百五十三駅目 地下迷宮の中心へ(前編)
地下迷宮。それは古くから語り継がれている一種の都市伝説に近いものだ
曰く、初代領主の隠し倉庫である。
曰く、亜人追放令を発令した集団が亜人を換金するための空間である。
曰く、シャルロ領領主マミ・シャルロッテが自らの野望を達成するために造った施設である。
曰く、領主一族がもしもの時に備えて作った避難所である。
数々の憶測を呼ぶその巨大地下迷宮は古くからその存在を隠され、今日ではその有無でさえ議論されている。
果たして、シャラブールの地下迷宮は実在するのか。実在するとすれば、何を目的として作られた施設なのか……我々はこのことについて追及を続けることを約束する。
――シャラ領立シャラブール図書館の蔵書より抜粋
*
シャラブールの地下に広がる地下迷宮。
オリーブ曰く製作者すら全貌を把握していないというその施設はシャラブールの町とほぼ同じ面積だけ広がっていて、中心部に存在しているホールを中心に放射線状の迷路が形成されているのだという。
さらに隠し通路なども数多く存在しているそうでその数オリーブが生きていた時期も追加をされ続け、おそらく現在もそうであろうとのことだ。
これが製作者すら全体を把握できていないという言葉の所以であり、地下迷宮が地下迷宮たる理由だともいえる。
「はぁ全く……果てしないっていうのはこういうことを言うのね」
いつも通りリュックに収まっているノノンがぽつりとつぶやく。
確かに今歩いているこの通路はどこまでも続いているのではないかという印象すら受けるほど長いものだ。
途中にいくつか分岐路があったが、そこには入らずひたすら中央広場がある(と思われる)方向を目指して移動し続ける。
これは闇雲に移動し続けても時間を浪費するだけだから、中央広場を拠点として捜索を行おうという作戦を立てた故の行動だ。
当初はひたすら移動し続けていればそのうち見つかるだろうと思っていたのだが、それをすると食料を持ち歩かなければいけないし、そもそも迷子になって現在位置がわからなくなる可能性が高い。
そのため拠点に荷物……というよりも、食料を置いておき、そこから交代でマーガレットの捜索をするという方針に決定したのだ。
基本的には二人一組での移動で一人が待機、二人が捜索し、時間になるといったん拠点に戻り二人のうち一人が休憩に入り、休憩をとっていた一人と合流して捜索をするといった流れだ。
そうすれば、より効率よく探すことができるという判断のもとの行動である。
「まぁ町の面積と同じなうえ、いくつも通路があるというとね……初代領主は地下都市でも作ろうとしていたの?」
誠斗の頭の中に浮かんでいるのは地下に何層にもわたり形成されているドワーフの町だ。
それと同じようにシャラブールの町は地下へも広がりを見せる予定だったのではないだろうか? それが誠斗の考えだ。
しかし、オリーブはあっさりとそれを否定する。
「それはありませんねーそーもーそーもーここを作ったのはーマミ・シャルロッテなのですよー彼女はーその目的を告げていませんがー少なくとも町ということはないと思いますですよー結局ー私がもらったカギの真相も不明なのでーゼロとは言い切れないかもしれませんけれどねー」
「えっそうなの?」
「そうなのですよーカレン・シャララッテは知らないといってー受け取らなかったのですよーそーのーうーえーこんなところにー閉じ込められたというわけなのですよー」
オリーブはどこか不満そうな口調でことのあらましを簡単に説明し始める。
彼女がいうには、生前の自分の知識から十六翼評議会のメンバーがいそうな場所を特定、カギを届けたのだが、カレン・シャララッテはそんなことを頼んだ覚えはないと主張したうえで、魔法でオリーブを縛り付け地下迷宮まで運んだのだという。だったら、現在地をある程度把握しているのではないかと期待したのだが、運ばれるときは目隠しをされていたとのことなのでオリーブも現在地をよくわかっていないらしい。
このことから考えると、そもそもカギを渡された時点から罠にかけられていたことになるのだが、そうなると気になってくるのはココットの語っていた言葉の数々。
途中、メルラとの接触がピンチだったという内容なのだが、肝心のカギを渡したのはそのメルラだ。
その彼女がカレンの味方でないとすれば、カギをカレン・シャララッテに渡してほしいなどといった理由は何だったのだろうか?
「……マコト。何か引っかかるの?」
オリーブの話を聞きながら考え込んでる誠斗にノノンが声をかける。
「うん……なんというか、メルラ・メロエッテの目的ってどこにあったのかなって……だって、ココットが言っていたことをまんまうのみにすると、彼女はカレンと敵対関係にあるんでしょう? そうなると、なんでわざわざカレンが頼んでもいない届け物を頼んだのかなって……まぁそれ自体がブラフだっていう可能性もあるけれど」
「確かにそうね……オリーブはどう思う?」
「……私はーココットの言っていることはーおおむね本当だと思っていますよーある程度ー都合のいいように語っていると思いますけれどねー」
「なるほどね……」
どうやら、オリーブもまた誠斗と近い見解を持っているらしい。もっとも、一番重要なメルラの意図はまるで分っていないようにも思えるが……
「まぁ今考えることじゃないわね……というか、今頃ながら中央広場の方向ってこっちであってるの?」
「はいはいーそれは間違いないのですよー私の土地勘はゼロではないですからねーあの場所は偶然にも知っていたのですよー」
「その割には出口を知らないよね?」
「それはそれーこれはこれなのですよー」
怪しいといえば、オリーブも少し怪しいように思える。
彼女は術者の意向に従っているだけと言っているが、それもどこまで本当なのだろうか?
そこまで考えて、誠斗はゆっくりと首を振る。
いくらなんでも考えすぎだ。
よくよく考えてみたら、ココットは最初から怪しいことがわかっていて同行させていたのだ。それに比べると、まだオリーブは信用できると考えてもいいだろう。それ以上にこの状況で本格的にオリーブを疑り始めれば、味方がいなくなってしまうというのもあった。
今はオリーブを疑ったり、メルラの意図を読むことよりも、マーガレットを探し出すのが最優先だ。
「そろそろ中央広場につくはずなのですよー」
ちょうどその時、オリーブから声がかかる。
彼女が示す先には重工な作りの石造りの扉がある。
「うん。わかった。ありがとう」
誠斗はそれに返事をし、ノノンはリュックから出てきて誠斗の横に並ぶ。
「さぁてぇここがー地下迷宮の中心部……中央広場なのですよー」
オリーブはそういいながら目の前の扉を押し開けた。