百四十二駅目 銀髪のメイド
深夜十二時より少し前。
少なからず通りにあった人影もすっかりと消えて、家々の灯りもほとんどなくなった町の広場に誠斗とノノンの姿があった。
「さて、マコトの推理が正しければこの時間に広場にいれば大丈夫だと思うけれど……」
そう言いながらノノンは誠斗の手元にある銀時計を覗き込む。
「そうだね……よっぽどかこれであっていると思うけれど」
誠斗の目の前では銀時計の時針がまさに十二時を指そうとしていた。
それは同時に“時針の先についている月の飾り”が“時計の頂点である十二の数字”と重なる瞬間を意味している。
しかし、広場を見下ろすような形で建っている時計台の前には人の気配がない。
もしかして、自分の推測は間違いだったのだろうか?
そんな考えが誠斗の頭の中をよぎった瞬間、広場の暗がりから拍手が聞こえてきた。
反射的に音のした方へ視線を向けると、優雅に手を叩きながらメイド服に身を包んだ少女がゆっくりとこちらへ歩みを進めているのが見えた。
一言も発することなく、ただただこちらへと歩みを進める。
月明りが彼女の姿を照らすにつれて、徐々にその姿が見えてきた。
すらりと背が高く、細めな体格、月の光を反射して輝く銀色の髪は腰の近くまで伸びるほど長い。スカート丈の短いメイド服に身を包んだ彼女はどこか屋敷にいるメイドというよりもどこかのメイド喫茶にでもいそうな見た目をしている。
そんな彼女はただただ拍手をしながら、しかし、冷たい表情を浮かべてゆっくりと歩いてくる。
真夜中という時間帯も合わさって、誠斗たちの目には彼女の姿がとても不気味に映る。
「コングラッチュレーション。おめでとうございます。まぁあの程度のなぞかけも解けずにずっとこの場でとどまっていたらどうしようかと思いましたよ」
ようやく目の前までやってきたメイドが発した言葉はその容姿とはずいぶんとかけ離れたものだ。
表情は真顔のまま、非情に冷たい声色で淡々と皮肉を言うその姿は、ある意味で恐ろしく見える。
「手紙を出したのはあなた?」
「はい。その通りです。私はシャルロッテ家にてメイドを務めさせていただいておりますルナと申します。本日はわが主であるサフラン・シャルロッテ様より言伝を預かっております」
「……えっと、それで? わざわざこんな時間に呼び出してどんな言葉を預かってきたの?」
「せっかちですねーまぁ別にいいですけれど」
言いながら目の前のメイドは持っていたカバンに手を入れる。
しばらくごそごそとひっかきまわした後にようやく彼女は一枚の紙を取り出した。
「……それでは読み上げます。えっと……“ヤマムラマコト殿。私の腹積もりではあなたはすでに姉さまやマーガレットの居場所を探っているところだと思われるので、そういった前提で話をさせていただきます。もしも、そうではなかったとしてもしっかりと聞いてください”」
そこまで行って、ルナはじろりと誠斗をにらむ。
その視線には“自分の主がこう言っているのになんでこんなところにいるんだ”という怒りにも似た感情がのせられているように感じた。
誠斗はその視線に思わず後ずさりしそうになるが、ルナはかまわずに話を続ける。
「“さて、シャラ領の中心街であるシャラブールは見た目こそ城塞都市であり、しっかりと警備体制が構築されているように見えますが、その一方で広大な地下空間が広がっているなど抜け穴が多いのもまた事実です。その事実とカレン・シャララッテの正確を考えるとお姉さま、もしくはマーガレットをシャラブールの地下空間、もう一方をシャラブールの町の外に監禁している可能性が高いと考えられます。ひとまず、私が知りうる限りの地下空間の地図を渡しますのでそれを参考に二人の探索をお願いいたします”……以上です。それでいてですね。こちらがこの手紙に書かれている地図です」
ルナはカバンを今一度ごそごそと探り、端が折れ曲がった地図を誠斗にポンと手渡しする。
