百四駅目 カルロ領へ
シャルロ領のすぐ北に位置するカルロ領。
旧妖精国が統一国に吸収されるよりも前から貴族だったというカルロッテ家が収めているこの土地は古くからの自然が多く残る場所としても有名だそうだ。
そんなカルロ領は地図上だけで言えば、寒冷地にあたるような場所にあるのだが、針葉樹林が広がるシャルロにたいして、こちらは南国の密林のジャングルにでも生えていそうな植物が多数見受けられる。
地形的な理由からなのか、その他要因が原因なのか定かではないが、ここカルロ領とさらに北にあるシャラ領、その西部に位置する新メロ王国は比較的雪が少ない温暖な気候の地域らしく、すぐ南に隣接するシャルロ領と比べても温かいそうだ。
旧妖精国が統一国に編入される前、かの国は雪に閉ざされた極寒の地だと考えられていたという話を加味すると、その特殊性がより明確になる。
本来なら、寒いはずなのにそうではない地域。誠斗たち一行そんな地域の入り口にあたるカルロ領南部の森にさしかかっていた。
「あーなんか懐かしい感じ。これぞ、森っていう感じよね」
背後のリュックからそんな声が聞こえてくる。
かつて、妖精国の首都カルロ領内に存在していたとも言われている(ノノン曰く首都と呼べるほど町はなかったらしく、正確な首都の場所はカノンしか把握していないらしい)この辺り一帯はノノンからすれば、故郷にあたるのだろう。
そんな彼女の様子を見て、ココットが首をかしげる。
「ノノンさんはシャルロの出身ではないのですか?」
「……まぁそうなるわね。出身地だけで言えば、このあたりよ。それでいて、マコトはもっと遠くから来たの」
旅に同行してもらうにあたって、ココットには二人の関係はある程度ぼかしながら話してある。
二人はシャルロ領主から北大街道沿いの街の状況を調査するように求められ、親子に扮して旅をしているという当たり障りのない話にココットは思いのほかすぐに納得し、それ以上の追及は今のところない。
いや、敵であるとばれてしまった以上、詮索してはいけないと考えているのかもしれない。
最初こそ彼女のことを警戒していた誠斗とノノンであるが、これまでのところ何もないのである程度は警戒が解け、少しずつではあるが打ち解けてきている。
当初はココットを自らのそばに近寄らせることすら嫌っていたノノンは一応、会話するようにもなり、誠斗も彼女に対する言動には気を付けるようにはしているものの、他愛のない会話ぐらいには応じている。
「ねぇマコト……」
背中のリュックからノノンが小声で誠斗に話しかける。
「……何?」
「……人の気配が複数あるんだけど、マコトは何か感じている?」
「えっ? そうなの?」
誠斗が聞き返すと、ノノンは小さく息をついた。
ノノンからすれば、そんなこともわからないのかというレベルの話なのかもしれないが、残念ながら誠斗はそのあたりの感覚は鋭い方ではない。
ただ、ノノンが何か感じるのなら注意する必要があると、少しだけ首を動かして周りを見回す。
「……周りには森しかなさそうだけど?」
「……そんなにわかりやすかったら注意する必要なんてないでしょうが……そうね。後方左の茂みに二人、後方右の茂みに一人、付近の木の上を移動しているのが一人……ただの旅人ってわけじゃなさそうだけど、どうする?」
「どうするもこうするもボクたち戦闘能力皆無だよ。何とかなるの?」
ノノンがいうことが本当なら、状況はあまり良くないと見た方がいいだろう。
盗賊かはたまた、ココットを送りだした人間の刺客だろうか?
