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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第二十一章
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幕間 眼鏡橋の少女の事情

 定刻通り待機所を出て橋を渡りだした一団を見て、少女……もとい、妖精のマノンは小さくため息をついた。と同時にすれ違いざま、マコトが背負うカバンから鋭い視線を飛ばしてきたノノンの姿を思い出して小さく身震いする。


 マコトはともかくノノンは間違いなく気づいていた。あの視線はまさしく“お前はこんなところで何をやっているんだ”というメッセージをのせているように感じた。


「……私も好きでこんなことしているわけじゃないんだけどな……」


 シャルロの森を出てからそろそろ四か月が経とうとしている。

 途中、各所の協力者を通じて情報を収集していたのだが、マコトがここに姿を現したのは予想外だった。いや、それ自体は何ら問題はないし、マコトと一緒に行動しているノノンも味方なのだから本来ならごまかす必要性すらないのだが、彼女がここにいる事情が少々特殊なため、自らの正体を偽らざるを得なかった。


「……ねぇ、もう……出ても、いい?」


 そんなことを考えていると、マノンに割り当てられている部屋から特殊な事情(獣人族の少女)がひょっこりと姿を現す。

 彼女……リラはとある事情からマノンと行動を共にしている獣人族の少女なのだが、彼女と同行する……というよりも、ある意味での保護者になっているマノンが獣人族という種族の特性をしっかりと理解できていなかったことが今回のことの始まりなのだ。


「はぁ……まだかな……お給金」


 マノンが待機所(このようなところ)で働いている理由。それは至極単純に金欠だ。

 本来、自然の権化であり、食事ですら必要性の薄い娯楽の一種である妖精と違い、獣人であるリラは毎日の食事と水分補給が欠かせない、加えて言えば、獣人族というのは誰もかれも食欲旺盛で他の亜人たちに比べて大食いであることで有名だ。もちろん、幼い少女とはいえどもリラも例外ではなく、彼女もまた胃袋の中にブラックホールでもあるのではないかと聞きたくなるほどの料理をぺろりと平らげてしまう。端的に言えば、よく食べるのだ。


 そのため、これまでマノンが単体で行動する限り、発生しなかった食費という問題がズシリとのし掛かったのだ。

 別にそれだけだったら、マコトに声をかけるのは問題ないのだが、一番の問題はリラを連れていることがノノンにばれる可能性があるという点だ。


 そもそもリラの同行は予定外のことであるし、さらに付け加えれば彼女はマコトやノノンと顔見知りである。もしも、何かの拍子で話をしている途中に彼女が顔を出せば、面倒なことになるのは間違いない。下手をすれば誘拐犯のレッテルすら張られかねない状況だ……いや、実際問題彼女の両親の承諾を得ずに連れまわしている時点で誘拐だと言われても文句は言えないのだが……一応、親に知られたくないというリラを説得して手紙だけは書かせたが、それで納得してもらえるとは思えない。

 さらに細かいことを言えば、見覚えのない同行人が二人ほどいるとか、そもそもマコトが気づいているような様子がなかったとか、ノノンの視線が厳しかったとか、ノノンの視線が厳しかったとかいろいろあったのだが、一番の要因がリラであるというのは間違いない。もっとも、いくらかの言い訳を重ねたところで彼女がここにいるのは自分が声をかけたからという事実は覆らないのだが……


「いいですよ。ここで待っていた人たちは一通り出ていったので」

「うん……わかった」

「ごめんなさいね。狭い部屋に押し込めたりして」

「だい、じょうぶ……平気、だから」


 部屋から出てきた獣人の少女はどこか儚い雰囲気を持つ笑顔を浮かべ、小さく首を傾げた。


「おっリラちゃん元気? 相変わらず、金勘定がしっかりできない保護者のせいで大変だねー」


 そんなリラに声をかけたのはこの待機所を運営しているベルだ。


 短く切りそろえられた茶色の髪とアイボリーブルーの瞳、健康的な麦色の肌をした彼女が身に着けているのは白いバンダナと瞳と同じ青色を基調としたエプロンドレスの給仕服だ。


