百四十駅目 カギの正体
何が目的か。オリーブにそう尋ねられたメルラはちらちらと目を泳がせながら必死に答えを探しているように見えた。
その様子からして、何かの事実を隠してごまかそうとしているのは明白なのだが、そのことについてオリーブは何も言及せずに彼女の様子を観察している。
「えっと……えっと……」
「そろそろ適当な理由は思い浮かびましたかー?」
「適当ななどとは失礼ですね。ただ、あなた方に厄介なことをいかにして伝えようかと迷っているところで」
「いやいやぁ変な気づかいは無用ですよーこっちで頑張って解釈しますのでー」
メルラは必死に弁解しようとするも、オリーブがその機会を与える気配はない。
要するにどんな言い方でもいいから、さっさと本当のことを言えばいいだろうということなのだろうが、それは間違いなくメルラを追い詰めている。
「おやおやぁ言えないことでもあるのですかぁ? わーたーしーにーこんなこと頼むのに説明もなしですかー? まったく、あなたも不義理ですねー」
「いや、それはですね……決してそういったものではなく……」
ここまで来てしまうと、完全に逃げ道はない。
メルラはあちらこちらに目を泳がせながらこの状況を脱しようとするが、突破口を見いだせていないようだ。
「そろそろ本当のことを吐いて楽になったらどうですかー? そーれーとーもー自白剤でも飲みますー? 結構強力なやつを調合できるだけの知識は持っていますよーそれ以外にもーいろいろな拷問もできますですよー」
そんなメルラの態度に嫌気がさしてきたのか、オリーブはついに拷問や自白剤といった明らかに脅しととれるような言葉を口にし始める。
それに対して、明らかに動揺したのはメルラだ。ただでさえ、おびえていた彼女は余計に体をびくりとさせる。
「はぁーいい加減ー素直に言ってくれたらどうですかー?」
「あーいや、そのですね……」
「言わない気ですかーそうですかーでーしーたーらー」
「わかった! 言います! 言いますから!」
しかし、オリーブが懐から何かを取り出そうとした瞬間、一転してメルラはカギについて話すと言い出した。もしかしたら、本当に何かをされると感じ取ったのかもしれない。
「そーれーでーこの鍵の正体はー何なのですかー?」
「それは、その……なんと言いますか……はぁ。オリーブ様はともかく、ほかの皆様は我々の議会がなぜ、生まれたのかご存じですか? あぁ人間と亜人の分離とかそういう表向きから察することのできる理由を除いてですよ」
言いながらメルラは大きくため息をつく。
もしかしたら、作戦がうまくいかずにイライラしているのかもしれない。最も、誠斗が見る限りは彼女の作戦が成功することはないように思えるが……
「クスクスクス。元書記長……しかも、すこしの期間とはいえ、議長代理を務めていたーわーたーしーがー知らないとでもいうのですかー?」
「おやおや、意外と知らないことが多いんじゃないですか? 例えば、初代議長マミ・シャルロッテの腹の内。それに我々議会の上部の存在……それに、マミ・シャルロッテの事故死で引き継ぎもまともに行われていないはずですよ。となると、あなたは知らないことが多いということになる……まぁもっとも、私もそのあたりのことについては、何も知らないわけですし、特に前者については現議長代理でも知らないでしょうから追及しても無駄でしょうけれど」
「そんな前置きはどうでもいいのですよー早く本題をー言ってほしいのですよー」
ちょっと聞いただけではまるで関係のなさそうな話題にオリーブはメルラが時間の引き延ばしを図っていると考えたのだろう。
しかし、それはメルラの意図するところとは少々違っていたようだ。
「いやいや、こんなところで関係のないことなどいうわけがないじゃないですか……とまぁそんな前置きはほどほどにして、この鍵の正体について……あぁそうだ。このことについて、私が何か言ったとか言わないでくださいね。下手をしたら私の首が文字通り飛ぶので」
「こーれーはーまたー随分と物騒なことをー言いますねー」
「えぇ。でもそれが事実なので。さて、あなたに渡したその鍵はシャラブールにあるとある施設の鍵だと言われています。その施設がなんなのかは私も知りませんが……ただ一つ言えることを言わせてもらえば、その施設にはなんでも十六翼評議会の初代議長の隠し財産が眠っているなんて言われています。といってもまぁ金銭であるとは考えにくいでしょうけれど。もっとも有力なところで行けば、議会の本来の目的に沿う何かだとか言われています。こんなところで十分ですか?」
長々とした説明を終えたメルラはどこか疲れたような表情を浮かべている。その理由はほぼ間違いなく、話が進むごとに笑顔を消して、顔を険しくさせていったオリーブにあるだろう。
「つーまーりー私すら知らないーマミ議長のー何かがそこにあってーそれをー狙う勢力に奪われる可能性があるという認識でいいですかー?」
「はいはい。そういうわけでございまして……ご納得いただけました?」
どうやら、説明はここで終わりらしい。
彼女がわざわざ妙な前置きをした意味をいまいちつかみ切れていないが、カギの正体と厄介さについてはなんとなく理解出来た。
しかし、それと同時に誠斗はちょっとした高揚感を得ていた。
マミの財産……遺産とも言うべきかもしれないが、仮にそれが鉄道関連施設だった場合、鉄道計画の前進を促すことができるだろう。そうでなかったとしても、その遺産はマミ・シャルロッテという人物を知るうえで大きな手掛かりとなるはずだ。
「なるほどー面白そうですねー」」
どうやら、その話にはオリーブの乗り気のようだ。
それにしても、最初からそうやって話せばいいのになぜ彼女はわざわざあんな怪しまれるような言い方をしたのだろうか?
「それでは伝えることは伝えたので私はこのあたりで……あぁ一応、私は近くで見ていますのでもしもの時は助けるかもしれません。それと、この町の探索はほどほどにして、自分たちの目的の達成を確実に終わらせることをお勧めしますよ」
「おやおやぁそーれーはーカギを早く届けてほしいということですかー?」
「いえいえ、そういったものではなく、私が純粋にあなたたちのためにしている忠告です。この町は何か大切なものが抜け落ちているようなそんな雰囲気を感じますし、それに当てられてあなたたちが目的とは別のことをするようなことがあってはならないと思いますので……さて、それでは私はこの辺で失礼します。グットラック! 良い旅を!」
メルラはにやにやとした笑みを浮かべながら右手を胸の下あたりに深々と頭を下げる。
その瞬間、ボンッという音とともに煙が上がり、彼女の姿を隠す。
その煙が消えた後にはまるで最初からそこに人間などいなかったかのように彼女の姿は完全に消滅していた。
「……消えた?」
「はぁ周囲にかなりの魔力痕が残っているから、煙とかそのあたりも含めて全部魔法でしょうね。下手をしたら、目の前に立っていた彼女自身、本物じゃなくて操り人形の類か幻影の類だった可能性すらあるわね」
「まぁなんというかーそっちの方が納得がいきますねーわーざーわーざー自ら出向くというーリスクを回避しているわけですからねー」
誠斗はそんなことを言っているオリーブに視線を向けてみると、彼女はいつも通りの笑みを浮かべていた。ただし、目はまったく笑っていないが……
「えっと、とりあえず現状を整理しないといけないわね……ココット」
そんな中、ノノンは完全に空気と化していたココットを現実に引き戻し、誠斗にも目配せする。
「さーてーこーれーかーらーどうしましょうかー」
そんな中、オリーブは表情を変えないまま窓の外から見える青空に視線を移していた。