百四十八駅目 翼下十六国の話(中編)
シャラ領最南端の宿場町カライト。
石畳の道のわきにレンガ造りの建物が並び、大通りには市場があるというこの周辺ならどこにでもありそうな雰囲気の町のはずれの方にある宿屋の二階。
二部屋とったうちの一つに誠斗とオリーブ、ココット、ノノンの姿があった。
「さーてーそーれーでーはー“第一回翼下十六国講座”を始めるのですよー」
ベッドの少し上に浮上しながらニコニコと笑顔を浮かべてオリーブが告げる。
それに対する反応はまさに三者三様でまったく興味がなさそうなココットと不機嫌そうなノノン、そして、じっくりと話を聞く気満々の誠斗という構造が出来上がっていた。
「おやおやぁノノンさんはーどうしてそんな表情をー?」
「それはわざとボケているの? だったら滑稽ね」
「ふふふっ今頃、旧妖精国領の問題を掘り起こすのですかー? 一応ーあなたたちの長の同意の上で進んでいる話のはずですよー」
二人の間に不穏な空気が流れる中、誠斗とココットはいまいちどう振舞えばいいのかわからなくなってきた。
それと同時にこの類の話題を出すのは少々軽率すぎたと反省する。
一応、構図としてはノノンが領地を奪われた側の妖精であり、それを奪った中心人物に近いであろうオリーブが嬉々としてその現状について語るのだ。もう少し言うとすれば、これを乗り越えて話を聞き出せたとしても、実は彼女が持っている情報というのは古かったりするのではないだろうか? という不安も生じている。
「半分忘れていたけれど、相変わらず人が悪いのね」
「おやおやぁ随分といってくれますねー」
「あら? そんなに言いすぎているかしら?」
「あのさ……その、二人とも落ち着いて……」
さすがにこれ以上険悪になられてはまずいと誠斗が間に入ろうとするが、状況から考えれば完全に火に油を注ぎに行っているようなものだ。
「マコトが余計なこと言わなければ、こんな話聞かなくても済んだのに」
「おやおやぁマコトさんのせいにするのですかー?」
「いや、それは……」
誠斗の介入により、話はよりおかしな方向へと進む。
このままでは肝心の話が聞けないうえ、これからアイリスたちの救出に向かうという状況であるにもかかわらず仲間たちの間に険悪な雰囲気があるという状況が続く可能性すらある。
それはあまり望ましくない状況だ。
「……あんまり事情を知らない部外者が口を挟むのもあれですけど、話をするならすぐにしたらどうですか?」
ここでココットが口をはさんだ。
正直な話、彼女のこれまでの行動から端の方で黙って小さくなっているものだと思っていたが、どうやら今回はそうではないらしい。
「この問題はですねー」
「今回はマコトの不用意な発言が原因だとしてもですね。彼が知りたいということはちゃんと知ってもらった方がいいんじゃないですか?」
「……そうは言われてもね……まぁいいわ。私は席を外すから」
ココットの一言に何か思うところでもあったのか、意外とあっさりノノンは引き下がる。
そのままノノンが部屋を出ていくのを確認すると、オリーブは小さくため息をついた。
「……これだから妖精は……別にあちらにとって悪い条件ではなかったと思うのですけれどねー」
本人からすれば、思わず出てしまった一言なのだろうが、その声は偶然にも誠斗の耳に届いていて、誠斗はしっかりとその内容を記憶する。
「さて、それではー気を取り直して話を進めますのですよー」
しかし、その発言の意味を精査する間もなく、オリーブによる説明が始まった。
*
「……というわけでして、旧妖精国領の名称を翼下十六国に改めたのですよー」
オリーブによって講義が始まってから約一時間。
ここまでにあった話といえば、なぜ旧妖精国を十六に分割したのかという点と、名前が翼下十六国になったのかという点だ。前者については旧妖精国領が広く、一人の領主に任せるのは広すぎるという判断が下されたからで、後者については“もともと羽が付いている妖精が支配していた地域だから”という理由からきているそうだ。
