百四十三駅目 カルロフォレストからの旅立ち
カルロフォレストの街の北の出口とされている北大門。
明朝、まだ人どおりが少ない時間ながらも、夜中ほど静まり返っているという様子はない。
昨晩、ルナを通じて地図を手に入れた誠斗たちはさっそくシャラブールへと旅立とうとしていた。
カルロフォレストの問題に関してはいろいろと思うところがあるのだが、緊急性はあまり高くないうえにルナこれに時間をとられてはいけないと改めて認識させられたことも助かって、予想以上に早い時間の出発となったのだ。
「さてと……なんだかいろいろと課題は残っているけれど、出発するとしますか」
ちゃっかりと誠斗のリュックに納まっているノノンがそう声を上げれば、誠斗たちもそれに賛同する。
「それじゃ出発!」
「……あれ? もう行っちゃうんですか?」
さっそくと誠斗が一歩踏み出そうとしたとき、彼の背後から声がかけられた。
その声に反応するような形で振り向いてみると、どこか不満そうな表情を浮かべたメルラ・メロエッテが肩で息をしながらそこにいた。
「そうだけど?」
「……いやまぁ目的地へ向かってくれるのならそれでいいんですけれど……いいですけれど、急に行動しないでくださいよ。監視が追い付かないので」
「こっちとしては監視の目なんか気にしたくないし、わざわざそうやって文句を言いの出てくるっていうのが不思議でならないんだけど」
「あぁいや、まぁそれはそうなんですけれど、あんまり予想外の動きをされると困るというかなんというか……」
「そういわれても困るんだけど」
誠斗たちからすれば、メルラがどういった予測を立てたうえで監視しようとしていたのかなんてわかるはずがない。というか、監視者がこんな形で出てきたら困惑しかない。彼女はいったい何を考えてこのような行動に出ているのだろうか?
「さて、そういうわけで再び私は消えるので……」
「……そんな風に簡単に姿を消せるとでもお思いですかー?」
前回と同様、その場から姿を消そうとしたメルラの肩をオリーブががっしりとつかむ。
「こうしていればー逃げようとしても無駄ですからねー触れたということはー幻影ではないという証拠ですしねー」
「いやはや……これはそのですね……できれば、この町にもうちょっととどまってほしいなと思っただけでしてね。決して、妨害とかそんな意図はないんですよ?」
そんな彼女の行動もある種予想外だったのか、メルラはだらだらと汗を流しながら、求められてもいない弁明を始める。
もしかしたら、このメルラ・メロエッテという人物はそれぞれの行動に関してあまり深く考えないタイプなのかもしれない。仮にそうだとしても、あまりにも考えがなさすぎる行動といわざるを得ないのだが、それに関してはいったん置いておくとしよう。
「この状況を見る限り、早めに出発した方がよかったっていうことなのかしら?」
「まぁなんというか、あれだけいろいろ見ておいて放っておくのかといわれると、確かにちょっと後ろめたいんだけどね……でも、この状況で二兎どころか兎を三羽も四羽も追いかけだしたら間違いなく目的の達成なんてできないだろうし……ちょっと心苦しいけれど、ボクは正解だと思っていたよ」
「でしょうね。どうも、何羽も兎を追うのは不正解だったみたいだし」
誠斗とノノンはそろってため息をつく。
そんな二人の前ではメルラとオリーブの(ある意味で)不毛なやり取りがされており、せっかく早起きをしたというのに出発が遅れそうな雰囲気だ。
そんな四人から少し離れたところでココットが半ば空気になりながら現実逃避をしているのだが、誰もそちらに意識を向ける気配はない。
「さぁてぇ捕まえたからにはーいろいろと話してもらうのですよー」
「いや、もういろいろと話していると言いますか、なんといいますか……」
「おやおやぁ。この程度でー私が満足するとでも思っているのですかー? だとしたらー片腹痛いのですよー」
まだまだ話が終わるまで時間がかかりそうな二人を見て、誠斗は出発がいつぐらいになるだろうかと思案する。
そうしている間にノノンはリュックの奥に潜り、ココットはいつの間にか近くの木の上に移動している。
そのまましばらく時間が経ち、騒ぎに気づいた人々が集まり始めると、ようやくそれは終わりを迎えた。
「仕方ないので今回は勘弁してあげるのですよー」
「勘弁もなにも話すことはないんですって……まぁ必要な時間を稼いだのでいいんですけど」
この状況下で話を続けるのはまずいと判断したのであろうオリーブがそういうと、メルラはどこか意味ありげな一言を残して、その場から消え失せる。
「あらぁもしかしてー何かはめられたとかですかー?」
「まぁそういうことかもね」
メルラが去り際に残した意味ありげな独り言に誠斗とオリーブはお互いに顔を合わせ、首をかしげる。
「でも、こんなところで足止めしたところで利益なんてないんじゃないの?」
「いえいえ、わかりませんよー彼女がなにを狙っているのかを含めてー」
「だろうね。ボクもさっぱりだよ」
その後、二人で考えてみるも答えは見つからない。結果的にこれ以上の思考は意味がないと判断し、四人は改めてカルロフォレストを発つことにした。
「さて、改めて出発と行きますか」
周りに人も多くなり、結果的に明朝に起きた意味がすっかりと無くなってしまったのだが、それに関しては仕方ないだろう。
「それで? シャラブールまでは急ぐの?」
町を発つと同時にリュックから顔を出したノノンが尋ねる。
「まぁあれだけくぎを刺されるとね……急がないといけないでしょ」
「まーあー私としてはーせかされたというよりはーいくつかの勢力がぶつかっているだけっていう風にも見えますけれどねーそれがどれかはわかりませんけれどねー」
「それはどうだろうね……仮にそういうことがあるとしても、できるだけ巻き込まれずに目的を達成したいところだけど」
「それは難しいんじゃないんですかー? だってーすでにいろいろとー巻き込まれているじゃないですかー」
誠斗が面倒ごとを避けたいといえば、オリーブがそれは無理だと言い切り、ノノンとココットがため息をつく。
段々と当たり前になりつつあるその風景にホッとしていいのか、不安になればいいのかわからないが、とりあえず、今最優先するべきはマーガレットとアイリスの救出だ。改めてそれを確認した誠斗はしっかりと前を向いて街道を進んでいく。
「さて、この調子だとシャラブールにつくまでどれだけかかるのかしらね……」
そんなノノンの声を耳にしながら、誠斗は北大街道を進んでいった。