の出身であり、その世界は魔法など存在しない科学の世界だ。
そんな世界で生まれ育った誠斗がこの世界に来たからといって魔法が使えるようになるかと聞かれれば、そのようなことはあり得ないという結論に至るのは当然だ。
そんなことを知るよりもないフウラは誠斗の状態を“あまりにも急な状況な変化により、一時的に魔法が行使できないでいる”とみているようだが、あまり長時間この状況が続くと、誠斗が全く魔法を使えないということを見抜かれる可能性がある。そうなると、状況がさらに悪い方向へと転がる可能性がある。
「……さて、次はどうしましょうかね」
フウラはにやりとした笑みを浮かべて誠斗たちを見据える。
その表情はまさにこの状況を楽しんでいるとも取れるようなものだ。
「……どういうつもりですかー?」
「どうしたも何も私は邪魔をしたいの。カレン様からは手を出すなって言われているけれど、ちょっとやそっと何かをしたところではばれるはずがありませんからね。さて、続きをしましょうか」
再びフウラが右手を上げる。
何か来る。そう思った瞬間、突如として暗がりから現れたこぶしがフウラの脳天に直撃し、彼女をその場に沈めた。
「……手出し無用といったはずでーすーよーねー?」
その出来事から少し遅れて怒気を込めた声とともにカレン・シャララッテが姿を現す。
「私がなにも監視していないとでも思いましたかー? あなたやーツバサがいなくてもー監視と移動ぐらいならー何とかなるのですよー」
「……監視って。カレン様自らですか?」
「まーさーかーあれれぇ? もしかしてーこの地下迷宮のことを把握してるのがーあなたとーツバサだけだとか勘違いしてますかー? そんなことあるはずがないじゃないですかー私にはーあなたやーツバサがいなくなってもー優秀な部下はまだまだいるのですよー」
足元でうずくまるフウラを見下ろしながらカレンはにやりと笑みを浮かべる。
「さーてー仕事を放棄した挙句ーこんなところで遊んでいたんですものねーどう調理しましょうかーあぁこの部下が粗相をした分ーこちらの負けということにしますのですよー“アイリス・シャルロッテの暗殺”は期限後も中止しますのですよーもっともー“マーガレットの救助”は時間をかけてもいいのでー勝手にやってくださいねー」
それだけい残して、カレン・シャララッテはフウラを引きずりながら暗がりの中へと消えていく。
「……どういうこと? とりあえず、助かったの?」
その風景を呆然と眺めていた誠斗がその言葉を発することができたのはそれから約数十秒後のことであった。