「さて、次はー翼下十六国のそれぞれの領を治めている領主の共通点についてですねー」
「共通点?」
「はい。共通点なのですよー」
誠斗のつぶやきに答えを返しながら、オリーブは羊皮紙に次々と文字を書き込んでいく。状況から考えて、各領主の名前を書いているのだろう。
「……シャルロ領シャルロッテ家、カルロ領カルロッテ家、シャラ領シャララッテ家、トリル領トリルッテ家、ラト領ラトラッテ家、ララ領ラララッテ家、メラク領メラクッテ家、リゲル領リゲルッテ家、ミザール領ミザールッテ家、べリル領ベリルラッテ家、アリゼ領アリゼラッテ家、アトリア領アトリアッテ家、ピケ領ピケラッテ家、プレスト領プレストッテ家、トゥア領トゥアラッテ家……そして、新メロ王国のメロエッテ家……まず、領主の共通点に注目するなら、最初に目に入ってくるのが各家の家名。彼らが名乗る“○○ッテ”もしくは“○○ラッテ”という言葉はもともと旧妖精国ではその地を治める者という意味の言葉なのだそうですよー」
「治めるものね……ということは、シャルロッテ家の場合、シャルロを治める者っていう意味になるの?」
「はい。その通りなのですよー」
言われてみればというレベルではあるか、確かに納得のいく共通点だ。しかし、共通点がこれだけということはないだろう。
「さぁてぇ一般的な共通点を上げるとすればーカルロッテ家を除いて、元は貴族ではなく、庶民であっただとかーいろいろとあるのですけれどーここで話す共通点はーそことは少し違うところなのですよー」
「というと?」
「……十六翼評議会」
オリーブは小さな声で、しかしはっきりとそう告げた。
十六翼評議会。思い返してみれば、これまで名前を聞いた面々は領主一族の親族だった。しかも、この近辺のだ。
それが偶然ではなく、十六翼評議会の面々が翼下十六国と呼ばれている地域の出身者で固められたからといわれれば、ある意味で納得がいく。
「でも、なんでこの地域に?」
「……その辺はー議長代理ぐらいじゃないとわからないかもしれませんねー私たちがー議会に所属したのはーそれぞれの領主に任命されてからでーマミ議長に声をかけられたからなのですよーその腹の内までは話をしてくれませんでしたからーなんとも言えないのですよー」
マーガレットが連れ去らわれた騒動の中でも思ったことなのだが、友永真美……いや、マミ・シャルロッテという人間は非常に謎が多い人物らしい。
秘密主義者といえば、聞こえはいいが、それをやりすぎるというのは少々問題が多いような気がしてならない。
最も、彼女は友永真美という人格を隠すためにマミ・シャルロッテという人間を演じていたのだけなのかもしれないが……
「おやマコトさん。何か思うところでも?」
「おや、何でもないよ。続けて」
「はいはーい。えっと、つまりはですねー翼下十六国というのはー十六翼評議会の権力がより強く及ぶ地域でもあるということなのですよー」
翼下十六国は十六翼評議会の関係者が多くいるから、その影響が大きい。当然といえば当然の結論だろう。しかし、気になるのはそもそも、巨大な権力を持っているように見える十六翼評議会の実際の権力はどの程度のものなのかだとか、ほかの地域に比べてどう違うかなどといったあたりだが、そこまで深い議論はこの場では避けた方がいいだろう。
「……なるほどね……次は気候だとか地域について聞いてもいい?」
時間は無限ではない。そう考え、誠斗は自分がいま必要としている情報を手に入れることに注力する。
「地域性や気候ですかーちょっと情報が古いのであれですけれどーそれでもいいですかー?」
そんな誠斗の意図に気づいているのかは知らないが、オリーブはオリーブであっさりと話題を転換させて、話を始めた。