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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十四章
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幕間 エルフと妖精の考え

 シャルロッテ家の屋敷の近くにある町の路地裏にある小さな商店。

 見た目こそ普通の住宅であるその店の奥のカウンターに肘をついてシルクは小さくため息をつく。そんな彼女の手元にあるのは、誠斗から情報料として受け取った金と二通の手紙だ。


「まったく、何がしたいんだかねぇ……この事件の黒幕さんは……」


 誠斗にあふれんばかりの情報が書かれている資料を渡したが、もともとあれはシルクが用意したものではない。中身の精査をして、間違っているところを多少訂正はしたが、基本的にはそのままだ。

 この資料がシルクの店に届けられたのは今朝。エルフ商会の行商団と一緒にこの町へやってきた運び屋がシルクに届けた代物だ。不本意ながら、先のシャルロッテ家の屋敷での事件で事前にその全容を予見できなかったところに追撃を仕掛けるかのように多少の金をとって、これを誠斗に渡すようにと記された手紙と山のような資料が届いたのだ。


 さすがにこれには驚いた。そして、それと同時に黒幕がフウラではないかとした自分たちの判断が実は間違っていたのではないかという疑問を持ち始めていた。

 シルクとて、あの人物のすべてを知っているわけではない。しかし、今回の一連の流れは彼女個人のたくらみで実現できるようなものではない。中の情報が実は適当なのではないかとおもって中身を覗いてみたが、間違っていた箇所はほとんど誤差の範囲内といっても過言ではないほど正確なモノだった。それほどのモノを用意できる人物というのは限られている。広大な情報網を持ち、なおかつ自分と同じく長い時間をこういったモノに費やせるような人物……そうなると、黒幕……いや、黒幕の黒幕とでもいうべき人物はそれなりに絞られてくる。


 先日、シャルロッテ家の屋敷での一軒で名前を出したフウラ・マーガレットはあの場の情報では黒幕としてちょうどあてはまっていたが、彼女が率いる組織である翼下準備委員会は権力が強大だとは言い難い。彼らがいう上位議会の力を借りたとすれば、これほどのモノの作成は可能にしてもサフランの様子を見る限りはそれはなさそうだ。

 そこから導かれる結論としては十六翼評議会とはまた別の勢力が翼下準備委員会を利用して何かを成し遂げようとしているという可能性だ。


 これを裏付ける資料として、もう一通の手紙が登場する。あの資料とほぼ同じタイミングで届けられたそれの差出人はサフランで内容としては、誠斗がマーガレットとアイリスの救出に行くからそれに極力協力してほしいとの内容だ。こんな手紙が届くあたり、翼下準備委員会が少なくとも十六翼評議会もしくはサフラン・マーガレットの手から離れてしまったのは確定的だろう。


 サフランからの手紙の内容からして、誠斗は口にこそしなかったが、マーガレットの救出と同時にアイリスの救出も行うようにとサフランから依頼されているはずだ。

 そうなると、現在の翼下準備委員会の動きがサフランにとって相当不都合だということは確定的だ。


「……どうしたものかねぇ……」


 あくまで推論である以上、これはあまり口外するべきではない。

 そんな考えから誠斗には全くこのことは伝えていない。今はマーガレットとアイリスの救出に専念するべきだし、彼らの目的は黒幕の打破でも世界を改革することもない。あくまで鉄道を作り、それを広めることが目的なら必要ではない限りはこのようなことに首を突っ込むべきではない。彼は間違いなく、そういったことに向いていないように思えるというのも多少なりともあるかもしれない。


「まったく、どいつもこいつも本当に困ったもんだ……」


 口ではそんなことを言いながらもシルクは楽し気な笑みを浮かべていた。

 この辺りの出来事は普通に考えれば大変な事態だ。しかし、長い時を生きる亜人というのは時にどうしようもないような退屈というのもが発生することがある。種族によってそれの度合いや頻度はまちまちだが、エルフというのは妖精や人魚に次いでそういったものに襲われやすい種族だ。

 だからこそ、シルクはこの事件を長く続いていた退屈を紛らわせるちょうどいい出来事という認識で見ていた。鉄道という大きな興味のついでに発生したそれよりも強く興味を引く出来事……シルクにとっては最高の状況だった。


