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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十五章
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九十九駅目 ツリームの宿屋事情

 銀髪の少女の家族が運営しているという宿屋はアスナロ宿があるメインストリート沿いにひっそりと建っていた。

 “ツリーム商会直営旅人の宿”という看板が掲げられているその宿は木造のこじんまりとした建物だ。


 少女の後ろについて、誠斗とノノンが入り口から入ると、すぐに宿屋の主人と思われる初老の男性が走って出てくる。


「どうもいらっしゃいまし。旅人の宿へようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらへ」


 主人は恭しく頭を下げると、そのまま受付の方へと案内する。 


 宿の中は外観と同じく木造で歩く度に床がギシギシと音をたてる。

 古くて趣のあるといえば、聞こえがいいかもしれないが、建物自体が古いのは間違いない。


 誠斗は受付に置いてある台帳に名前と人数を書いてから、改めて周りを見回してみる。


「申し訳ありませんね。アスナロ宿がこの町に出てきてから一気に客を取られてしまって……それも合法的に町中から宿泊客を集めているモノですから、どうにもこうにも行かなくて……町中の宿はそれぞれ知恵を絞って対抗しようとしているのですが、こうしておこぼれを拾っていくことしかできなくて建物の修理まで手が回らないんですよ……と、こんなのはお客様に話すような話ではないですな」


 台帳を手に取り、内容を確認しながら主人は笑い声をあげる。


「合法的にね……でも、それぞれの宿屋が客に声をかけられるエリアって決まっているじゃないの?」

「まぁそうなんですがね。それをうまいこと合法的に抜け穴を見つけて、町中で宣伝しているみたいなんでしてね。まぁこちらとしても困っているのですけれども、商会を通じて役人に相談してみても、相手は合法的だから対処できないという答えのみでして……困ったものです」

「なるほどね……」


 どうやら、宿屋の主人はからくりを知らないながらもアスナロ宿が合法的に町中で客引きができることに対して困っている様子だ。

 そもそも、法律なんてものは“○○な場合は除く”という一文やちょっとした言葉の綾から意図しない隙間が生まれる可能性があるので何とも難しいところだ。それをしたうえで何も追及されないとなると、アスナロ宿を運営するギルドは相当うまく法律の穴をついたのだろう。


「そういえば、アスナロ宿を運営しているのはアスナロ宿屋ギルドっていうところなんだよね?」


 二人の会話の中に割って入るようにして、ノノンがそんな声をあげる。

 彼女からすれば、二人のやや深刻そうな話よりも自分の興味の方が優先されるようだ。ある意味彼女らしいといえば彼女らしいかもしれない。

 もっとも、改めて指摘されてみればこの世界に来てから商会や組合はあっても、ギルドがあるなんて聞いたことがないような気がする。


 ノノンの唐突な質問に宿屋の主人は一瞬、面食らったような表情を浮かべるが、すぐに笑顔に戻ってノノンの前にしゃがむ。


「そうだね。この辺りじゃ聞かない言葉だね。ギルドっていうのは、こっちでいう組合みたいなものさ。アスナロの本部がある新メロ王国では組合のことをギルドって呼んでいるらしい。だから、別に新しいものじゃないんだよ」

「そうなの? だったら、アスナロ宿屋ギルドはアスナロ宿屋組合っていうことなの?」


 ノノンはどこにでもいる無垢な子供のように尋ねる。

 彼女は彼女で子供のふりをして押し通す気なのかもしれない。


「はい。その通りです」


 そういいながら主人は立ち上がり、改めて誠斗の方を見た。


「どうもすいませんね。長々とお待たせして」

「いえいえ、ボクもギルドについては知らなかったので勉強になりました」

「そうですか。まぁ確かにこの帝国だけを旅していたりすると、意外と知らない方が多いんですよね。そもそも、組合というのも帝国独自の制度ですし。国が違えば制度も違う。まさにそんなところでしょう……と、これ以上立ち話をしていてもお疲れでしょうし、軽く建物の中の説明をしたうえでお部屋まで案内します」

