百三十二駅目 カルロフォレストの木々
ノノンの魔法のおかげで宿を脱出した誠斗とノノンはなるべく宿から離れるように動きながら周りの木々の様子を見ていた。
「ノノン。これまでのところどう?」
「……そうね。もう少しゆっくりとみてみないと何とも言えないけれど、結構人工の木と自然の木が入り乱れているみたい。おそらく、もともとの森の木々の間にたくさんの木を魔法で作ったっていうところでしょうね」
「それはまた大規模なことで……そこまでして、ツリーハウスだらけの街を作りたかったのかな?」
「さぁどうでしょうね? と……そろそろ中心街を抜けて北外郭町に入るわね」
「もうそんなところまで来ているのか……」
早くこのあたりを抜けようと必死になっているうちに、どうやら中心街の外側まで来てしまっているようだ。
中心街を囲むようにして作られている外壁を見ながら、誠斗は小さくため息をつく。
「……さてと……ここからどうする? やっぱり、外郭町まで行くの?」
「……そうね。中心街はある程度まともに作られているみたいだし、実態調査という意味ではあとから急激に造成された外郭町の方がいかも知れないわね。そっちの方がいろいろとわかりそうだし」
「そうだね。じゃあ……」
「……じゃあ何でしょうか? こちらとしてはあまり勝手に行動されては困るのですが」
外郭町へ出よう。
誠斗のその言葉を遮るような形で背後から聞き覚えのある声が響く。
二人が振り向くとそこには一人の執事……バード・カルロッテが小さく笑みを浮かべて立っていた。
「……もう感知したの? 私たちの脱走」
「脱走ですか? さぁ? 警護のものからは何も聞いていませんので今の時間、わたくしのお客様は宿にいるものと認識しています。そして、あなた方は夜にこそこそと怪しい動きを見せている不届きものといったところでしょうかな?」
「おやおや、町を歩いているだけで不審者扱いとは……この町は夜間外出禁止令でも出ているのかしら?」
なぜ、見つかってしまったのか。そんな感想を抱いている誠斗を挟んでノノンとバードの会話が展開される。
「……わたくしとしては、最低限のマナーも守れないお客様はお客様ではないと認識しております。ですので、宿にお戻りいただけない限りはあなた方は不届きものですよ」
「そう。だったら、こっちはそれらしく強行突破あるのみね! マコト! つかまって飛ぶわよ!」
暴力に訴えたところで勝てるはずがないと判断したのか、ノノンはそのまま誠斗の手を引っ張り一気に上昇する。
その時に彼女の背中から羽が出現しているのだが、それを目撃されることまで考慮したうえで飛び立っているのだろう。
「ノノン。ちょっと、どうするのさ」
「そんなものはこの場を脱してからいえばいい話じゃない。とりあえず、いったん外郭町に抜けて体制を整えないと」
「というか、羽とかいろいろ見せて大丈夫なの?」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょ。もうすこし高度を上げるから、黙ってて」
そのままノノンは無言で高度と速度を上げる。
誠斗は落ちないようにと必死につかまりながら下を見る。
「うわっ」
獣人の一件のときも、こうやって空を飛んだが今回は高さが随分と違う。
おそらく、バードの視界から外れようと必死なのだろう。
「ちょっと、どこまで行くのさ!」
「だから黙ってて。今から南外郭町に向けて急降下するからちゃんと口を閉じておかないと舌を噛んでも知らないわよ!」
「えっちょっと!」
何を考えたのか、そのままノノンは一気に地面に向けて落下する。
日本各地の遊園地にはいわゆる絶叫マシンというものがおいてあるが、そういったものの恐怖をはるかに超えるような……いうなれば、パラシュートなしでスカイダイビングに挑戦するかのような恐怖感が誠斗を襲う。
そんな誠斗の様子など考慮する気配すら見せず、ノノンは地面すれすれで速度を落として着地する。
「……もう。死ぬかと思った……」
「そんな感想は後でいいから。走って」
正直な話、気絶しそうだった状態から何とか平常心を戻そうとしている誠斗に対して、念のためにと持ち出しておいたリュックに体をすっぽりと納めたノノンが声をかける。
「これから走るの?」
「走って! 降りるところ見られてたらつかまるでしょ!」
「あぁもうわかったよ!」
ここでつかまるのは得策ではない。
誠斗はそのままノノンが入ったリュックを背負って走り始める。
「にしても、こんな土地勘がないところで逃げてもまた見つかるんじゃないの?」
「なら、適当に遠くに離れるだけよ。敵の人数もわからないし」
「敵って……まぁ敵かも知れないけれど」
ノノンに言われるまま誠斗は路地裏に向けて駆けだす。
とりあえず、この場からある程度離れれば安全だろうというのは誠斗としても一緒だったからだ。
そのあと、十分ほど走り、誠斗は近くにあった木に寄り掛かった。
「……全くもう……何なんだよ……」
「さぁ? まぁでも、これでダート・カルロッテが何かを隠しているのは確定ね。じゃないと、ちょっと抜け出したぐらいでこんなことにならないでしょうし」
「それもそうか……と、どうする? 調査」
この場でできるのかという確認とそもそも調査をするのかという質問を織り交ぜて、誠斗はノノンに言葉をぶつける。
彼女は少し考え込んだあとに誠斗の顔をまっすぐと見据える。
「……ここまで来たらやるわ。とりあえず、この近くから適当に気を選んで調べてみましょう。できれば、ツリーハウスに使われていない木か、使われていたとしても空き家もしくは家主がいない家がいいわね。住民に怪しまれて自警団にでも通報されたらたまらないし」
「まぁそれもそうか……っていうか、それじゃ本当に不審者みたいじゃないか」
「すでに不審者扱いされているんだからそれでもいいでしょ。ほら、行くわよ」
ノノンに促されるような形で誠斗は調査に向いていそうな木を探し始める。といっても、最終的に向いているかどうか決めるのはノノンなので、あくまで人気のない場所にある木を探すだけの話なのだが……
「ノノン。あそことかどう?」
「……あれは自然樹ね……こっちは……人工っぽいけれど、灯りが付いているわね」
そんな会話を交わしながら歩いているうちに誠斗はふと思った。
もしかしたら、これは都合のいい木を探すだけで結構時間がとられるのではないかと……もう少し言えば、家主に見つからなければこそこそと調べてもいいのではないかとすら思えてくる。
「あった! ちょうどいい木!」
そんなノノンの声が聞こえてきたのはちょうどそんなことを考えていたタイミングだった。
「えっ? どこ」
「どこってほら、正面。あそこの木よ!」
ノノンが指さす方向を見てみると、“売り家”と書かれた家が一軒だけ乗っている木が生えている。
確かに家主がいないのはほぼ確定なので条件としてはぴったりだろう。
その木の前まで到達すると、ノノンはリュックから飛び出して木の幹に触れる。
「マコト。あいつが……バード・カルロッテが来ないか見張ってて」
「了解」
せっかく見つけた木だ。このチャンスを無駄にしてはいけない。
誠斗はちらちらとノノンの様子を確認しつつ周りを確認する。
「……マコト。今のところ大丈夫そう?」
「うん。今のところそれらしき人影はないよ。大丈夫」
「わかった」
その会話ののち、ノノンとの会話が途切れる。
おそらく、木の状況を調べるために集中しているのだろう。
「ノノン。誰か来てる」
誠斗の視界に何者かの人影が写ったのはノノンが木の調査を始めてから五分ほどが経過したときだった。