幕間 サフランとマーガレット
シャルロッテ家の中にあるサフランの執務室。
巨大なマミ・シャルロッテの肖像画の前に置かれている書斎椅子に腰かけているサフランは、入り口付近にある応接用のソファーに腰掛けている銀髪のメイドに声をかける。
「……………………どういう風の吹き回しでこんなことをしているのか聞いても構いませんか?」
「質問の意味を理解しかねますが?」
「………………一応、人払いをしてこの部屋には他の人間は入ってこないようにしているので、気にする必要はありませんよ。それで? どういうつもりなんですか?」
サフランが念を押すように問いかけると、メイドは大きくため息をついてサフランの方を向いた。
「まったく、どういう感性をしていたら見分けられるわけ?」
「………………普段から身の回りの人間をよく見ていればわかりますよ。それすらしない領主は簡単にこの世から消えますから」
「そう。さすがね。だったら、あなたは長生きする方かしら?」
「………………どうでしょうね? それとこれとは話は別ですから。それで? どうしてここに来たのですか? マーガレット」
サフランはゆっくりと立ち上がり、銀髪のメイド……ではなく、彼女に憑依したマーガレットに声をかける。
「……細かい仕草までちゃんと観察するべきだったかしら?」
「………………無駄ですよ。いくら似せたところで偽物は偽物にしかなり得ませんから。どうせ、どこかでばれますし、そのままばれないように潜入なんてことはあり得ませんよね?」
「そうね。どうせなら、背後からおどかしてやるぐらいのつもりでいたわ」
「……………………そう。勝手にしなさい。それで? いい加減用件を聞かせてもらってもいいかしら?」
サフランはマーガレットの向かい側に座り、紅茶の入ったカップを目の前に出現させる。
「……砂糖が足りないのだけど」
「……………………それ、あなたの体じゃないでしょ? その子を殺す気? あんな量の砂糖が入った紅茶のような何かを飲んでケロッとしているのはあなたぐらいよ」
「はぁわかったわよ……これで我慢するわ」
マーガレットは目の前の紅茶に砂糖を一つだけ落としてからかき混ぜる。
それを少しだけ口に含むと、彼女は小さくため息をついてそれを机の上に置く。
「さて、そろそろ話しましょうか。わざわざこんなことまでしてここに来た理由」
「………………はい。お願いします」
「まぁそうたいした理由ではないんだけど、ちょっとあなたの真意を聞きたいななんて思ったのよ」
「………………意見ですか?」
サフランが不快そうに眉をゆがませる。
おそらく、いやな気配を感じ取ったのだろう。だが、マーガレットからすれば、そんなものは関係ない。彼女の様子など度外視で淡々とした口調で用件について話し始める。
「……サフラン。あなた、マコトをシャラに向かわせた理由ってアイリスや私の救出だけじゃないわよね?」
「………………といいますと?」
「時期が妙なのよ。私だけならともかく、アイリスもと明言する当たり、私の件がなくてもマコトをシャラに向かわせるつもりだったんじゃないの? それも、もっと別の目的で……例えば……そうね。シャルロからシャラまでの調査とか」
マーガレットの鋭い視線がサフランの姿を射貫く。
その視線にさらされたサフランは少し居心地悪そうにはしたのだが、それ以上に表情を変えることはなく、平然とした表情で反論する。
「………………確かに今回も名目上の話とはいえ、今回シャルロからシャラまでの調査を依頼しています。ただ、いずれにしてもいつかはそれをしなければなりませんし、その事実を加味したところで今回の目的はマーガレットと姉さまの救出であることは変わりありません」
「本当にそう?」
「………………しつこいですね。何がしたいのですか?」
もはやサフランは不快な表情を隠すつもりはないのだが、マーガレットはそんなものはどこ吹く風といった様子でまったく気にする気配はない。
そのこともあいまってサフランはさらに機嫌を悪くする。
「そんなに怒らないでちょうだい。大した意味はないわ……そうね。でも、あなたが鉄道のためではなく、アイリスのために議会の一部勢力をつぶそうとしている。もしくは、アイリスの存在を完璧に隠ぺいするために動いているとすれば、“アイリスの救出”も嘘じゃなくなるわよね? そのあたりはどうなのかしら?」
