百五十六駅目 オリーブの推察
シャラブールの街の地下に広がる地下迷宮の捜索を始めてから約半日。
捜索するメンバーを交代するためにいったん、中央広場に戻った誠斗はノノンは再びくじを引き、その結果ノノンを中央広場に残して探索を継続することになった。
くじ引きのあと、軽く休憩をとった誠斗はオリーブとともに先ほどノノンと一緒に行動した方向と逆に向けて歩き出す。
「あっちには何もなかったですかー」
「まぁ大通りを歩いて概要を把握しようとしただけだからね……何とか一番奥まで行けたし」
「そうですかーそーれーでーはー私たちもー奥へと向かいましょうかー」
どうやら、オリーブもノノンの作戦には賛成のようだ。
オリーブもまた、ノノンと同じように魔法で線が描かれる地図をもって奥へ奥へと移動していく。
「……それにしてもー私とーマコトさんがー二人きりというのも珍しいですねー」
「確かに。そういうのは全然ないかもね」
シャルロッテ家を発ってからというもの、誠斗のそばには必ずといってもいいほどノノンがそばにいた。
その状況を生み出している要因といえば、腕輪の影響が大きいと思われるが……とそこまで考えて、誠斗はふとある考えに至った。
“そういえば、自分と離れて彼女は問題ないのだろうか?”
これは意外と重要なもので、あの腕輪にかけられている命令は“誠斗と離れるな”という一点のみである。となると、その誠斗が離れていったら彼女のみに何か良からぬことが起こるのではないか?
「どうかしましたかー?」
「えっあぁいや、別に……ノノンを一人にして大丈夫かなって……」
「あーあの妖精なら大丈夫じゃないですかー?」
オリーブから出た意外な一言に誠斗の歩みが止まる。
少なくとも、誠斗はオリーブにノノンが妖精であるとは明かしていないし、ノノンの態度からして彼女が自ら自分が妖精であると告白する訳がない。そうなると、彼女はどうやってノノンが妖精であることを知ったのだろうか?
「そんな怖い顔しないでくださいよーあーもしかしなくてもーなんでばれたんだとか思ってますかー? 面白いですねーバレバレですよーまーあーあの娘みたいにー一時だけだったらともかくーずっと一緒にいればーさすがにわかるんじゃないですかー? 残念ながらー私はー妖精という種族をよく知っていますからねー」
「妖精とかかわりがあったっていうこと?」
「はいはいーそうなのですよー生前とでもいうべきですかねー私はーあの子を見かけたこともありますしねーあっちは覚えていないみたいでーすーけーれーどー」
オリーブは満面の笑みを浮かべて誠斗の方へと歩み寄り、その額に人差し指をとんとつける。
「そう簡単に私をだませるなんて思わない方がいいですよ。マーコトさーん」
顔をぐっと近づけられたうえで告げられた言葉に誠斗は背筋が冷たくなるのを感じる。
ただ純粋に目の前の存在が恐ろしい。
その考えが誠斗の脳内を支配していく。
「クスクスクス。それにしてもー妖精にー奴隷用の腕輪を付けてー連れまわすなんてー随分といい趣味をしていますねーあなたはー彼女に何をやらせようとしているのですかー?」
「なっ何をって……彼女は、あくまで協力者で……」
「協力者ー? 随分な物言いですねー普段はー長袖の服でー見えないようになっていますけれどーあの腕輪はー奴隷につけるものなのですよー協力者だったらーそんなものはーつけないですよねーそれともー何か別の理由があるのですかー」
「そっそれは……」
オリーブの追及はもっともたるものだ。誠斗としてもノノンとの立場は対等なつもりなのであれがあること自体はあまり気にしていなかったのだが、確かに何も知らない他人からすれば、やけに仲のいい奴隷と主人の関係にしか映らないのだろう。
しかし、ノノンがオリーブのことを警戒している以上、どこまで背後の事情を話していいものだろうか……
