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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十四章
118/324

九十四駅目 まずはカバンから

 シャルロッテ家の屋敷の近くにある宿場町。

 その町の市場に誠斗とノノンの姿があった。手元にあるのはサフランから受け取ったお金と旅に必要な品物一覧、それを売っている店の一覧だ。

 その大半が市場に集中していたのでこうして、二人で訪れているのだ。


 まずは荷物を入れるためのバッグ。シャルロ領内の調査の時はマーガレットの空間魔法により、わざわざ荷物を手で持つ必要がなかったが、今回はマーガレットがいないのでバッグをはじめとしてたくさんの道具をそろえる必要がある。

 せめて、馬車に乗っていきたいところだが、誠斗のノノンも二人して馬車の扱いなどわからないのでとりあえずは徒歩の旅になりそうだ。そう考えると、日持ちのする食糧がそれなりに必要になる。


 気分的には悠長なことを言っていられないからといって、誰かに頼んで馬車に乗せてもらいたいところだが、町に立ち寄る程度ならともかく、四六時中ノノンを連れているのであれば、さすがに何かのきっかけでばれてしまう可能性があるからだ。


「おっあんたはいつかのマーガレットのところの兄ちゃんじゃないか?」


 そんなことを考えている誠斗の背後から声がかかる。

 誠斗が振り返ると、そこにいたのは、一人の男だった。彼の黒髪はボサボサになっていて、あちらこちらではねている、加えて、服装は全身黒づくめといういかにも怪しい容姿をした男だ。


 だが、誠斗は彼に見覚えがあった。どこの誰かまでははっきりと思い出せないが、少なくとも顔見知りだったはずだ。


「えっと……」

「おいおい。俺の事覚えていないのか?」


 必死に思い出そうとする誠斗に対して、その男はあきれたような表情を見せる。


 男はしばらく空を仰いだ後に“思い出させてやるからついてこい”といって、市場の奥の方へと進み始める。

 最初こそついていくか迷った誠斗であるが、男のことが気になったのでついていくことにした。背後を確認すれば、灰色のローブを目深にかぶったノノンもちゃんとついてきている。


「それで? ボクとあなたはどこであったんでしたっけ?」

「……はぁこの市場だよ。何? 俺の顔よりも店の方ばかり覚えていたとかそんな感じ? まぁなら仕方ないけれど……まったく、マーガレットの嬢ちゃんがいてくれれば話が早い気がするけどねぇ」


 男は長く伸びたひげをなでながらそんなことを言い出す。


 そんな男の顔と男が向かう先にある露店を視界に納めて、誠斗はようゆく思い出した。


「あーあの時の胡散臭い店主!」

「胡散臭いは余分だ。ったく、もう少し早く思い出せ。とりあえずな、ここまで来たんだから、商品を見ていってくれ」


 呆れたような声で先の発言をしている男は以前、マーガレットが魔法薬の調合をするための道具を購入した店の店主だ。

 会ったのは二回だけだったし、顔もまともに見ていなかったのですっかりと忘れていたのだが、露店に並ぶ白い陶器のような道具を見て、ようやく記憶の海から彼に関する情報を引き出すことができたのだ。


「あーえっと、すみません」


 そうなると、今度は忘れていたことに対する申し訳なさが出てくる。

 そればかりは今ごろどうしようもできないが、男の方はそこまで気にするような様子を見せない。


「まー気にするな。俺たちが客の顔を忘れるのはまずいが、あんたみたいな客は俺らの店さえ覚えてくれてればいい。大体そんなものさ」


 男がそんなことを言い終わるころには誠斗たちは露店の前に到着し、男はそのまま中へと入っていく。

 彼が露店に置いてある椅子に座ることによって、ようやく誠斗の中でかつての風景が完全に補完された。


「さて、マーガレットの嬢ちゃんはいないみたいだが、商品は売ってやる。何を探して市場に来たんだ?」


 そして、男は早速だといわんばかりに商売を始めた。当然だろう、相手からすれば魔法薬を自ら調合している珍しい人間と同居している少年がいるのだ。魔法薬に関する道具を売っている彼からすれば、ちょうどいい商売相手この上ない。

