百二十七駅目 意外な出迎え
カルロフォレストの南側の入り口にあたる南外郭門を抜けた後、誠斗は門の近くに立っていた人から町の地図をもらい、それを見ながら町を散策していた。
その地図によると、カルロフォレストは主に三つの区画で分かれていて、中央部が中央町、それを取り巻く街の北側を北外郭町、南側を南外郭町と呼んでいるようだ。
また、先ほどまで歩いてきた北大街道は南外郭門から北外郭門まで南北に町を貫いており、中央町にある広場からは西に向けて新カルロ大街道が伸びている。これはカルロフォレストから新メロ王国に至る街道だそうだ。
北大街道の重要な経由地の一つであると同時に新カルロ大街道の出発点になっているこの町は見た目に反してたくさんの人々が行き来をしていて、活気にあふれている。
北大街道を歩いていて、カルロ領に入ったあたりからすれ違う人が少なくなっていたので、この人たちはどこから来たのだろうかという疑問を生まれるが、町自体の人口が多いだとか、シャルロよりもシャラや新メロ王国に行く人の方が多いだとかそういったあたりが妥当な理由だろう。そうでなければ、行商人や旅人が多く行き交っている状況を説明しきれない。
「すごい町並み。こんなの始めてみたよ」
横を歩くノノンはかなり興奮した様子で、これでもかというほど目を輝かせている。
最初、人間と自然の調和など無理だといっていた彼女はどこへ消えてしまったのだろうか。もっとも、誠斗としてもここまでというのは予想外だったのだが……
北大街道を挟むようにして並ぶ木の上にあるツリーハウスは基本的に木造でどれも鳥小屋のような形をしている。
加えて、石畳が引いてある道は北大街道ぐらいで、路地は柵で道と民家の境界線が仕切られているだけで、ある程度の手入れはされているものの草がまるまる刈られているというような状況には見えない。
手つかずの原生林とまでは言わないが、自然の中の空間を少し間借りしている町というような雰囲気だ。
「へぇ。このあたりは、昔スラムだったのですけれど、随分と変わったのですねー」
そんなノノンの向こう側でオリーブはどこか懐かしそうに目を細めている。おそらく、八百年前の街並みに思いをはせているのだろう。
「昔はそんなに街並みが違ったのですか?」
「えぇ。そうなのですよー昔は中央町にツリーハウスが密集していて、そこに住めない人たちがこのあたりにスラム街を形成していたのですよーおそらく、外郭町というのはーそういったスラムの名残といえるかもしれませんねー」
「そうなんですか。興味深い話ですね」
この物珍し街並みについて、それぞれの感想は随分と違うようだ。
誠斗は誠斗でツリーハウスの構造について興味を持っているし、ノノンは自然に溶け込んだ街並みそのものに、オリーブは過去との比較、ココットはそこから紐解かれる町の成り立ちについて興味を持っているように見える。
そんな風にして、それぞれ興味の対象が違うのだが、町の景観に見とれているという点については共通している。
「おや、この町の景観を気に入ってくださっているようですね」
ただ、そうやって目立つ行動をしていると、誰かに声をかけられることがあるというのもまた事実だったりする。
自分たちにかけられたであろう声に呼応するように振り向くと、周りの雰囲気から少し浮いている男が立っていた。浮いている原因というのは間違いなく彼の服装に原因があるだろう。燕尾服に身を包み左目にモノクルをつけ、両腕には白い手袋、年はおそらく四十前後のその男性はまさしく小説に出てくる執事のようだ。
そんなベテランの執事という印象を持たせるような雰囲気を醸し出しているその男性の燕尾服の胸元には黄金の片翼の翼をかたどったバッチが輝いている。
普通の町人のなかに唐突に現れた場違いな執事は小さく笑みを浮かべたまま誠斗たちの方へと歩み寄ってくる。
それにしてもだ。どうして、十六翼評議会なんでいう裏の組織の人間が堂々と街中を歩いているのだろうか? その存在を知ったら口封じのために命を奪われるぐらいのことを聞いた記憶があるのだが、こんな風に登場されるとその言葉自体がただの脅しではないのかという気すら起きてくる。
「おや、どうかいたしましたかな?」
そんな誠斗の心情が表に出ていたのか、執事風の男性はそんなことを尋ねてくる。
「いえ別に……えっと……あなたは?」
誠斗の返答が予想外だったのか、執事風の男は一瞬目を丸くするが、すぐに表情を戻して小さく咳ばらいをしてから軽く頭を下げる。
「失礼いたしました。わたくしはサフラン殿よりあなた方の監視……ではなく、案内を頼まれましたバード・カルロッテでございます。カルロフォレスト内での案内はすべてわたくしが担当させていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします」
バードが名乗ると、今度はノノンとオリーブの表情が変化する。
ココットはココットで事態が飲み込み切れていないのか呆然とした様子だ。
そんな中で皆を代表するようにノノンが誠斗の横まで歩み出てバードに声をかける。
「バード・カルロッテ……というとカルロッテ家の関係者かしら?」
「はい左様でございますノノン殿」
「そう。まさか、領主一族が自ら出迎えてくれるなんて思わなかったわ。どういうつもりなの?」
「おやおや、わたくしは古くからの盟友であるサフラン殿から頼まれて出迎えたわけであって、わたくし自身には他意などないのですがね。もっとも、サフラン殿がなにを考えてこうした処置をとったのかは存じ上げませんがね。さて、ひとまず宿にご案内いたしますのでこちらへお願いします」
ノノンとの会話を終わらせたバードはそのまま有無を言わさない様な口調で誘導を始める。
彼の言うことが本当なら、これはサフランなりの配慮なのかもしれないが、もうちょっとやり方があるのではないかと思えてくる。
「どうかいたしましたか? 早くこちらへお越しください」
状況が飲み込み切れずに立ち止まったままの誠斗たちにバードから声がかかる。
「どうやらついていくしかないようですね」
「……みたいだね。一応敵じゃなさそうだし……」
「はぁーあれがダートの子孫ですかー」
「あなただけ時代が違う感がすごいんだけど」
そうして、それぞれ短い会話を交わした後、誠斗たちはバードの方へ向けて歩き出す。
それを確認したバードは少し間隔を置いてから誠斗たちの斜め前を歩き始める。
「それで? 今夜の宿はどのあたりにあるの?」
「はい。中央町の一角にある宿でございます。ただ、サフラン殿からこの町に来るのはマコト殿とノノン殿の二人だと聞いておりましたので一人部屋を二つ取っただけでして……その、ご不便かと思いますが……」
「部屋割りならこっちで勝手にやるから気にしなくてもいいけれど、布団はあるの?」
「はい。そちらに関してはわたくしが用意するようにと伝えますのでご安心を……それとも、もう二部屋確保いたしましょうか?」
「いや、そこまではいらないかな。二部屋のままでいいわ」
どういうわけか誠斗を間に挟んだままバードとノノンの間で会話が交わされる。
それにしても、こうしているとノノンは意外としっかりとしているという印象を受ける。もちろん、これまでの旅でもそういったことを感じる場面はいくつもあったのだが、バードとの会話ではよりそういった面が表に出ている。
そんな二人の会話を聞きながら誠斗は再び街並みに視線を送る。
「なんだか、マーガレットの家を思い出すな……」
誠斗はツリーハウスがたくさん並ぶ風景を見ながら、誰にも聞こえないぐらいの声量ぽつりとつぶやいた。