百五十一駅目 エルフ商会シャラブール支部
シャルロッテ家を経ってから二ヶ月。
誠斗たち一行はようやくシャラ領中心街シャラブールに到達した。
シャラブールの町は遠くからでも目視できるような大きな城壁に囲まれた町で別名城壁都市と呼ばれている。
シャルロシティと同様に検問を受けてから中に入ると、重工な石造りの街並みが広がっていた。
誠斗たちは町に入ると、すぐに宿をとりさっそく町へと繰り出す。
「さて、予想以上に時間がかかったとはいえようやくシャラブールについたわけだけど……」
「これからどうしようか」
とりあえず、それぞれ用事があるというココットとオリーブといったん別れ、誠斗とノノンはシャラブールの大通りを歩いていた。
手元にはどういうわけかリュックの中に紛れ込んでいたエルフ商会シャラブール支部への道案内があり、一応そこへと向かっているのだが、エルフ商会へ行って何をするかだとか、これからの具体的な行動というのをしっかりと決め切れていないというのが現状だ。
今もリュックの中に偶然エルフ商会への道を示した地図が混じっていたからエルフ商会へ向かっているだけであって、この行動にそれ以上の意味はないというのが現状だ。
「……そういえばさ、オリーブってなんでボクから離れられたの? なんかそういうことはできないっていう話じゃなかったっけ?」
「まぁ術者が離れないようにと命ずることができるなら、逆に離れてどこかへ移動するように命ずることもできるっていうことでしょう? 案外、オリーブが持っている“モノ”を受け取っているかもしれないわね」
「あーそれはあるかも」
そんな風に会話を交わしながらも、頭の中にあるのはどこにマーガレットとアイリスがいるかという点だ。
この町、歩けば歩くほど作りが複雑で立体迷路のように乱雑に道が広がっている。そんな中でどこにいるかもわからない相手を見つけるのは至難の技だろう。
「……あなたがマコトさんでしょうか?」
そんな考えを中断させるかのように背後からやや高い音で声がかかる。
その声のした方へと振り向くと、金色の髪を太ももぐらいまで伸ばした少女がちょこんと立っていた。
人間の子供サイズであるノノンと同等かそれ以下の子供を前に誠斗は視線を合わせるようにしてしゃがんでから返答をする。
「そうだけど、君は?」
「エルフ商会シャラブール支部の支部長をしておりますメイです。以後お見知りおきを……あと、とある事情からこのような姿ですけど、私は子供ではないですよ? あなた方がよく知っているであろうシャルロのシルクより年上ですので」
見た目の割りにしっかりとした口調で所属と自分がシルクよりと年上だという点を言い張り、ない胸を張っているメイを前に誠斗はいまいち返答に困り、思わずノノンの方へと視線を向ける。そしてわ納得した。
亜人だから自分より幼い見た目の年上なんていくらでもいるか。と、頭の中で結論付ける。
「なんか、今失礼なこと考えてた?」
「いや、何も」
ジト目でこちらをにらむノノンの姿を見ないようにしながら、誠斗は立ち上がった上でメイと対峙する。
「えっと、メイさん」
「着いてきてください。あなた方を我々の商会のシャラブール支部にご招待いたします」
「うん。ありがとう」
誠斗の返答を聞いたメイはペコリと頭を下げてから踵を返して歩き出す。
誠斗とノノンはそれについて行くような形で歩き出した。
*
シャラブールの町中に立体迷路のように張り巡らされている路地の奥の奥。案内なしでは到底たどり着けないような場所にその扉はポツンと存在していた。
シルクの店に行った時も思ったが、こうして何気なく入り口があると、本当にここが商会の入り口なのかと不安になる。
「どうぞ中へ」
そんな考えの中、メイに促されて中に入ると、一気に視界が開けた。
先ほどの暗い路地にある入り口とは対照的に中はとても明るく、魔法灯りで煌々と室内が照らされている。
さらに言えば、中の広さも入り口となっている建物に比べてどう考えても大きいため、おそらく空間を拡張する類の魔法を使っているのだろう。
「奥に応接間がありますのでついてきてください」
広いホールの中で呆然と立っている誠斗とノノンにメイが声をかける。
「えっあぁはい……」
あまりに予想外な内部の広さときれいさに驚きながらも誠斗とノノンはメイの後ろについて歩き出す。
「すごい建物ね」
「はい。ここはこの辺り一体の活動拠点となる場所ですから。なのでこうして、立派な建物を建てたんですよ。まぁ無用の長物ですけれど」
「無用の長物って……」
「事実ですよ。ここにはあまりスタッフはいませんし、仕事量もそんなにないですから。単純に本部の方から旧妖精国北部最大の支部(予定)なんだから、ハコぐらいは立派にしろっていうお達しが出た結果ですし」
どうやら、上に対する不満が蓄積しているらしいメイはそこから、ポツポツと愚痴を呟き始める。
「そもそも上は見栄っ張りなんですよ。こそこそ隠れないといけないのに。だから、こういう風に無駄に大きなものが出来上がるんですよ。わかりますよ。私だって、拠点が立派な方がいいっていうことぐらい。でも、これは無用の長物ですよ。わざわざ外からは複数の建物に見えるようにしたりと大変なんですから……とまぁこれはお客様に聞かせる話ではありませんね」
ある程度語ったところで状況を思い出したのか、メイは一気に愚痴をやめてニコリと笑みを浮かべる。
「さて、この無用の長物ですが、一種の特徴を変え備えていまして、なんと、この町の地下に広がる巨大迷宮と繋がっているんですよ。有名でありながらその存在自体がただのうわさに過ぎないと言われるあれが、ここの地下にも入り口があるわけです。まぁほかにも数か所あるみたいですけれど。後で希望するなら見学してもいいですよ。もっとも、こっそろとみてこっそりと帰る感じになりますが」
巨大迷宮。まるでゲームのダンジョンを思わせるような響きに誠斗は心が踊る。本来なら、そんな状況ではないのかもしれないが、巨大迷宮という言葉はそれほどまでにインパクトが強かった。
「巨大迷宮って……オリーブ・シャララッテが作り出したって言われている地下空間のこと?」
「肯定します。もっとも、地下空間の使い道はいまだに謎で、ある連中が秘密基地のように使っているのが現状でして、こっそり行ってこっそり帰るというのはそこが原因だったりするのですけれど……と応接間につきました。詳しい話は中でしましょう」
おそらく、“ある連中”というのは十六翼評議会の面々もしくは翼下準備委員会のようなその関係組織のことを差しているのだろう。となると、アイリスやマーガレットも地下空間のどこかにいる可能性が高い。巨大迷宮というのだから、中は相当複雑な構造であることが推測されるが、誰かを拘束しておくにしても食事をもって行くといったことをはじめとした身の回りの世話が必要なはずなのでどうやってもたどり着けないような場所にいることはないはずだ。
そんなことを考えながら誠斗は案内されるままに応接間へと足を踏み入れる。
「……さて、ようこそヤマムラマコト様。ノノン様。巨大な巨大な地下迷宮へ。シャラブールの地の底の底、地獄の底まで二名様ご案内でーす」
応接間に入った瞬間、メイの言葉とともに誠斗の意識は遠のいていった。