百八駅目 森の中の捜索
獣人族の村から少し離れた森の中。
誠斗たちは人が通った後を追って森の奥へ奥へと進んでいた。
「……妙ね」
先頭を歩くノノンが唐突に声をあげる。
「妙って何が?」
「あなたね……村一つ分の人数を移動させるのよ? 休息を取れば野営の跡が残るはずだし、道具自体はきれいに片づけたにしても草木が倒れたりとかそういった痕跡が残らないとおかしいでしょう? まぁ獣人たちの体力を考えると休息なしでもっと遠くに行く可能性も考えられないわけじゃないけれど……」
「同行者の体力がどれくらい持つか……ですか?」
「そういうこと。どんな人数か知らないけれど、獣人族の村を襲って、そのうえで村の人たちを連れていく。並大抵のことじゃないわ。確かに村から出て半日も経ってないけど、休息なしというのは少し厳しいんじゃないかしら?」
指摘されてみればそうかもしれない。
村で休んでいた可能性もあるが、普通に考えれば村を襲撃した後にそのままのんきに休んでいるとは思えない。
ほかの村から獣人が訪れることもあるだろうし、捕まえ損ねた獣人がほかに助けを求めに行く可能性を考えると、長時間滞在のメリットなど見当たらない。むしろ、せっかく捕まえた獣人を逃す可能性を考えるとデメリットの方が大きいだろう。
「……なるほど、確かによくよく考えてみると妙かもね。村を襲撃する前にいた野営地が別だったとしても、わざわざ村の中を通ってこっちの道に来る意味がないよね……でも、ほかの獣人たちの襲撃を恐れて村を早く離れたかったっていう可能性もあるんじゃないの?」
「……まぁそれぐらいの理由だったらいいんだけど……なんだかいやな予感がするわね」
誠斗はすぐ目の前を歩くリラに視線を向ける。
村を出て以降一切口を利かない彼女はただ黙々と前を見て歩いている。
彼女は今、不安に押しつぶされそうになっているのかもしれない。彼女からすれば、自分たちだって必ずしも信頼に当たる相手ではないだろうから心の中では警戒を解いていないのかもしれない。
「大丈夫?」
そこまで考えたうえで誠斗は前を歩くリラに声をかける。
リラは一瞬、びくりと体を震わせたあとに小さくうなづく。
「……だいじょう、ぶ……だよ。まだ、つかれてないから……」
「そっか。ならいいけれど……休憩したかったらいつでも言ってね」
「……あり、がとう。で、も、いまはだいじょうぶ……だから」
リラの返事はとても弱弱しい。
初めて会った時からずっとそんな口調なので素なのかもしれないが、もうすこし警戒を解いてくれてもいいのにと勝手ながら思ってしまう。もっとも、こんな状況下で簡単に信頼してくれというのも難しいだろうから、ムリもない話かもしれない。
「さてと……このまま歩いていてもどうしようもないわね……もう少し手掛かりが見つけられるといいのだけど……」
「そうは言いましてもないものはないですからね……」
いつの間にか前を歩く二人の会話が始まっていた。
二人の話の内容は単純に手がかりをどう見つけるかというモノだ。
彼女たちはしきりに周りを見回しながら、歩き回っている。ペースを上げるとは言いつつもさらなるヒントを求めているようだ。
「……本当に手がかりがないって困るわね。一つでもあれば何とかなると思うんだけど……」
「手がかりね……でも、魔力痕は反応がないし、あの白い石以降物理的な手がかりも……」
言いながらノノンが立ち止まる。
「なに……か、ある……の?」
ココットの後ろにいるリラが彼女に声をかける。
ノノンは片手を出して“静かに”と小さな声でいう。
「……感じるわね……それもかなりの魔力だわ……方角はこの道を進んだ先といったところかしら?」
「魔力っていうことは今まさに魔法が使われているの?」
「えぇ。それも並大抵の規模じゃないわ。それにこの魔力の波動……捕まえていた獣人たちが逃走を試みて抑えているといったところかしら?」
「それじゃ急がないと!」
冷静に分析するノノンの背後でココットが声をあげる。
しかし、ノノンはそれを手で制した。
「待って。まだ確定じゃないし、このまま突っ込んだら私たちまで捕まるわよ。とにかく、慎重に相手に気付かれないように近づかないと……」
そういった後、ノノンは誠斗とココットの位置を入れ替えるように指示をしてそのまま前進し始める。その歩調は先ほどよりもはるかにゆっくりでよく見ると、少しだけ体を浮かしている。彼女としてはできる限り音を立てたくないのだろう。
そんな風にして進むうちに徐々に緊張から胸の鼓動が早鐘のようになり始める。
前を歩くノノンも遠くの魔力に何か感じるものがあるのか、首筋に汗が流れているのがわかる。
「……ノノンさん。様子は?」
「……徐々に魔法の規模が大きくなっている。どうやら抵抗しているようね。このまま抵抗を続けてくれれば何とかできるかも」
ノノンから伝えられる状況報告に心なしか後ろを歩くリラの雰囲気が明るくなったような気がした。ただ、いくら獣人優勢の可能性があるといわれてもそれがどれだけ持つかわからない。状況がわからない以上、楽観視できない状態だ。
「……もうすぐよ」
ノノンがそういった直後、大地に大きな震動が走る。
突然の揺れに誠斗もココットもリラも転びそうになるが、ただ一人少しだけ宙に浮いていたノノンはその被害を免れる。
「……さすが獣人の力ね……想像以上だわ……」
「……いまの、むらのひとたち、なら……ふつうに、でき、る……」
なんとなくリラは誇らしげだ。
同族の力を感じてほんの少しながら安どしているのかもしれない。
それにしても、これだけの力を持つ獣人を連れ去ることができるなど、相手はどんな集団なのだろうか?
自然と、誠斗の体に緊張が走る。
やがて、振動の回数は多くなり、それ以外の余波も徐々に届くようになってくる。
時々飛んでくる魔力の塊をよけながらノノンたちはその中心へと向かう。
「……あの、とりあえず近くまで行って様子見ですよね? まさか、この中に入ったりしませんよね?」
一番後ろを歩くココットから不安げな声がかかる。
それは誠斗も考えていたことだ。
この距離でこの余波である。そんな先頭を行う両者の間に割って入ることなどそう簡単にできるはずがない。
「……そうね。遠くからの観察にとどめた方がいいかもしれない……状況がわからないと動きようがないから状況が目視できる程度まで近づかないといけないけれど……」
どうやらノノンも似たような答えに至ったようだ。
その声には確かに緊張が感じられる。
「……遠くから様子見で状況を見て助けに入るといったところがいいかしらね? どう思う?」
「……まぁそのあたりが妥当かもね……仮にあれの中に突っ込めと言われても断るけれど」
「確かに本当にそれだけは勘弁してほしいですね。はっきりといって私たちにはリラを守りながら戦えるかという以前に、これほどの衝撃が周りに波及するような戦いの中で生き残れるのかという可能性が低いですし」
ノノンの質問にたいして誠斗とココットがそれぞれ意見を返す。
少しリラの方へ視線を移せば彼女は不安そうな表情を浮かべてあまりを見回している。
「さて、そろそろ見えてくるわよ」
前を歩くノノンの言葉に緊張感を高めつつ、誠斗たちは戦いの震源地の方へと歩みを進めていった。