いずれにしても、警戒は怠るべきではない。
「……そうね。多少なら護身魔法の心得はあるけれど、それだけだとちょっと心もとないし……かくなる上は……」
「かくなる上は?」
「マコト! ココットをリュックに詰めて走る! 絶対にリュックだけは奪われないように死守して!」
「えっ!? ちょっと!」
予想の斜め上を行くようなノノンの作戦に困惑する誠斗をよそにノノンはココットの手をつかみ、重力魔法を使って強引に彼女をリュックに引きずり込む。
すると、誠斗でも理解できるほど後ろの森がざわつき始めた。
「あぁもう! どうなっても知らないから!」
半ばやけになって誠斗は走り始める。
記憶が正しければ、次の宿場町に到達するまであと三時間ほどの道のりだ。しかし、それまでの間に集落の一つや二つはあってもおかしくないので、周りにそういったものがないか見ながら疾走する。
「待て小僧!」
誠斗の逃走により、追跡が完全にばれてしまったと判断した賊が誠斗たちを追って走り始める。
「あのさ、これって気づかないふりしてやり過ごした方がよかったんじゃ……」
「うるさい! そんなことしてて、囲まれたらそれこそ対処できないじゃない! とにかく、逃げ切れるように私が魔法使うからとにかく走り続けて!」
誠斗の今頃ともいえるような意見をノノンは両断する。
確かにノノンのいう通りかもしれないが、残念ながら誠斗には普通に歩いて三時間もかかる道のりを走り切れるような体力はないし、このあたりの地理は把握していないので必ずしも周辺にある集落を発見できるとも限らない。
そんなことを考えつつも必死になって走っていると、突然体が軽くなる。
「マコト。重力魔法であなたの体重とリュックの重さを可能な限り軽減したから頑張って!」
「あーもう! わかった!」
確かに体は軽くなった。
しかし、走り続けているという事態には変わりないので状況が好転したとは言い難いだろう。
後ろから追いかけてくる集団との距離は少しずつ離れているとはいえ、一瞬でも油断すれば回り込まれたり、追い付かれたりということもあり得る。それだけは何とか避けなければならない。
「マコト!」
「何?」
「今から三十秒後に左側の茂みに入って。そのあとは街道から離れるように進んで!」
「なんで?」
「いいから! とりあえずいう通りにして!」
疑問を呈する誠斗に対してノノンが強い口調で主張を述べる。
誠斗としては彼女がどうしようといているのかわからないが、考えている時間はない。
「今よ! 左の茂みに飛び込んで!」
ノノンの指示に合わせて誠斗は茂みに飛び込んだ。
その時、一瞬だけ左側の茂みに潜んでいた集団のうちの一人の姿が視界に入る。
しかし、それがどういう人物かという記憶などしている間もなく、誠斗はそのままノノンの指示に従って森の中を進んでいく。
「……しつこいわね……」
背後にいる男たちの気配を感じ取っているのか、ノノンがそんな声を漏らす。
「あっあの。大丈夫なんですか?」
ノノンの声に続いて、リュックの中からココットの声が聞こえてくる。
「ちょっと保証できない……」
一瞬、ノノンがリュックごと誠斗を抱えて空を飛べばいいという言葉がのどまで出かかるが、ノノンが亜人だと知らないココットにそれを見られるわけにはいかない。
「マコト。止まって。なんだか、諦めてくれたみたい」
茂みの中に入ってから約五分。ようやく聞こえてきたそんな声に誠斗はゆっくりと速度を落としていき、そのまま近くの気にもたれかかる。
「はぁはぁ……もう。なんなんだよ……」
純粋にそんな声が漏れる。
北大街道は人通りも多く安全な街道だったはずだ。それなのに盗賊と思われる集団に追われ、道からも外れてしまった。
地面に置かれたリュックからココットとノノンがはい出てきて、誠斗の横に立つ。
「大丈夫?」
「……とにかく疲れたよ。魔法での補助があったとはいえ、これはちょっときついかも……」
先ほどまでは必至だかったからあまり感じなかったが、安堵して力が抜けると、疲れがどっと押し寄せてきた。
「……少しこのあたりで休憩しましょうか」
誠斗はノノンのそんな言葉にただただうなづくことしかできなかった。