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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十六章
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幕間 小さな国の小さな神殿

 旧妖精国北部にある旧妖精国地域唯一の独立国新メロ王国。

 その国の首都である王都を見下ろせる位置に存在する神殿に緩いウェーブがかかった黄緑色の髪が目を引く少女が立っていた。


 彼女の服装は麻で作られた簡素なワンピースを身にまとっていつだけなのだが、神殿の周りにたくさんの近衛兵が並んでいるあたり、彼女の身分の高さがうかがえる。


「メルラ様。お客様がお見えになりました」

「そう。通して」


 そんな少女の背後に従者の男が現れる。

 メルラと呼ばれた少女は、従者からの報告に大した反応は見せずに小さな声で返答を返すだけだ。


 従者の男も来客がだれなのか告げることなく、頭を下げて下がっていく。


 新メロ王国を治めているメロエッテ家の一族に名を連ねるメルラ・メロエッテには来客が多い。いちいち名前を聞いて判断していたら日が暮れてしまうので誰を通すのかは基本的に従者に任せているし、その判断を通したうえでならわざわざ誰が来たかなど聞く必要もない。


「いやいや、久しぶりなのですよー」


 一言二言程度のやり取りぐらいしか交わされない静かすぎるほど静かな神殿の一室にのんきな声が響いたのは従者の男が退室してから十分ほど後のことだ。その瞬間、メルラはやはり来客者がだれかぐらいは聞いておくべきだったと思った。

 表情筋を総動員して煩わしさを前面に表現しながら振り向いてみると、カレン・シャララッテが手をひらひらと振って立っていた。


「……何をしに来たの?」

「えー。それはそうですねーちょっと、お話がしたくなったのですよー」

「話? どうせ、碌な相談じゃないでしょう?」

「あらあらーわかっちゃいますー? まぁ私としてはー大切なことなんですけれどねー」


 カレンは柔らかい笑みを張り付けたままメルラの方へと歩み寄る。

 その表情から何かを感じ取ったメルラは背後に下がろうとするが、自分がすでに窓際に立っていたことを思い出して、一歩下がるだけでとどまった。


「メルラ・メロエッテさーん」


 カレンがメルラの名前を呼ぶ。それだけでメルラの顔にいやな汗が流れる。

 口調こそ静かだが、何かがあるとは思わせるには十分な威圧がカレンから放たれていた。


「あーなーたー。何か裏で企んでいませんかー? 例えばー禁術の練習とか……」


 その言葉とともにカレンの視線がメルラを貫く。それだけで彼女の心臓は早鐘を打つかのように鼓動する。


「禁術の練習? 何を?」

「……カルロ領」


 いつもののんびりとしたどこか抜けている口調とは違う冷たく突き刺さるようなその言葉はメルラを黙らせるには十分過ぎるぐらいのものだ。

 メルラは何か突破口はないかと視線をあっちこっちへと動かしながら考えてみるが、どうにも答えが見つかりそうにない。


「メルラ・メロエッテ。もう一度問います。あなたはカルロ領に対して何を仕掛けているのですか?」

「……私は何もしていない。あくまで私はだけど……」

「……やっぱり何かしていましたかーやってくれましたねーそーれーで? 何をーしようとしているのですかー?」


 もはや逃げられないのはわかっているのにメルラは後ろへと後ずさる。

 そして、ついに背中が窓の枠に当たる。カレンは獲物を追い詰めた肉食獣のような笑みを浮かべて、そのままメルラの肩をつかんだ。


「メルラさーん。あなたも十六翼評議会の人間ですよねー? でーしーたーらーその十六翼評議会の書記長である私にーちゃーんと報告することがあるんじゃないですかー?」


 口調は普段のそれに戻ったものの、威圧はいまだに消えない。

 メルラは慎重に言葉を選びながらどうやってこの難局を乗り越えるか必死に思案する。


 しかし、何を言おうとしてもカレンの目を見た瞬間にそらしたくなるほどの威圧を感じる。


 メルラ・メロエッテはつい数か月前に議会の一員になったばかりの新入りだ。

 そんな彼女が長い期間、十六翼評議会の一員としてその座を守り続けてきたカレンに勝てるはずもなく、メルラはあっさりと白旗をあげる。


「はぁ……カルロ領での件について私は関与していないわ。なんというかその……兄様が家を突然飛び出したと思ったら、あのような騒ぎを起こしていた。ただそれだけよ」

「……でーもーあの禁術を封印しているこの神殿の管理をーしーてーいーるーのーはーあなたですよねー? どーして封印が解かれたりしているのですかー?」

「そっそれは……兄様が勝手に封印を解いたの。私のすきをついてね」


 この発言は実質的に自分のミスを全面的に認めるものだ。

 正直な話、死霊術自体あまり知られていないし、使用にはそれなりのリスクが伴う。なのでわざわざこの神殿まで来て禁術を手に入れようと考える人間は少ないはずだと勝手に考えて油断していたのだ。

 しかし、その考えは簡単に破られ、自らの兄の手をもってあっさりと禁術が記された書物を持っていかれ、結果として現在の騒動につながっているのだ。

 そもそも、それを持ち出されたのがメルラが十六翼評議会に所属する前の出来事とはいえ、自分の不祥事であることには変わりない。何とも、微妙な時期に騒ぎを起こしてくれたものだとため息をつきたくなるが、今はそれどころではない。


「そーですかーあなたの兄が勝手にねー」

「はっはい。それで間違いないというか……その……」

「まぁいいのですよー今回ばかりはそこそこいい方向に行っているみたいですしーあなたに“ちょっとしたこと”をお願いするので、それをしっかりとやってもらえばー許してあげるのですよー」

「はい! その私にできることなら何でもやります!」


 この状況から逃れたい一心でメルラは返答する。

 しかし、メルラの言葉を聞いて満足そうな表情を浮かべたカレンを見て、メルラは自分の発言で大きな間違いがあったことに気付いてしまった。


「……メルラさーん。今、“なんでも”って言いましたよねー?」

「あっいや、その……」


 だが、気が付いたところでそれはとっくの昔に手遅れになっていて、メルラはただただおびえながら目の前で笑みを浮かべるカレンの言葉を待つほか選択肢はない。


「そーれーでーはーあなたにはーちょっと、したことをやってもらいましょうかー」


 カレンはしてやったりといわんばかりな笑みを浮かべながらメルラに対してお願いという名の命令を告げる。

 それを聞いたメルラは顔を青くしながら拒否するも最終的には自らの発言があだとなり、結果的に了承するのだった。


 メルラから了承の返事を受け取ったカレンは満足そうな表情を浮かべながら部屋から出ていく。


「……さーてーそろそろ舞台もーそろってきましたしー最後の準備にしましょうかーツバサ。作戦実行なのですよー」


 カレンは廊下に出るなり、扉の横に控えていた飛翔に声をかける。

 頭を下げて走り去っていく飛翔の背中を見送ったカレンは自身が得意としている時間操作の魔法を使ってその場から姿を消す。

 彼女たちが去っていった廊下はまるで最初から誰もいなかったかのように静まり返った。

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