 少し離れたところにある厨房で片づけをする傍ら、リラが部屋から出てくるのを待っていたらしい彼女は笑顔を浮かべたままリラの目の前まで行き、リラの頭から生えている両耳の間にポンと手を置く。


「金勘定ができないんじゃなくて、概念(必要経費)が理解できないの。まるで管理がだめみたいに言われる筋合いはないわよ」


 その言葉がどこか自分を馬鹿にしているのだと感じたマノンは即座に反論する。


 しかし、そんな主張は彼女には通用しないらしく、ベルはリラにしたのと同じように左手をマノンの頭の上に置く。


「……そういうのを金勘定ができないっていうんだけどね。まぁいいか。これ以上、妖精(あんた)とこの類の議論をしても無駄だろうし」

「無駄とはずいぶん言ってくれますね。まぁあなたがそういう以上、私は何も言いませんけれど」


 ベルは頬を膨らませて不貞腐れているマノンを見て、くすくすと笑いだす。それにつられたのか、リラや周囲にいた待機所の職員たちも同様に笑い声をあげ始めた。


「ちょっと、なんで笑うのよ」

「いやいや、相変わらず面白いなって思ってね。本当にあなたたちを受け入れてよかった」

「……それは感謝しているけれど、それとこれとは関係ないでしょ?」


 再び、待機所の中でどっと笑いが起きる。


 言うまでもないが、マノンとリラは亜人であり、本来であれば亜人追放令によって、迫害されるべき立場にあるはずた。しかし、この待機所の面々はそんなこと気にしないと言わんばかりの態度で受け入れてくれた。

 だからこそ、マノンはここにいられるし、リラはある程度充実した生活が送れている。


「全く……ちゃっちゃと片付けましょう。リラも手伝って」

「……うん、わかった」


 そんな温かい状況をかみしめながら、マノンはリラを連れて仕事を始める。


「おっと、そうだったね。みんな、次の利用客が来る前にちゃんと片付けして掃除しな」


 それを見たベルが待機所の面々に声をかける。


 その一言を合図に全員が一斉に片付けや掃除に入るあたり、ベルは待機所の職員からしっかりと信頼を得ているのだろう。

 亜人追放令が出てから約八百年。久しぶりに身分を隠さず、たくさんの人間と接していると亜人追放令が発令されるより前の世界を思い出す。人間と亜人が分け隔てなく接し、協力する。残念ながら妖精はその枠組みにはあまり深くかかわってなかったのだが、別段激しく敵対していたわけではない。


 しかし、亜人追放令が出てから八百年も経つと、人間はもちろん、亜人の中にも亜人追放令以前の世界を知らないという世代が続々と誕生している。この調子で行けば、亜人追放令以前の世界を知るのは自然の権化であり、基本的には寿命という概念が存在しない妖精や一部の長寿の種族ぐらいしかその時を知っているということがなくなってくるのだろう。


 そうなってしまったら、このような温かい空間はなくなってしまうのだろうか?


 そこまで考えて、マノンは首を横に振る。

 自分は何を考えているんだ。と、そこまでの思考を打ち消してマノンは再び目の前の作業に集中する。


 自分は成すべきことを成さなければならない。そういったことは二の次、三の次だと自分に言い聞かせながら。


「はぁ……せめて、この時間がずっと続けばいいんですけれどね……」


 おそらく、いや、ほぼ間違いなく自分たちがいるせいでこの場所には何かしらの迷惑が掛かっているであろう。

 でも、それでも、マノンはこの時間ができるだけ長く続くようにと願いざるを得なかった。

 読んでいただきありがとうございます。


 正直な話、自分が当初想定していたよりもカルロ領内での話が長くなってしまいました。次回より、ようやくシャラ領に入る予定です。


 これからもよろしくお願いします。

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