 誠斗はどうしたものかと少し迷ってから、サフランに渡されたメモ用紙を差し出す。


「実は今日、旅の支度を整えるために買い物に来たんですよ。なんで、ここで買うものはなさそうかなと……」


 相手の期待を裏切るのは申し訳ないが、ここまで連れてきたのは店主の方であるし、下手な嘘をついても仕方がないので一応、聞くだけ聞いておいて立ち去るつもりでこれを出したのだ。

 しかし、それに対する店主の反応は誠斗の予想とは違うものだった。


「……なるほど、この様子だとマーガレットの嬢ちゃん抜きで旅をするっていうところか。まったく、あいつはそんなもの必要ないからな……となると、そうだな……カバンぐらいなら売ってやるぞ。特別に相場と同等の値段だ。どうだい?」


 男はそういいながらにやりと笑みを浮かべる。

 おそらく、彼の口ぶりからしてそのバッグというのは特殊なモノなのだろう。いや、特殊なモノの可能性があるといった方が正しいかもしれない。

 確か、この店は本物とそっくりな偽物が多数置いてあるというかなり詐欺まがいの商売をしていたはずだ。もっとも、今回の場合は相場通りの値段だとのことだから、たとえ偽物でも大きな損失はないかもしれないが……


「それってどんなバッグなの?」


 頭の中で電卓をはじきつつ、誠斗は目の前の店主に問いかける。


 店主は誠斗が話に乗ってきたことで気を良くしたのか、上機嫌な様子で露店の奥に積まれている木箱の中から一つのリュックサックを取り出した。


「さて、今回売ってやるのはこいつだ。ちょっと、特殊な魔法がかけられていてな。このバッグの大きさ分荷物が入るのはもちろんの事、あのマーガレットの嬢ちゃんの魔法のごとく無尽蔵に道具が入るっていうすぐれモノだ。もちろん、人が中に落ちればしっかりとしまわれちまうし、あまりものを入れすぎると取り出しにくくなるのが難点だがな。まぁともかく、これが一つあれば重い装備を持たなくてもいいっていうのが何よりも売りだ。さて、買うか? それとも偽物だと突き返すか?」

「なるほど……そうやって、相手が見破れるかどうか楽しんでいる節もあると……」

「あぁ。よくわかったな」


 あんな芝居かかった口調で言われて、気付かないはずがない。

 男の表情も踏まえて、男は誠斗がこれが偽物か本物か、ちゃんと当てられるかどうか見て楽しんでいるのだ。おそらく、そうやって偽物をつかまれた客というのは何人もいるのだろうが、こうして偽物がある可能性があると提示されたうえで乗っているのだから、だれも訴えたりしないという構造が出来上がっているのかもしれない。

 もっとも、今回の場合は先ほど思案した通り、誠斗側に損害は出ない。だが、目の前のバッグが本物かどうか確かめるすべは誠斗にはない。


 一番わかりやすい方法はバッグの中にそれよりも大きいもの……例えば、ノノンや自分自身を入れてみればはっきりとする。だが、この店主がそれをさせてくれるとは思わないし、あっさりとそうさせてくれたらg逆に疑うべきだろう。

 だからこそ、誠斗はじっくりとそのバックをにらむ。


 すると、横にいたノノンがぼそりとつぶやいた。


「……マコト。そのバックはたぶん本物……かなり強い魔力を感じる」


 そんなノノンの言葉に誠斗は目を丸くして、小さな声で聞き返す。


「……本当?」


 誠斗の問いにノノンは小さくうなづく。

 いずれにしても魔力がない誠斗にはそのあたりのことを判別できないのでノノンの言葉を信じることにした。


「……それ、もらいます。いくらですか?」

「3000Gだ。まぁ正解は実際に使って確かめな。あぁあと、本物だろうが偽物だろうが返品は一切なしだ」

「わかった」


 店主のそんな声を聞きながら誠斗は代金を出し、それと引き換えにリュックを受け取る。


「どうも。またの利用を待っているよ」


 そんな店主の声を背中で聞きながら、誠斗とノノンは露店を後にして市場の喧噪の中へと戻っていった。

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