百四十九駅目 翼下十六国の話(後編)
「そもそもー翼下十六国地域というのは結構不思議な気候の場所なのですよー」
領主の話から気候、地域性の話に切り替わってから約十分。
オリーブはいきなり、そんなことを口にした。
「不思議な気候? っていうと、妖精が魔法を使ったとか言われてる?」
「はい。そーなのですよー翼下十六国がある地域というのは本来なら雪が多くて、寒さの厳しい地域なのですよーでーもーこのあたりはー見ての通り、かなり温暖な気候なのですよーそういった意味ではー不思議な場所といえますねーもっともーそれの維持にはー妖精が昔、張った結界が不可欠だーなんてー言われてますけれどねー」
妖精が張った結界。噂程度には聞いたことのある言葉だが、この言葉だけを聞くと、妖精の魔法のおかげで今日の状況があるとも取れる。なぜ、妖精がそういったことをしているのか? という疑問については大妖精に聞けばいいとして、後は地域性や地形的なところを聞いておきたいところだ。
「ねぇこれまで比較的平というか平坦な地形が続いているけれど、それはどの程度続いているの?」
誠斗の質問にオリーブは少しだけ空を仰いでから答え始める。
「……そうですねーこのあたりいったいはーシャルロ平野と呼ばれていてーかなり平坦な地形が続いていますけれどーこのあたりからーシャラブールにかけては緩やかな丘陵地帯が続いているのですよーほーかーにーもー新メロ王国のー国境は非常に厳しい山脈ですしーシャルロ領内もーそれなりに山脈は存在しているのですよー私がちゃんと答えられるのはこれぐらいですかねーまぁ旅をするには問題ないと思いますよー」
どうやら、オリーブは誠斗の質問の意図をこの先の旅の行程を考えるためのものだととらえているらしい。ある意味で間違ってはいないのだが、誠斗の腹の内は鉄道を引ける場所があるのかという方向に向いている。ただ、地形を理解した上で、どのような場所に線路が引けるかは考察というか、勉強が必要なのかもしれないが……
「さーてー次は文化についてですねーと言ってもー翼下十六国の場合ーそれぞれの領で独自のー文化を築いているのでー一概には言い切れませんけれどねー」
「やっぱり、そういうものなの?」
「そういうものですねー行商さんとかならともかくー普通の人は自分が生まれた場所の周辺で一生を終えますからねー一概にこうだ。とはいいにくいのですよー」
「あーなるほど……そういうこと……」
確かにこの世界にはドラゴンという最速の移動手段があるもののそれを利用できる人間は限られている。となると、普通の庶民は移動手段が限られるということになり、それは必然的に一生の間での行動範囲が狭まるということを意味する。
かつて、誠斗も日本在住だったころはそうだったように鉄道や車、飛行機と言った交通手段を用いて遠くに旅行に行くことはあっても、歩いて遠くに行こうなんてことはなかった。交通手段があるからこそ、気軽に出かけられると言っても過言ではないだろう。それでもなお、その地域ごとに違う文化があるのだから、一概にこうとは言えない。というのはある意味で納得のいく答えだ。
「……ということは、文化は土地ごとに違うから適当に答えるわけにはいかないと?」
「そうなりますねー」
念のため確認してみるも返ってくる答えは予想通りのものだ。
「これ以上、質問がなければ話は終わりでいいですかー?」
「うん。聞きたいことは大体聞けたから大丈夫だよ」
これ以上聞くことはないかと頭の中を整理しながら答える。
「それではー話が終わったのでー入ってきてもいいですよー」
誠斗からの質問がないことを確認したオリーブは扉の向こうで待機していたらしいノノンに声をかける。
「まったく……全部見通されているみたいで怖いわね」
「……普通に考えればー隣の部屋ということになるのでしょうけれどー今のー話題を考えればー扉の向こうの可能性は十二分に考えられたのですよー」
「なるほどね……つまり、私が隣の部屋にいれば、あなたは恥ずかしい思いをしたというわけね?」
「いえいえぇ残念ですねーちゃんと隣の部屋にも聞こえるように配慮したのですよーあぁもう一方の隣部屋は空室なのは確認済みなのですよー」
オリーブはニコニコと笑顔を浮かべて答える。
「はぁ……こんな単純なことでそうも完ぺきに用意されちゃたまらないわね……」
「いついかなる時も完ぺきを目指すべきだと思いますけれどねーわーたーしーはー」
再び二人の間に静かに火花が散り始める。
「えっと……二人とも……」
このままではまずいと誠斗が声をかけようとするが、その声が届いている気配はない。むしろ、空気が不穏なものへと変わっていく。
「まぁいいわ。それよりも、夕食の時間だそうよ。食堂へ向かいましょう」
しかし、ノノンは驚くほどあっさりと引き下がり、食堂がある一階につながる階段がある方へ向けて歩き出す。
誠斗とココットもそれに続くような形で部屋から出ていく。同時にココットには場所取りをお願いして先に食堂へ向かうように促した。
「……ねぇノノン」
オリーブがついてこないことを確認しつつ誠斗は小さな声でノノンに声をかける。
「何?」
二人きりで話したいという意図をくみ取ってくれたらしいノノンはその場で立ち止まって誠斗の方へと向き直る。
「……さっきの話のことなんだけど……話の中で妖精が結界を張っているからこのあたりの気候は安定しているっていう話があったんだけど、それは本当?」
誠斗がぶつけた質問はさっきまで聞いていたオリーブの話の中で真っ先に確認したい事項の一つだ。正直な話、先ほどの不穏な空気の再現を恐れて、聞くべきではないのではないかと思っていたのだが、オリーブが聞くならともかく、自分が聞くのならそこまで悪いことにはならないだろうという判断からこの場で切り出すことにしたのだ。
ノノンとしては誠斗からの質問が予想外だったのか、少々動揺して空を仰いでいるが、1分もしないうちに答えを口にする。
「その通りよ。今、旧妖精国領の気候が安定しているのは私たち妖精が仕掛けた魔法のおかげ……といっても、維持管理をしているっていうのは少し違うわね。実態は昔にかけた魔法がそのまま残っているだけ。カノン様曰く相当なことが起こるか、カノン様自信が解除するかしない限り効果が永続する魔法なのよ。だから、結果的に人間はその魔法のおこぼれを預かっている状態になるの。こんな回答でいいかしら?」
「えっうん……ありがとう」
まさしく聞きたいことをすべて網羅したような回答に誠斗は思わずたじろいでしまう。
そんな誠斗に対して、話すだけ話したノノンは再び階段を下り始める。
「……それにしてもよくわからないわね……」
「よくわからない……というと?」
「あなたの思考回路……は言い過ぎにしても、考え方かしらね? 質問の内容一つとっても、いまいち意図が見えてこないことがある。まぁそれは個性だから私としてはどうでもいいのだけれど……」
どこか意味ありげな一言を残して、ノノンは足早に階段を下りていく。
一人残された誠斗はノノンが指摘する事柄に対して、少し思考を巡らせてから階段を下り始める。
そのあと、あまりココットたちを待たせては悪いと考え、食堂に向かう頃にはノノンの言葉は誠斗の脳の片隅へと追いやられていた。