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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十八章
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百十九駅目 戦いの後の宴(後編)

 オリーブの背中を見送ってから五分ぐらい経っただろうか? 幸か不幸か先に誠斗の元に戻ってきたのはノノンだった。

 彼女はお酒が入った杯をもって誠斗の横に座る。


「さてと……飲んだことないっていうから少量だけ入る器で持ってきたよ」

「いや……あの……そうじゃなくて……」

「まぁ大丈夫だって。これでもダメなら少し考えるけど……」


 静かに首を振る誠斗を前にして、ノノンは少し残念そうな表情を浮かべながら杯を引っ込める。


「そうね……だったら、もう少し弱めの酒を持ってきた方が? それとも、おいしさ優先で普通にみんなが飲んでいるお酒を持ってくるべきか……どっちが……」

「マコトー近くのー泉の水をー適当にーとってきましたですよー」


 そうしていると、近くの泉まで言っていたらしいオリーブが水が入ったジョッキをもって戻ってくる。


「……その中身、水?」


 オリーブの声を聞き届けたノノンがむっと眉を潜ませる。何とも微妙なタイミングで帰ってきてくれたものだ。いや、よくよく考えてみるとノノンの前でオリーブから渡されたジョッキの中身を飲み干す方が面倒といえば面倒かもしれない。

 その結果、飲めるなら私がついだ分も飲んでと飲まされる未来がなんとなく見える。


「えぇ水なのですよー本来はー飲みすぎな人向けなのですけれどー」


 言いながらオリーブはチラリと樽を抱いて寝ているココットに視線を向ける。その行動だけで彼女が言いたい事は十分理解できる。つまり、酔いつぶれたココット(こういうやつ)向けの措置なのだと。


「まぁともかくーこれで雰囲気だけでもいーいーのーでー楽しみましょーよー。無理にーお酒を飲む必要はありませんしー」

「あらあら、こういう場ではお酒を飲んでこそ楽しいんじゃないの」

「いえいえー無理に飲んでもー意味がないのですよー」


 誠斗は目の前でココットとオリーブの間にバチバチという火花を幻視し始める。それほどまでに二人の間には不穏な空気が流れていた。


「あ……あのさ……」

「マコトは黙ってって!」


 誠斗は当事者のはずなのに止めようとしたらこの一言である。

 このままでは現状をまともに理解できないうちに目の前でノノンとオリーブの戦いが勃発しそうな勢いだ。どうしたものだろうかと誠斗は小さくため息をつく。


「まったくもう……勘弁してよ……」


 そんな二人を前にしてもはや誠斗は弱弱しくそんな言葉をつぶやくのみだ。

 目の前の二人は自分には止められない。かといって、一緒に止めてくれそうなココットは酔いつぶれているし、リラはどこかに行ってしまっている。

 目の前で展開されているこの状況はどちらに転んでもまずい気がするので上手に打破したいのだが、その手段も思いつかない。


「……ねぇ、マコト? お酒、飲まないの?」


 ちょうどそのとき、今にも消え入りそうなか細い声とともに誠斗の肩がトントンと叩かれる。

 振り向けば、杯を片手に持ったリラが気まずそうな表情を浮かべて立っていた。おそらく、ノノンと同様に一緒に酒を飲もうとしていたところで先程の会話を聞いてしまったのだろう。


「いや……これはその……」


 目をウルウルとさせて今にも泣きだしそうなリラを前にして誠斗はどうしたものかと思考を必死に巡らせる。


「……苦手、なら……飲まなく、ても……いい、けれど……でも、喧嘩は……ダメ。なの」

「えっと……あっちの二人の事?」

「……うん」

「と言われてもね……」


 誠斗はそう答えながら視線を喧嘩を続行中の二人に移してみる。

 今のところ口喧嘩だけだが、お互い今にも手が出そうな雰囲気だ。そうなってしまう前に何とかしないといけないと思うのだが、二人の間に割って入ろうものならまた邪魔をするなと言われて排除されるのは目に見えている。