「説明に困っているのですかー? でーしーたーらーあなたたちの関係についてー私なりの推察をさせてもらいますねー」
そう言いながらオリーブは誠斗と少しだけ距離をとる。
「まーずーあなたたちの旅はー裏でー誰かしらのーいいえーサフラン・シャルロッテがかかわっていますねー? その証拠にー救出対象にーアイリス・シャルロッテも入っていまーす。そーしーてーマーガレットを助けたいのはーマコトさーんあなたの都合ですよねーつーまーりーマーガレットを助けたいーあなたにー力を貸す代わりにーアイリス・シャルロッテを救出しろ。大体そんなところですかねーそしてー肝心のあなたとーノノンの関係ですけれどーまーずーあなたはーノノンとはー主従の関係ではありませんねー奴隷の腕輪を付けているのはー今回の件に強制的に協力さーせーるーたーめー今のような関係になったのはーこの旅の途中ではないですかー」
彼女が客観的事実から構築したと思われる推論は当たっているところがある一方で事実ではない部分もいくつか含まれている。
そのほか、疑問点などを整理し、誠斗は小さく深呼吸をしてから一つ目の質問を彼女にぶつける。
「……いくつか質問をしても?」
「いいですよー」
「……まず、アイリス・シャルロッテの救出の件について……なんでサフラン・シャルロッテが依頼人だと思ったの?」
「それは簡単ですよーこの世界にー召喚されたときにー十六翼評議会関係者の情報は勝手に入ってきたのでーそーこーかーらーのー推測なのですよー」
入ってきた情報とやらが気になるが、今は気にしなくてもいいだろう。
そう判断した誠斗は二つ目の質問をぶつける。
「次に奴隷の腕輪を使ってまでノノンに協力させようとしたと思う根拠について」
「それはもっと単純な話なのですよー妖精はー基本的に排他的な種族でー人間にはーそう簡単には協力してくれないのですよーでーすーのーでー妖精を捕まえて従わせたとー考えるのが自然なのですよーさーてー質問は以上ですかー? あぁ反論はいくらでも受け付けるのですよー」
自分の推論によほど自信があるのか、オリーブは笑顔を浮かべたまま誠斗の方を見ている。
そんな彼女に対して、誠斗はゆっくりと言葉を選びながら反論を開始した。
「……オリーブの推論は残念ながら全部正解っていうわけじゃないよ。まぁあっているところもあるといえばあるけれど……」
「そうでしょうねー」
「まず、ボクたちの背後にサフラン・シャルロッテがいるという点。これは事実。ついでに言えば、ノノンに奴隷の腕輪を付けてボクに同行させているのもサフランだ。今回の件は彼女の依頼で動いている」
誠斗の回答にオリーブは満足げな表情を浮かべている。
当然だろう。この言葉だけで反論が終われば、腕輪を付けたのは誠斗であるという点しか間違っていなかったことになる。
「次にボクとノノンの関係について。これに関しては全面的に間違っている。ボクの自宅はシャルロの森の中にあって、妖精ともそれなりに交流がある。かつ、ノノンとは今回の騒動より以前から旅をしている。だから、強制的に従わせたかったわけじゃない。サフランが彼女に腕輪を付けたのは別の理由からだよ。ボクから言えることはそれだけ」
必要以上の情報は与えていないはずだ。
一通り反論を終えた誠斗がオリーブの表情を浮かべてみると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていた。
「そうですかー意外ですねー時代が変わればー人も変わるということなのでしょうかねーまー私の疑問も解消したとーこーろーでーマーガレットさんのー捜索を再開しましょうかー」
唐突に話を終わらせたオリーブは満足げな表情を浮かべたまま前へ前へと進みだす。
誠斗はその行動に疑問を持ちつつも、これ以上話題を蒸し返されたくないという思いから黙って彼女の背中を追いかける。
そのあとは特に会話などはなく、二人は地下迷宮の奥へ奥へと歩みを進めていった。