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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十六章
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幕間 フウラ・マーガレットの憂鬱

 暗い地下通路にやや高い靴音が響く。

 フウラの家の地下に広がる広大な地下空間はシャラブールにもとから存在していた地下空間と直結しており、巨大な迷宮のようになっている。

 そんな迷宮の中で迷うことなく目的地にたどり着けるのはフウラの他には一人しか思い付かない。


 そんなダンジョンといっても差し支えない地下迷宮の中をフウラは魔法灯が照らす灯りだけを頼りに歩いていた。

 何の表情も浮かべずに歩くフウラの頭の中をよぎるのは先ほど、部下からされた報告の内容だ。


 詳しくはわからないが、カルロ領内で怪しい動きがあり、場合によっては新メロ王国が関わってくる可能性がある。


 これが一つ目だ。この程度の内容の報告はかなりの頻度で上がってくるのであまり気にしていない。こういったときはたいてい、疑わしいだけでそれを示す証拠が出てこないこと大多数だ。

 地下組織同士の抗争ならいざ知らず、国レベルでの関与となってくると、自らが持っている権力を振りかざして証拠を隠滅するだろうし、新メロ王国に関してはそういった権力に加えて十六翼議会という強力が後ろ盾があるのでそれも容易のはずだ。

 もしも、本当に新メロ王国でそれなりの地位にある人間がカルロで起きている問題の裏で糸を引いていたのなら、今頃、上位議会でそれをいかにしてもみ消すかという議論が白熱しているだろう。一応、詳しく調べるようにとは言っておいたが、それも無駄な徒労で終わる公算が大きい。それでも、十六翼議会の下部組織の中でも比較的高い地位にある翼下準備委員会の委員長を務める身としては調べるに越したことはない。たとえ、その結果何もでなかっとしてもだ。


 そして、今現在フウラの頭を悩ませているのはそのあとにあった二つ目の報告だ。


 ヤマムラマコトとノノン、それと町娘一人がシャラ領へと向かっている。なお、その裏にシャルロッテ家もしくはエルフ商会が関与していると思われる。


 前者の問題なら自分には関係ないと一蹴することもできるが、後者の問題はそうもいかない。


 おそらく、いや間違いなくヤマムラマコトの目的はこの地下迷宮の一室で眠っている自らの姉だろう。彼は彼女を取り戻すためにこちらへ向かってきている。

 彼がシャルロ領を出るまでの期間の短さを考えると、シャルロッテ家もしくはエルフ商会が関わっているのはほぼ間違いないだろう。そうでなければ、即座にシャラ領へ向けて出発するなどということはないはずだ。


「……本当に困ったものです……厄介なことにならないと良いのですが……」


 普段であれば、その情報を基に用意周到に準備をして、万全の態勢を整えたうえで“あなたたちが負けて逃げる。こんな展開いかがでしょうか?”といって笑っていればいいのだが、今回はそうもいかない。

 そもそも、この地下迷宮に姉を監禁していることはほかの者に知られていないことであるし、そのことを隠したまま準備をしようとすると何かと弊害が起こる。いくら権力を持っていても、一人ではできることが限られてしまう。なので、本来ならヒトもモノもカネも惜しむことなく投入するべきなのだが、それをしたことによって姉の存在が明るみに出れば、本末転倒になってしまう。それらを天秤にかけたうえで下した判断がこの地下迷宮にできる限りトラップを仕掛けて立てこもるというものだ。


 少しぐらい姿を見せなくても誰も違和感は覚えないだろうし、もしもというときは自分が仕掛けたトラップぐらいでは足止めにもならない。こういうと、簡単に突破できるトラップなのかと思われがちだが、それは不老不死という特殊な体質を持つフウラだからこその感想であり、殺したら死ぬ人間であるヤマムラマコトからすれば過酷なモノになるだろう。


 そんなことをごちゃごちゃと考えている間にフウラは目的の部屋の前に到着する。


「……姉さま。入りますよ」


 フウラは先ほどまでの思考をリセットして、そのままノックもせずに部屋の扉を開けた。

 当初はいちいちノックをしていたのだが、これまで一回も返事が返ってきたことはなく、試しにノックなしで扉を開けてみても文句を言われなかったので、その時からずっとそうしている。


 部屋の中に入ると、姉はベッドの上で壁の方を向いて横たわっており、部屋に入ってきたフウラに興味を示すそぶりはない。


「姉さま。どうせなら言葉の一つぐらい返してくれてもいいのではないですか? このまま姉妹仲良く暮らす。なんて言う展開はいかがでしょうか?」


 フウラが声をかけるも返事は返ってこない。

 この場所に来てからしばらくは脱出を試みていたのか、あちらへこちらへと動いていたのだが、最近は決まってベッドの上で同じ体勢を取り続けている。おそらく、積極的に話しかけてくるこちらに対する抵抗のつもりなのだろう。どうせ、この状況からは脱出できないのだから、もう少し素直になってくれてもいいのだが、どうもそうはいかないらしい。


「姉さま。一言ぐらい会話を交わしてくれませんか? 別に内容は何でも構わないので……どうせなら、ここから出して。みたいなものでも私はかまいませんよ」


 返答はない。

 相変わらず、マーガレットは口を閉ざしたままだ。


「姉さま」


 いい加減、この状況にしびれを切らしたフウラはついに姉の体に触れて、自分の方へ向けてころがそうと力を入れる。

 多少の抵抗は予想されたのだが、そんなことはなく、彼女の体はあっさりと回転してベッドから転げ落ちる。


「えっ?」


 あまりにも予想外な展開に変に抜けたような声が出てしまった。

 ベッドのそばの床に横たわる彼女は落ちたままの体制で動く気配がない。


 恐る恐る彼女の肌に触れてみるが、伝わってくるのは人間独特の温かみではなく、ひんやりとした冷たい感触だ。

 まさか、死んでしまったのだろうか? そんな考えが頭の中をよぎるが、それはありえないと首を振る。


 フウラも姉も望んでいないとはいえ不老不死なのだ。死ぬほどのダメージを受けて一時的に行動不能になることはあるが、死んでしまうということはありえない。


 必死に冷静さを保ちながら彼女が横たわっていたベッドに視線を移すと、彼女が横たわっていたその場所に小さな魔法陣が描かれていることに気が付いた。


「……これは……」


 その魔法陣はパッと見ただけではごくごく普通のどこにでもあるような簡素なものだ。しかし、そこから感じる魔力は異常といっても過言ではないほどのモノだ。付け加えていえば、フウラは姉が使う魔法の中でこのような状態を生み出すであろう魔法に心当たりがあった。


「……幽体離脱ですか……やってくれますね……」


 ある意味不老不死だからこそできる芸当。自らの魂を体から切り離し、他人の体を借りて行動するというものだ。

 残念ながら術者の体からは誰の体を借りているのかわからないし、体を借りるにしても相手の同意さえあれば簡単にあちらへこちらへと乗り移ることができるのでかなり厄介な術である。


「……ただ、それをするにしても対象が少しわかりやすいような気もしますがね……」


 ヤマムラマコトとノノンの旅に同行しているという町娘。あまりにも唐突すぎる彼女の登場は、姉が幽体離脱をしているという事実を加味することで簡単に理由がつけられる。


 今、自らの姉は町娘の体を借りて行動しているに違いない。


 自分の中で納得がいく結論にたどり着けたフウラは姉の体をベッドの上に戻して部屋から出ていく。


「さて、もう一仕事するとしましょうか……」


 フウラは不敵な笑みを浮かべたまま地下迷宮の奥へと姿を消した。

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