幕間 シャルロ議会
シャルロ領の中心街シャルロシティの中心部。
中央の広場から少し離れた場所にシャルロ議会が開催される帝国領シャルロ中央議会場が悠然と建っていた。
シャルロ領内での政策を決める、その議会は領主代理であるサフラン・シャルロッテを議長代理とし、約250人の審議員だけが議場に入ることを許されている。
そんな議会の控室にサフランとサフランのメイドの姿があった。
資料を読みふけるサフランに対して、銀髪のメイドは無言で彼女のそばに控えている。
「…………………………はぁどうやってあの老人どもを説得しましょうか……」
死霊を一通り読んだ後、サフランは大きくため息をつきながら資料を放り投げる。
十六翼評議会という場においては議長代理という絶対的な権限を持つサフランであっても、議長代理という全く同じ肩書を持つ議場においてはあまり権力を持っていないといっても過言ではない。
長老と呼ばれる高齢の審議員が権力の大半を握りしめ、実質的に議会を牛耳っているのだ。なので、今回の鉄道に関する法整備はいかにして長老たちを説得するかという点に集約される。集約されるのだが……
「……………………どういうわけかあの爺さんたちは私のことを嫌っているみたいですし、おそらくこちらが提出する法案の中身をまともに見ないままサフラン・シャルロッテが出す法案にろくなものはないとでも言いながら全会一致で否決でしょうね……全く、どんな議会運営をすればそんな空気ができるのでしょうか……そのあたりどう思う?」
サフランは隣に控えるメイドに意見を求める。
メイドは少しだけ間をおいてから、静かな声で返答をする。
「そうですね。やはり、長老からすれば本家以外の人間が代理とはいえ議長席に座っているのが気に食わないのではないでしょうか? 私自身、議場の様子は存じ上げませんが、アイリス様が議長をされていた時は非常に円滑に回っていたという話を聞きますので……」
「………………なるほど。政策云々よりも家柄を優先するわけですか。つくづくくだらないですね」
「くだらないでしょうが、シャルロ領においては議会がすべてです。議会で多数の賛成が得られなければどれほどの良法でも否決され、闇に葬り去られる。ここはそういう場所ですから」
メイドが言及しているのは再審議禁止条項のことだろう。
これは先々代の議長……つまりは当時の領主が自分の決定が覆されることを防ぐために強引に議会条項に加えた内容で端的に言えば可決もしくは否決された法案そのものもしくは類似した内容の法案の再審議を禁止するというかなり横暴なものだ。
アイリスはその条項を廃止する方向で動いていると聞くが、それが改善されていないあたり、本当に議会が円満に動いていたかどうか若干疑問が残る。いずれにしても、それが厄介な壁となることは確実なのかもしれないが……
「…………なんで姉さまはこの条項を廃止できなかったのでしょうか……これくらい簡単だと思うのですが……」
「アイリス様曰く長老からの反対が強く、なかなか審議に持ち込めなかったとのことです。ことを慎重に運ばなければこの条項の審議すらできなくなる可能性がありますから……」
「……………………反対するということは長老たちはその条項を使って好き勝手やっているということですか。なるほど、厄介なことをやってくれたものですね。先々代の当主というのは」
言いながらサフランは深くため息をつく。
先々代領主……つまり、アイリスの祖父にあたる人物はここ数代の中でも最悪の領主と言われ、私腹を肥やし、人民を虐げていたと聞く、確か最期は執務室で使用人に暗殺されたはずだ。
その暗殺事件に至る詳しい経緯については語られていないが、一説には先代領主が一枚かんでいると言われている。実際にあの事件のあと、その使用人は追放されるどころかメイド長の位を得ているし、領主を暗殺したような危険人物をそばに置き続けるというのは並大抵のことではない。
このことに関してはアイリスも何か知っている様子だが、いくら聞いても彼女はそれを語ることはなかった。
「………………ここにきて、私にまで影響しますか。先々代領主の悪政は……これは、どうしたものでしょうね……」
もしも、このタイミングで鉄道に関する法案が否決されれば、再審議禁止条項を廃止するまでそれに関する審議ができなくなってしまう。そうなれば、シャルロ領内での鉄道の話は立ち消えになってしまうだろう。
非公式の情報とはいえ、何かしらの方法で鉄道についての情報を入手した一部勢力が動き出そうとしていると聞くし、そうでなくても今回の案件が否決されれば、エルフ商会はシャルロに見切りをつけて、シャラ領側からの建設を推進するだろう。いや、それだけならまだしも、シャラ領からシャルロ領を通らずに旧妖精国地域を抜け出すルートを誠斗に提案する可能性すらある。その時に誠斗がシャルロ・シャラ間の北大街道沿いのルートにこだわる可能性がどの程度あるかは未知数だ。