「……………………相変わらず痛いところをついてきますね……それで? そんなことを知ったところでどうするつもりですか?」
不機嫌さをそのままにサフランはマーガレットに疑問をぶつける。
「知ってどうするかって? そんなの決まっているじゃない」
しかし、マーガレットからすればそんなことは関係ない。
彼女は顔に冷たい笑みを張り付けて立ち上がり、サフランの頬に手を添える。
「……私の目的の邪魔になるのなら排除するまでよ。それ以外の目的なんてないわ」
「……………………目的……ですか? あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思いませんでした……珍しいこともあるモノですね」
「私が目的を持っていちゃいけない?」
「………………そうは言いませんけれど、数百年レベルで生きているあなたが今頃目標を持つだなんて意外だと思っただけです。他意はありません」
「そう。まぁそうかもしれないわね」
マーガレットは紅茶のカップを置いて小さくため息をつく。
そうした後、まだ手が付けられていないサフランの紅茶の横に置いてある砂糖に手を伸ばすが、サフランは無言でそれをはじく。
「…………………………いい加減、紅茶のような何かをたしなむのはやめたらどうですか?」
「あなたも数百年単位で生きてみれば、普通のモノじゃ満足できない気持ちがわかるわよ。ほら、亜人の方がヒトよりも食への探求心が高いでしょ? それと同じよ」
「………………私はあなたの偏食について話しているんですよ。妙な議論で話題をすり替えないでもらえます?」
「あら、そんなことを言い出したら、私はあなたの目的について聞いていたわけであって、食事の話なんてしていないはずよ。そっちこそ、話題をすり替えないでくれる?」
二人の間に沈黙が訪れる。
部屋に設置されている柱時計の音がやけに大きく響く中、サフランとマーガレットはお互いの出方を見極めようとしている。
マーガレットからすれば、先ほど話していた彼女の目的について聞き出したいところだが、ストレートに聞いたところでどうせまたごまかされるに決まっている。そうなると、今度は彼女と話をしながら上手にそちらの方向へと話をもっていくべきなのだろうが、それをするための上手い方策が思いつかない。
その状況がしばらく続いた後、先に動いたのはサフランの方だった。
彼女は小さくため息をついてから立ち上がると、そのままマミ・シャルロッテの肖像画の前まで歩いていく。
「………………あなた、昔から友達は少なかったんじゃないですか?」
「まぁそうね。ただの人間だったころでも周りにいたのは魔族の魔法研究家とあの子ぐらいだったわ。友達なんてできるわけないじゃない。どうしてそんなこと言うの?」
「……………………あなたの行動を見てそう感じただけですよ。私から目的が何か引き出したいのなら、もう少しうまくやらないと得られる情報も得られないですよ。まったく、あなたは優秀なんだか、ただの魔法バカなんだかわからなくなってきますね。まぁとにかく、私がなんで姉さまの救出を今になって頼んだのかなんて言うわけないんですから、さっさとお引き取り願ってもよろしいですか? そろそろ、本業の方はもちろん副業の方にも影響が出そうなので」
サフランの言葉を受けたマーガレットはジト目で彼女の姿をとらえて、あきれたように息をつく。
「よく言うわ。どうせ、どっちも本業なんでしょ?」
「………………さぁ? どうかしらね?」
サフランの言葉を聞き届けた後、一気に紅茶を飲みほしたマーガレットはそのままソファーに倒れこむ。
その様子からして、彼女は体の主導権をメイド本人に返してどこかへ行ってしまったのだろう。
次に来るときはまたメイドのふりをして、あわよくばそのままサフランの目的を聞き出そうとするかもしれない。
そのときは引っかかったふりをして、ちょっとだけ乗ってみるのもいいだろう。
「………………あなたはいつまで寝ているつもりですか? 早く起きてください」
ソファーでそのまま寝入ってしまっているメイドを起こしながらサフランは小さく笑みを浮かべていた。