「どうしたものかな……」

「……わたし、が……止めようか? こういう、のって……よくある……から」

「止めるって、大丈夫なの?」


 誠斗が尋ねると、リラは小さくうなづいて二人の方へと歩いていく。


「リラ。危ないよ……」


 杯を片手に歩み寄っていくリラを見て、誠斗は彼女を止めようとしたのだが、リラはそれを無視して歩き続ける。


「二人、とも……喧嘩は、ダメ! なの!」


 ノノンとのけんかに夢中になっていたのだろう。オリーブはすぐ背後まで来ていたリラの存在に気付かないまま後頭部にリラが降り下ろすこぶしが直撃する。

 はたから見れば幼女が喧嘩をしている大人の片割れをグーで殴ったに過ぎないのだが、不意打ちということも相まってか、オリーブはその場に崩れ落ちた。


「えっ!?」


 目の前で起こったことが信じられないのか、ノノンが変な声をあげて動きを止める。


「……ノノン、も……喧嘩?」

「……えっいやいやいや! しませんよ! 喧嘩なんてしてないよ! うんしてない!」


 その状況を見てまずいと判断したのか、ノノンは慌てて取り繕う。

 そんな彼女を見て納得したのか、リラは無邪気な笑みを浮かべて小さくうなづく。


「……そう、飲む人……も、飲まない、人……も、楽しむ、の」

「はい! 承知しました!」


 ノノンは背筋をピンと伸ばして立ち上がり、リラに向けて敬礼する。


「それじゃ、マコト……一緒に、行こ?」

「えっあぁうん。わかった」


 誠斗はそのままリラに手を引かれてその場を後にする。


「ねぇ、リラ?」

「なに?」

「どこに行く気?」

「……私、のおすすめの場所。別、にお酒は……飲まなくても、いいから」


 酒を飲みかわし、人々が騒がしく談笑している横を取りぬけて広場の端へと向かっていく。


「……まったく、私を置いてどこに行こうっていうの?」

「そうなのですよー私たちはー仲間じゃないですかー」


 そうしていると、背後からすっかりと元の調子を取り戻したノノンと早々に復活したらしいオリーブが追いかけてくる。


「ノノン。もう大丈夫なの?」

「えぇ。私はあのぐらいじゃへこたれないから大丈夫」

「それで? オリーブはいつ仲間になったの?」

「あれれぇ? 質問がおかしくないですかーわーたーしーはーあなたの仲間ですよーえぇ。そーれーとー先ほどのリラさんのー攻撃はまぁそのーいろいろやってココットさんにー身代わりになってもらいましたのでー大丈夫なのですよー」


 どうやら二人とも思いのほか早く立ち上がったらしい。というよりも、偶然近くで寝ていたココットが犠牲になったようだが……


「あぁココットさんならー大丈夫ですよーどうせー明日になってもー二日酔いだって思うぐらいでしょうし

ー」


 誠斗の表情から考えていることを察したのか、オリーブが横からそんな言葉を挟む。残念ながらその内容では何をどう安心していいのかわからなくなるようなものだが……


「まったく……明日ココットに謝っておいてよ」

「大丈夫ですよーあれだけ飲んでいるんですしーどうせ、何も覚えていないのですよー」


 あまりに悪気がないオリーブを前に誠斗はついついため息をついてしまう。


「おやおやーどうしてーため息なんてついているんですかー?」


 しかし、今度は誠斗の意図はちゃんと伝わらなかったらしくオリーブはこくんと首をかしげながら質問をぶつける。


「できればその理由もわかってほしかったんだけどね……」

「いやいやぁさーすーがーにー人の気持ちまではーわからないのですよー」


 オリーブはそう言って笑顔を浮かべている。

 その表情を見て、誠斗はもう一度ため息をついて立ち止まり夜空を見上げる。


「……マコト、わたし、とも……話、して?」


 その態度が不満だったのか、前を歩いていたリラはわざわざ誠斗の前まで戻ってくる。


「えっあぁごめん。えっと、リラが行きたいところにはあとどのくらいでつくの?」

「……あと、ちょっと……だから、みんなついてきて……」

「うん。わかった。それじゃあ行こうか」


 誠斗の返答を聞いてリラは誠斗の手を引っ張りながら歩き出す。


 誠斗はそんな彼女の後姿を見て笑みを浮かべながら歩き始め、少し離れたところで待っていたノノンとオリーブも誠斗たちが追いつくのを待ってから一緒に歩き出した。

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