もしも、誠斗がシャルロを通らないルートを選択した場合、それは鉄道において本来先進するはずだったシャルロ領がほかに比べて大きく後れを取ることを意味する。それだけはどうしても避けたい事態だ。
「……サフラン殿。いらっしゃいますかな?」
その時、扉をノックする音ともに男性の声が聞こえてきた。
「………………開けてきて」
「かしこまりました」
一応、もしもの可能性を考慮してサフランはメイドに扉を開けに生かせる。
彼女はおそらくその意図まで理解したうえでうなづいて扉の方へと足を向けた。
メイドは扉の方まで足早に向かい、扉を開ける。
「これはこれはサフラン殿。開会寸前に失礼いたします」
その言葉とともに姿を現したのは白ひげを蓄えた老人だ。
「………………誰かと思えば、アパタイト殿ですか。どうかいたしましたか?」
部屋に入ってきた男……議会の長老の一人アパタイトは悠然とした態度を崩さないままサフランの方へと歩みを進める。
その背後でメイドは静かに扉を閉め、アパタイトの後ろについてサフランのそばまで戻ってくる。
「まず、久しいですな。サフラン殿。会うのは……五年ぶりですかな?」
「………………えぇ。そのぐらいだったと思います。私自身、分家の人間ですので本家の関係者とはあまり深い関係がなかったもので……ただ、少々昔話に花を咲かせるような時間すらなさそうですので、本題を聞いてもよろしいでしょうか?」
「おっと、失礼いたしました。えぇ本題というのがですね、あなたが今おもちの新しい規定の草案についてでして……」
やはりか。サフランは心の中でそう思うも、それを極力表に出さないようにしながら口を開く。
「………………鉄道関連の法整備のことですか?」
「そうです。えぇと……私が言いたいことはですね、なんといいますか、その法案の取り下げとそれに代わる法整備のご提案でして……」
「………………といいますと?」
サフランが尋ねると、アパタイトは小さく笑みを浮かべながら手に持っていた紙束をサフランに差し出した。
「……………………新規街道建設及びシャルロ馬車組合施設強化による旧妖精国内輸送増強計画ですか……第二新北大街道とはまた大層な計画ですね……」
「はい。すでにカルロ領とシャラ領の馬車組合と一部の議員には話しがつけてあります。サフラン殿の了承さえあれば、この法案は議会を通り、すぐにこの計画は実現できるでしょう。少なくとも、いい結果など得られるはずのない鉄道などにうつつを抜かうよりもずっと現実的です」
「………………結構な言い方をしてくださいますね。その根拠は?」
サフランの質問が予想外だったのか、もしくは想定通りにも関わらずそう見せかけているのかわからないが、アパタイトは両手を広げて少し大げさに驚いて見せた後にサフランにぐっと顔を寄せる。
「何をおっしゃいますか。線路のあるところに行けない、ましてやどんな危険があるかもわからないものに手を出すよりも、現状の施設の強化の方が理に適っております。もし、鉄道の通る線路に障害物があれば、馬車とは違いよけれないのです。そうなれば、間違いなく大事故でしょう。そうなれば、責任はすべて鉄道建設を決めたあなたのものに……」
「………………別にそれぐらいのリスクは承知しています」
「なら!」
「……………………ですが、その程度で諦めるのなら私は最初からこのような法案は用意いたしません。それと、アパタイト殿」
ドンと机をたたくアパタイトに対して、サフランはあくまで冷静だ。
サフランはそのままアパタイトの目を見ながら冷たい笑みを浮かべた。
「………………馬車組合からどの程度お金をもらいましたか? その辺の調べ、ついているんですよ……まぁ私は目をつぶっておいてあげますけれど……」
「何の話ですかな?」
「………………そうですね。例えば、この紙に書いてある内容について議会で追及するというのはいかがでしょうか?」
そういいながらサフランは懐からある紙をちらつかせる。
「それは!」
「…………エルフ商会のある方より入手しました。まぁ情報源はさておいて、ここに記されている馬車組合からの再三にわたる資金の流入はどういった理由からでしょうか?」
「それは……その……」
少し紙をちらつかせただけでこの態度だ。否定して、抵抗することぐらいは予想していたのだが、どうやらそうではないらしい。
そう踏んだサフランはそのまま一気に畳みかける。
「…………アパタイト殿。私はこういった無駄な議論で時間を消費したくありません。ですので、今回の鉄道に関する議論が円滑に進むことを願っています……それでは私は議場に向かいますので、失礼いたします
」
サフランはそのまま相手の返答すら聞かずに部屋から出ていく。
部屋には沈黙を貫くメイドと青い顔をしたアパタイトのみが残されている。
「………………できれば、こういった姑息な手段は使いたくないんですけれどね……」
サフランは誰にも聞こえないぐらいの声量でつぶやいた後、部屋の扉を閉めて議場へと向かった。