「……さて、これからどうしようかな……」


 シルクはまっさらな羊皮紙を前にガラスペンをもってニタニタとした笑みを浮かべていた。




 *




 ほぼ同時刻。

 シャルロの森の中心部に位置するセントラル・エリアにある広間。


 そこにカノンとシノンの姿があった。


 カノンは広間の端にある木の幹に体を預けながらシノンに声をかける。


「ねぇシノン。そう。シノン」

「何ですか?」

「……ノノンは? そう。ノノン。なんで帰ってこないの? うん。来ないの?」


 カノンからの質問にシノンは動きを止める。

 正直な話をすれば、ノノンの事情というのをシノンはよくわかっている。だが、今はそれを素直に伝えるべき時期ではない。

 この時点でカノンに邪魔をされればシノンの計画が水泡に帰す。そうなっては何のためにノノンを生かしておいたのかわからなくなってしまう。


「……さぁ私は存じ上げません。ノノンが戻ってきてから本人に聞いてみてはいかがでしょうか?」

「……えー知らないの? そう。まったく知らないの? だったら、質問を変えてもいい? そう。変えちゃうよ」

「どうぞ」


 シノンの返答が気に入らなかったのか、カノンは不機嫌そうに頬を膨らませている。

 しかし、シノンはそれは予想通りの反応だと処理してあまり気にしない。


「……シノンは何をしていたの? そう。どこへ行っていたの? 昨晩、森から出ていったよね? そう。いなくなったよね?」


 カノンからの鋭い指摘にシノンは内心舌打ちをする。

 カノン含めてどの妖精たちにも見られないようにこっそりと抜け出してきたにもかかわらず、彼女はその行動を感知していたということになる。おそらく、どこかで見たとかではなく、本人のいうところの“勘”でシノンの行動を察知したのだろう。

 彼女が妖精の長たる理由はその勘の良さが大きく影響しているといっても過言ではない。


 異常な事態を察知する勘と、今起きている状況を正確に分析できる冷静さと思考力、そして目的のためになら手段を選ばないような冷酷さ……普段であればその口調や雰囲気からまったくわからないが、彼女は確かにそういったものを併せ持っている。それは近くにいるシノンが一番よくわかっていた。

 だからこそ、シノンは必死に思考を巡らせる。いかにして、カノンをだますかではなく、いかにしてカノンの気をその話題からそらすかという方向に思考を向けていく。

 うそをついても見抜かれるのだから、早々にこの話題を終わらせる方がいいという判断から来ている考え方だ。だが、あまり無理に話題を転換しようとするのは逆効果だ。


「……少し町に用事がありまして。カノンにわざわざ話すような内容ではなかったので……報告が遅れたのは謝罪いたします」

「ふーん。あぁいいや、もういい。どうせ、本当の事なんて話してくれないだろうし。そう。話してくれないってことだよね?」


 どうやら、小さなウソはあっさりと見抜かれたようだ。

 しかし、それ以上の追及をあきらめてくれた当たり、カノンからすれば小さな出来事だと判断されたのかもしれない。


 いずれにしても直近の危機は去ったと胸をなでおろす。


「それじゃ私は行くね。そう。行っちゃうね」


 彼女はそういいながら木の幹から体を起こして立ち上がる。

 そのまま羽を動かすと、そのまま空へ向けて飛び立った。


「……まったく、油断ならないお人だね」


 カノンの背中を見送るシノンの背後からそんな声がかかる。

 声の主を確かめようとシノンが振り向けば、大妖精のリェノンが立っていた。


 シノンは彼女の問いに小さくうなづいた。


「はい。まったくもって油断できません。あとどれだけの間ごまかせるか……」

「まぁそうなるね。でも、本当にうまいことやらないとノノンはおろか、私たちまでマノンの二の舞になりかねないからね。まぁマノンはマノンなりに考えがあってあんなことをしたようにも思えるけれどね」

「さぁ? どうでしょうね……今となっては彼女がどこで何をしているのか、生きているのか死んでいるのかもさっぱりなので何とも言えませんね」


 シノンは妖精の森の外……人間たちの中でうまく紛れて暮らしているであろうマノンの顔を思い浮かべる。

 彼女は何をしたくてそれを望んだのか知らないが、いつかまた、帰ってきてその考えを話してくれるのだろうかと思いをはせながらシノンは真っ青な空を見上げていた。

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