幕間 シャラブール支部長
「あまりにもあっさりと引っ掛かりすぎでは?」
目の前で倒れる少年と少女を前にして、思わずそんな言葉が漏れる。
協力者からは誘拐されたアイリス・シャルロッテとミル・マーガレットを助けに来たのだと聞いていたのだが、こうも簡単に罠にかかるとはあまりにも予想外すぎる。
それとも、何かしらの事情から警戒する必要がないと判断するまでにエルフ商会という組織を信用していたのだろうか?
シャルロの方の出身だということだから、そちらのエルフ商会……というよりも、本部とつながりがあるのかもしれないが、あちらはあちら。こちらはこちらである。同じ組織だからといって必ずしも一枚岩ではない。
そのことを二人はどこまで理解しているのだろうか?
それはともかく、メイは接触させた協力者が仕込んだカバンの中の地図ぐらいでは来ないのではないかという可能性も考えて、ちょっとした強硬手段も用意していたのだが、それもすっかり無駄となってしまった。用意した手段の後始末を考えると、どうも憂鬱になってしまう。もちろん、後始末のことだけではなく、準備のために経済的にも時間的にもかなりの無駄が発生してしまったというのも少なからずあるのだが……
「……さて、予定よりも早いですけれど、とっとと運びますか」
しばらく落ち込んでいたメイであったが、その言葉とともに先程までの思考を脳から追い出し、これからするべきことへと思考を向けることで現実逃避を図る。一番重要なのは損失を最小限に抑えながら、依頼を完遂することだと自分に言い聞かせながら事前に仕込んでおいた魔法陣に魔力を籠める。
魔力の充填が終わると、重力操作系の魔法で二人の体を浮かし、あらかじめ用意してあった布団の上に乗せ、それを使い全身を覆うようにしてくるむ。これで二人を運び出す準備の半分は終了した。
「あーやっぱりかかったんですねー」
そんなタイミングで今回の作戦の協力者……というよりも、提案者のココットが姿を表す。
「あなたのいう通り、これだけで十分でしたね」
「えぇ。部屋に誘い込んであらかじめ仕込んでおいた睡眠魔法で眠らせる。下手な強行手段より平和的で経済的でしょう?」
「そうですね……あまりにもあっさりとしすぎていて驚きですが……」
まさか、あなたのことを信用してないから強行手段を用意していたなんて言えず、メイは素直にココットの意見に同意する。彼女の登場によって、逃避していた現実が一気に引き戻され、思考は強行手段のために雇った人員への報酬をどうするかという方向へと移動する。
そして、そのタイミングでゆっくりと首を横に振り、その思考を追い出すと、再び現実逃避をするために目の前の毛布をめくってノノンの体を観察し始める。
「しかし、大妖精という種族をはじめて目にしましたが、いやはや人間と大差ないんですね」
「まぁ見た目は人間の女の子ですけどね。中身と身体能力、その他もろもろは人間のそれとは明らかに違いますよ。隠してるだけで羽もあるみたいですし……もっとも、ちょっと盗み見ただけなので、どこまで本当か分かりませんけれど」
「相手が妖精である可能性を示唆していただくだけでも十分です」
そういいながら、メイはノノンの体をひっくり返す。服を軽くめくって、羽があるか確認してみるが、きれいに消しているのか羽の付け根すら見当たらない。
「ふむ。彼女が本当に大妖精だとすれば、魔法の腕が相当立つのでしょうね」
「あなたの観察病は相変わらずなのね。あなたが女性だからいいものの、男だったら相当危ない絵面になってるわよ」
「おっと……それは淑女としてはあまりよろしくない状況ですね……と、そろそろ行きましょうか」
もう少し観察したいところだったが、他人が見ている中、小さな女の子の体をあちらこちら観察するような趣味はないので素直に引き下がる。
「まだ時間はありますよ?」
「早く引き渡せるのなら早く引き渡した方が私の気が楽なので……それと、あなた方への協力はこれっきりにさせてもらってもいいかしら?」
「……それ、毎回聞いていますけれど実現された試しがないですよね? それに我々と縁を切ったところでいいことなんてないでしょう? これからも仲良くしましょうよ」
ちらりと銀の懐中時計を懐から見せながらココットが笑みを浮かべる。
こういった話をするとき、ココットは決まってこのような言動をとる。恐らく、翼下準備委員会という組織に誇りを持っていて、組織のためにメイが必要だという意思表示なのだろう。メイとしては、はた迷惑でしかないのだが……
「相変わらずですね。あなたは……」
「いやはや、今回はいろいろ危なかったんですよ。評議会の連中が来た時なんかはばれるんじゃないかってひやひやしましたし」
「そんなことあったんですか?」
「そんなことがあったのですよ……はぁ意外と抜けている割には何か持っているモノがあるのかもしれないですね……」
メイは小さくため息を付きながら、誠斗の方へと歩みより、彼をおおっている布団に魔法陣を描く。
「相変わらずの手際ですね」
「慣れですよ。慣れ。どうも、生け簀かない言い方ですけれど」
「あら、自分で言っちゃうんですか?」
自分で自分の言動が生け簀かないと言い切ったメイを前にして、ココットはくすくすと笑い声をあげる。
「あーさっきの自分の言葉もそうだけど、あなたの存在自体が生け簀かなかったですね。すっかりと言うのを忘れてました」
「それって本人の前で言うことじゃないでしょうに」
軽口を叩きあっている間に誠斗の布団の魔法陣が終わり、続いてノノンを布団にちゃんとくるみ直してから魔法陣を描き始める。
「あらあら必ずしも影口にとどめておけばいいっていうものではないと思いますよ」
「いやいや、いずれにしても悪口はよくないですよ……まぁ私は気にしないですけれどね。私とあなたは“これからも”大切なパートナーなんですから。魔法に長けたエルフの中でもとびぬけて魔法の才能があるあなたのような存在は私たちとしても貴重だと思っているので」
ココットの発した“これからも”という言葉に対してメイはむっとした表情を浮かべる。
“これからも”と言ったということは“これっきりにしたい”メイの言葉を否定し、これからも利用し続けると言っているということだからだ。先の言動からわかってはいたことなのだが、改めて言われるとどうも気分が良くない。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。ほら、仕事しましょう。仕事」
「わかってますよ」
しかしながら、今のメイとココットの関係は作業者と協力者であると同時に作業者と依頼主でもある。ということは、メイはこの仕事が終わるまではココットの命令下にあり、基本的には覆せない。という契約になっている。
その前提にたてば、ココットが仕事をしろと言うならば、メイには仕事の続きをするという選択肢しか残されていない。
つまりは、先のメイの発言である仕事をすると、ココットの発言である仕事をするは立場的な意味で大きく違っていたりするのだ。
メイは魔法陣の残りを書き終えると、再び魔力を充填し布団を浮かび上がらせる。
「それじゃ指定の場所までお願いしますねー」
その様子を見届けたココットは満足げな笑みを浮かべて立ち去っていく。
メイはそんな彼女の後姿を苦虫を噛み潰したような表情で見つめていた。