百九駅目 木の上から見た戦況
森を抜けた先の広場……がよく見える木の上。
ノノンの案内で安全圏内かつ状況がよく見えるであろう場所としてここを指定したのだ。
遠くから見ると、かなりの混乱が生じていることがわかる。広場にいるのは十数人の黒服の男たちとその三倍ほどの数の獣人たち。状況は獣人が圧倒的に有利でわざわざその中へと突っ込む必要性が感じられないほどだ。
「……救助するつもりがそんな必要性は全くなさそうね」
「……そう。うん。だって、むらの、ひとたち……つよいから」
「だったらなんで捕まったのかはなはだ疑問ね……とちょっと、下に降りるからここで待っていて頂戴」
ノノンはそういうと、木の枝からトンと飛び降りて下の方へと降下していく。
彼女がどこへ行くのか気になったが、誠斗たちは自力で木の上から降りることができないのでおとなしく待つことにする。
しばらくすると、ノノンは木の上に戻ってくる。
「お待たせー」
「はいはい。っていうか何してたの?」
「えっと……ほら、もう危険がなさそうだから……その、気分を入れ替えようと思ってさ。ほら、獣人たちがあそこから負けるなんて考えづらいし」
「……うーん。まぁそうなのかな?」
ノノンは危険がもうなくなりそうだといっているが、いまいち腑に落ちない。
こんな風にして圧倒できるのなら、なぜ獣人たちはここまでおとなしく連れていかれていったのだろうか? これほどの実力があれば村で抵抗することもできたはずである。
「…………みんな、わるいひとたち、が……ゆだんするの、まっていたのかも……」
そんな中、真横にいたリラが答えに近しいだろう回答を提示する。
確かにおとなしく従うふりをして相手が油断するまで待つというのはよくある手段だ。しかし、それをしたがために村を破壊されて、物資が奪われたのでは意味がない。この状況から考えて、この場で集団を圧倒して村に帰ったところで、そこには何もない。あるのは廃墟のみだ。
そう考えてみると、次に浮上する可能性は何かしらの理由で獣人たちは抵抗を許されず、相手の集団が油断したタイミングを狙って反旗を翻した可能性だ。
そうなると、あの集団には油断さえしなければ獣人たちを圧倒できるほどの実力を持ち合わせているということになる。その可能性を加味すると、この戦いの行方というのは途端にわからなくなる。
例えば、獣人たちをさらった集団が体制を立て直せば一気に形勢が逆転する可能性もある。
「……しばらくは油断できなさそうだね……」
「でも、この調子だとどちらかが撤退線に持ち込むんじゃない? 獣人族からしても相手が引いてさえくれれば必要以上に戦う必要はないし、獣人をさらった集団側からしても必要以上に被害は出したくないはずだから」
ノノンは横でそんな分析をしている。
確かにお互いに背水の陣ということもないだろうし、獣人を押さえつけられないと判断して集団側が逃げるか、集団側がもう追ってこれないと判断して獣人たちが村に撤退するか、もしくは集団側が獣人を押さえつけるか……この戦いが終わるとしたらそんなあたりだろう。
「どうやら勝負はついたみたいですね」
誠斗がそんなことを考えている横でココットがそんなことをつぶやく。
見ると、獣人たちをさらったとみられる黒い集団が一斉に撤退を始めていて、勝負は決したように見える。
「さて、終わったみたいだしあっちに行こうか」
戦いが終わったのを確認したノノンはそう言いながら誠斗たちの背中を軽く叩く。
それが終わると、彼女は誠斗たちの背中を思い切り押して枝から突き落とした。
「えっ!?」
「大丈夫。魔法を使ってちゃんと軟着陸するようにしているから……たぶん」
誠斗たちと同様に落下中のノノンから声がかかる。
彼女のいう通りなら地面に思いきり激突するなんてことはないだろう。というよりも、そんなことがあったら困る。
ノノンがいるのと逆側に視線を移してみると、涙目のリラとすでに気絶しかかっているココットの姿が見える。
おそらく、実時間にして数十秒ほどの出来事なのかもしれないが、この時間がとても長く感じる。おそらく、本能が生命の危機を感じ取っているのだろう。
「ねぇ落下速度が落ちないんだけど本当に大丈夫?」
だが、いくら遅く感じられたところで地面が迫ってきているという事実に変わりはない。
「あれ? おかしいな……調整間違えた? いや、でも……」
「いや! 調整間違えたって! そんな風に言われても困るんだけど!」
もうだめかもしれない。そう思い始めたとき、唐突に体がふわりと浮くような感覚がした。
「ほら、ちゃんと発動したでしょ?」
彼女が自慢げに述べている声が聞こえる中、誠斗は無事に着地できそうだと息をつく。
そのまま降下速度は一気に落ちていき、やがてゆっくりと地面に着地した。
「はぁできればもう少し早く発動してほしかったんだけど……」
「んーまぁ私ちしてもそっちの方がよかったんだけどね……なんでだめだったのかな? でも、問題なく発動したんだからいいじゃん」
「いや……まぁそうかもしれないけれどさ……」
傍らで気絶している二人に視線を向けながら、誠斗は大きくため息をつく。
この調子では獣人たちの方へ行くまでには少し時間がかかりそうだ。
「まぁいいかな……」
問題は解決したように見える。あとはリラを無事に彼らのところへと連れ戻すだけだ。
すっかりと戦いに巻き込まれるような事態になることを警戒していたが、今のところはそんなことはなさそうだ。ただ、胸の中でなんとなくざわつきが残るのは、今回の出来事の中で感じた違和感か、それとも別の何かなのか……気にはなったが、深く気にする必要はないだろう。問題はこれで解決するはずなのだから……
ドンッという大きな音が周囲響いたのはそんな考えの中で木の幹に体を預けていたときだった。
「今のって!」
誠斗が声をあげると、ノノンは小さくうなづいた。
「……思っていたより状況は良くない方向に進んでいるのかな?」
先ほどまで笑顔すら浮かべていたノノンの表情からそれが消える。
「……あんまりよくない予感がする。今度はもっと近くでもう状況見てみないと!」
そういいながらノノンはリュックに気絶しているリラとココットを詰めて、自身もその中に入る。
「さぁマコト! 近くまでひっそりと移動して! 後ろはちゃんと見ているから!」
いつも通りリュックから首だけ出しているノノンの指示通りマコトはリュックを背負って先ほど音がした方に向けて歩き出す。
「……まったく、やっぱりそう簡単にはいかないよね……」
そもそも、獣人たちは一回連れ去らわれているわけだ。それほどの事態がそう簡単に解決するはずがない。
時々聞こえる爆発音にびくびくしながらも進んでいくと、やがて木の上から見えていた広場のすぐそばに到着する。
「……マコト。この辺でいったん止まって……少し、厄介な魔力を感じる」
「えっ? 厄介なって……」
「少し黙っていて……魔力をちゃんと感知してみるから……」
彼女がそういうので誠斗は自身の横にリュックを下ろす。
ノノンの顔を見てみると、彼女にしては珍しい厳しい表情を浮かべていた。
「……やっぱり、そういうことか……」
数分後、ノノンは小さな声でそうつぶやいた。