「えぇお願いします」


 主人は軽く笑みを浮かべながらついてくるように促す。

 誠斗はそれに笑顔で応じて、主人の後ろについて歩き出すが、主人は何かを思い出したような動作をした後に立ち止まる。


「あぁそうでした。料金の話をしていませんでしたね。宿泊費は一泊800Gです。料金は宿泊日数に応じた分を後からお支払いいただくことになっています。もちろん、よほどないかと思いますけれど、仮に料金を払わない場合は商会と自治組織へと通報することになっていますので頭の片隅にでも入れておいてください。それでは、改めましてどうぞ。こちらへ……あぁそれと、料金の説明が遅れましたので部屋を見て、料金と釣り合わないからと断っていただいても結構ですので。それではついてきてください」


 一通り言いたいことだけ言った主人は、今度こそ誠斗の案内を始める。


「部屋は二階です。受付横の階段を上がれば行くことができます。食堂は入り口から見て左の扉、右側の扉は浴場へとつながっています。どちらとも利用時間に制限はありませんのでご自由にどうぞ。ただし、別途料金はいただくことになります。そちらについては部屋に料金表を置いてありますのでご覧ください。さて、それではお二階へ上がりましょうか」


 主人の案内で誠斗とノノンは二階へとつながる階段を上がっていく。

 床と同様に足で踏むたびに床がぎしぎしと音を鳴らし、足元の板が抜けたりしないだろうかと不安になるが、そこらへんの必要最低限の整備はしていると信じるしかない。


 二十段ほどの階段を上り、二階に到達するといくつかの部屋が見える。

 そのうちの二つほどの扉が閉まっていて、そこに人がいることがうかがえた。


「それでは3号室が開いておりますのでそちらへご案内いたします」


 最初に受付で確認しておくべきような情報を口にしながら主人は“3号室”と書かれた札がかかっている部屋へと向かう。

 二階の床は先ほどよりもしっかりとした作りになっているのか、あまり音はしない。


「こちらです。どうぞ中へ」


 誠斗とノノンは案内に従って部屋の中に入る。


 誠斗たちが通された部屋は二人部屋らしく、ベッドと椅子が二つずつ、いすの間に置かれた四角い形をした机が一つ、その他花などの装飾品がわずかに置かれているシンプルな部屋だ。

 部屋の奥においてあるベッドの向こうにある窓を覗いてみると、先ほどまで歩いていたメインストリートが見えた。


「へーなるほどね……」

「なかなかいい部屋でございましょう? この宿の周りは建物ばかりですので通りの面した三部屋を除くと、外は壁しか見えないんですよ。景勝地ではありませんけれどね。通りを眺めているというのもまたいい暇つぶしになると思いますよ。それと、食堂等の料金表は机の上にございますのでどうぞごゆっくり。何かあれば、この宿の主人であるわたくし、ディルか当宿までお客様を案内した娘のココットにお申し付けください。それではごゆっくり」


 説明を終えた主人はいそいそと退散していく。

 なんだか最初から最後まできれいに勢いに押されてしまったような気もするが、とりあえず今夜の宿が決まったことはとても大きく感じる。

 料金も当初泊まろうとしていたアスナロ宿は一泊900Gだったので多少はお得なのかもしれない。


 誠斗は窓から視線を外して、再び部屋の中を見てみる。


 ノノンはリュックに入っていただけとはいえ、旅疲れしているのかすでにベッドの上で横になっている。


「まったく……」


 今頃ながら、同室で大丈夫だったかとも思うのだが、そこのあたりは互いが変な気を起こさない限りは大丈夫だろう。

 誠斗は少し時間が経ったら彼女を起こして食堂に向かおうなどと考えつつ、シルクから渡された資料をカバンから取り出して読み始めた。

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