最初からなんとなく、思っていたのだが、彼女はしっかりとしていそうな見た目に反して、意外と整理整頓ができないタイプなのかもしれない。
「さて……ここからは私の個人的な興味なのですが……なぜ、あなたたちはこんなところにとどまっているのですか? わが主の見立てが絶対とは言いませんが、いくらなんでも遅れすぎでは? 確かに今回の案件は言葉だけを切り取った場合の重大性に比べて、比較的安全性は確保されていますが、こうして足踏みをしている間にも何かの拍子で状況が変わるかも知れません。まぁあなた方にもそれなりの事情があるのでしょうが、そのあたりについて今一度お考え下さい」
「それはまぁわかっているつもりではいるんだけどさ……どういう計算だとボクたちがすでにシャラブールに到着しているの?」
ルナから指摘されたことについては確かにいろいろ心当たりがある。
しかし、それらのロスタイムをすべて合わせても約四日間だ。現在の地点で中間だとすれば、ここからシャラブールまであと四日で到達するとは考えづらい。
そのことを指摘されると、ルナは少し空を仰いでから再び誠斗の方へと視線を向ける。
「……まぁそういわれればそうでしょうか。あくまで最速で計算した場合だとわが主は申していましたし、多少のトラブルや休息、睡眠と言った時間を考慮すれば、ある程度は仕方ないのかもしれませんね」
「サフランはどういう想定をしてたのさ……馬車を使わないことぐらいわかっているだろうし、表向きの理由とは言え、自分が何を合わせて依頼したのかもわかっているだろうにさ」
「そういったことはわが主に行ってください。私はただのメッセンジャーですから。さて、私の仕事はこれで終わりなので……といいたいところですが、もう一言賜っておりますのでそちらもお伝えいたします」
ルナは誠斗の質問にまともに答えることなく、再びカバンの中に手を突っ込む。
「えっと……“さて、私はとある事情からシャラ領へと向かいます。カレン・シャララッテと接触する予定なので、それで何か状況が変化するようであれば、再びルナを通じてお伝えいたします。それでは、良い知らせを待っています”……以上です」
なんというか、メイド自信の言葉ではないとはいえ、何かグサリと刺されたような感覚すらする。
この言葉を言ったサフランがどんな表情や声色だったのかわからないが、なんとなく失敗は許さないというプレッシャーが垣間見せる。
「……確かに言伝はすべて聞いたよ。一応、ボクたちの予定だけ言っておくと、この後荷造りをして明日の朝にはこの町を発つ予定になってる。なるべくスムーズに進むように心掛けるけれど、サフランが想定しているような日時でつける保証はない……というかついてないんだけど……もしも、進捗を聞かれたらそうやって伝えてもらってもいい?」
わざわざ手紙ではなく、メイドをよこしたあたり誠斗たちがどのあたりまで進んでいるのか確認しようという意図も含まれているのだろうと踏んで誠斗はルナに言伝をしてほしいとお願いした方がいいだろう。そう考えて、実行に移してみたのだが、どういうわけか目の前に立つルナは小さく首をかしげるだけだ。
「……なぜ、私がわが主以外の命令を聞かないといけないのですか?」
「えっ? いや、なぜって……そもそも、命令じゃないし」
「そうですか。そうなりますと、それをわざわざ聞き入れる理由はありませんね」
「いや、なぜそうなるのさ」
「私はあくまでわが主であるサフラン様のメイドだからです。あぁあと、銀時計返してください。あれがないと困るので」
「えっ? あぁはい」
思い出したように右手を誠斗の前に突き出すルナに対して、誠斗は素直に手に持っていた時計を彼女の掌に載せる。
「それでは失礼します」
「えっ! いや、ちょっと待って!」
銀時計を受け取ったルナはそのまま踵を返して夜の闇へと消えていく。
そうして、再び広場に静けさが戻ってきた。




