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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第二十章
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幕間 カレン・シャララッテと十六翼評議会(後編)

 サフランが帰り、続いてカレンが飛び出していったあと、飛翔は一人部屋の中央にある採光口から空を見上げていた。

 採光口のすぐ向こうに広がる青空は手を伸ばせば届きそうだなと思う程度に近いのだが、この場所が地下深くであることと採光口は外部から見つからないように巧妙にどこかの屋根の上に隠してあるというカレンの解説からどれだけ手を伸ばしたところで届かないということはわかっているのだが、それでも手を伸ばして空に触れたいと思ってしまうのはなぜだろうか?


「……何をのんきに現実逃避しているのですか? ツバサさーん」


 しかし、そんな思考はいつの間にか部屋に帰ってきたカレンの言葉によって強制終了させられてしまう。

 なぜ、いつも思考を読み取ったかのように考えていることを言い当てられるのかと聞きたいところだが、彼女の雰囲気がそれを許さない。


 帰ってくるまでの時間と、少しフラフラとした足取りからサフランを捕まえられなかったのだという推測は簡単にできたのだが、それ以上に不気味でどこか怪しい雰囲気が感じられる。


「ツーバサさん。ひとつーお願いがあるのですよー」


 彼女がそういった瞬間、これから告げられる“お願い”を断ってはいけないと、飛翔の中で何かが警告を始める。


「……アイリス・シャルロッテを始末しなさい」

「へっ?」


 普段の彼女からは想像できない様なひどく冷たい声で放たれた“お願い”に飛翔はその場で金縛りにでもあったかのように固まってしまった。


「いや、それはさすがに……サフラン・シャルロッテとの約束はどうする気ですか?」

「約束ー? そんなもの知りませんよーあの人はーわかってないんですよー自分の行動が何をもたらすのかーそれがー議会に対してーどれほどの利益獲得のーチャンスを逃しているのかーでーすーのーでーこの命も代えてもー議長代理としての道をただす必要があるのですよー」

「しかし、それでは」


 サフラン・シャルロッテはカレン・シャララッテという人物を信頼したうえでアイリス・シャルロッテを表舞台から排除するという名目で保護を依頼したはずだ。

 カレン・シャララッテという人物が普段から十六翼評議会の利益を最優先にするべきだと考えているのはわかっているし、飛翔としてもその考えが間違っているとは思っていない。しかし、いくらなんでもそれを理由にアイリス・シャルロッテを始末するというのは少々行き過ぎているような気もする。表向きの理由はともかく、彼女は人質ではないし、何よりもサフランはアイリス・シャルロッテの保護に関してそれなりの代償をすでに払い終えている。それを一時の感情でひっくり返すようなことがあれば、今後のカレンの活動に影響が出るどころか、下手をすれば命すら危ないだろう。


「ツバサさん。まさか、あなたも私の考えを理解しないというのですか?」

「あの……そういうわけではなく……」

「はぁいいからあなたは私のお願いをー聞いていればいいのですよーわかったらーさっさと行ってくださーい。それともー私に逆らいますかー? この私にー?」

「ですから、そういうわけではなくてですね……」


 こればかりは聞けないと食い下がる飛翔の姿をカレンがきっとにらむ。


 その視線に飛翔は思わず後ずさりをしてしまった。それと同時に飛翔の本能がこれ以上はまずいと警告を発し始める。


「あなたー私のーお願いが聞けないのですかー? そーれーとーもー命令じゃないと動けないのですかー?」

「……それは……」


 これ以上は無理だ。おそらく、彼女の中に“お願い”を撤回するという選択肢など存在していないのだろう。


「ほら、早く行ってきてくださーい。ツバサさーん」


 それだけ言うと、カレンはこれ以上要はないといわんばかりに飛翔を部屋の外へと押し出した。


 扉がぱたんと閉じられた後、飛翔は大きくため息をついてから壁にもたれかかる。


 面倒なことになった。それが正直な気持ちだ。


 カレン・シャララッテと出会ってからそんなに時を経ているわけではないのだが、この世界に来てからほとんどの時間を彼女のそばで過ごしているので彼女の性格についてはなんとなくわかっている。

 頑固でこだわりが強く、戦略家……ただその一方で彼女は十六翼議会至上主義者であり、彼女の行動というのは基本的に議会の利益と結び付けられる。

 そんな彼女がアイリス・シャルロッテの始末を命じているのは果たして、議会の利益を考えてからなのか、はたまたサフラン・シャルロッテが議会の利益を無視しようとしていることに対しての腹いせなのか……いずれにしても、飛翔にはカレンからのお願いを確実に遂行するしか未来は残されていない。


 仮にお願いを拒否して追い出されたり、自ら逃げ出してみたりしたところで右も左もわからない異世界でまともな生活が送れるとは思えない。


 そんなことを考えている飛翔の頭の中で思い浮かぶのはシャルロ領の街中を歩いていた誠斗(友人)の姿だ。

 その時は自分の現状を知られたくないがために気づかれないようにとその場から立ち去ってしまったが、あの時に彼にちゃんと声をかけていれば、未来はもう少し変わっていたのだろうか?


 いや、そんな都合のいいことはないだろう。そもそも、町で見かけた青年が誠斗であるという保証はないし、仮に彼だったとしてもどんな生活をしているわからない。ただ一つ言えるとするならば、仮にそこで声をかけたところで自分はすでに裏の世界の人間だ。そういった意味では、自分はもうすでに引き返せないようなところへ足を踏み出しているのかもしれない。


 部屋の扉にもたれかかるような恰好で長い長い思考を終えた後、飛翔はもう一度深くため息をついてからその場から離れて歩き始める。


 一歩、一歩が鉛のように思いその足が向かう先はこのシャラブールの隣町シャラポート……アイリスが監禁されている町だ。

 正直な話、こういったことには気が進まないし、後から起こるであろう面倒ごとを考えれば関わりたくないのだが、カレン・シャララッテに逆らえない以上は仕方がない。


「……迷いがなくなってよかったようですねーツバサさーん」


 背中から、そんな声が聞こえてきたような気もしたが、飛翔は振り返ることなくそのまま地下通路を進んでいった。

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