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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十四章
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九十三駅目 サフランの依頼

 朝食をとった後、誠斗とノノンは真っすぐとサフランの執務室を目指していて歩いていた。

 ノノンは何度かこの屋敷を訪れたことがあるとかで内部の構造を誠斗以上に理解しているように見えた。


 なので誠斗はノノンに案内を任せて、改めて屋敷を観察することにしたのだ。


 廊下はきれいに半円を描きながら伸びていて、その側面には多くの扉が存在している。

 客間は執務室から見て反対側の位置にあるため、どうしても移動距離が長くなってしまう。これが直線の廊下ならば、そんなことはないのだが、残念ながらこの廊下は半円状を描いているのでそれはかなわない。

 途中でちょうど中間地点にある屋根裏への入り口を通過して、ようやく見慣れた風景になってくる。見慣れたといっても、廊下も扉もがらりと変わるわけでもなく、廊下にある絵画や置物が少し変わるぐらいだ。


「やっと半分か……遠いな」

「そうね。まったく、客人の移動の手間を考えていないような構造ね」

「いや、どちらかというと、ボクたちが一番遠くの部屋に通されただけじゃないの?」


 誠斗の一言にノノンが黙ってしまう。

 もっとも、客間の近くには応接室や食堂もあるように見受けられたし、入り口も半円の両端にあるのでお客さんを相手にするための空間と執務で使う空間をそれぞれわける目的があるようにも感じる。

 現に半円の中心付近にある部屋の入り口に目を向けると、“メイド控え室”や“調理室”といった、関係者以外立ち入り禁止の部屋がいくつか確認できる。

 初めて訪れたときは字が読めなかったので意味が分からなかったが、改めてある程度字が読めるようになってから来てみると、この屋敷の詳しい構造というのがようやく理解できて来た。もっとも、それがわかった程度で何があるわけではないのだが……


「ねぇノノン」

「なに?」

「……ノノンはどの程度わかっているの? この屋敷の構造」


 だからというわけではないが、なんとなくそんなことが気になってしまったので、誠斗は目の前を歩くノノンに声をかける。

 誠斗の記憶ではこの屋敷には隠されたギミックがたくさんあるはずだ。屋根裏をはじめとして、隠し通路や隠し部屋というのはたくさん存在しているはずだ。


 そのうち、ノノンがどれだけ把握しているのか、なんとなく気になった。


「……うーん。何とも言えないかな? というか、作った本人ぐらいしかちゃんとした構造を理解していないんじゃないの?」


 帰ってきたのは割と月並みな返事だ。

 当然といえば、当然の答えなのだが、少し残念な答えだ。


「まぁそうだろね……」

「それはそうよ。さてと……そんなことしている間に執務室についたみたいだけど、どうする?」

「どうするも何も中に入るしかないでしょ」

「だろうね」


 誠斗は“執務室”という札がかけられている扉をノックする。


「………………どうぞ。入ってください」


 中からの返答を聞いて誠斗は扉を開ける。

 扉を開けると、真っ先にマミ・シャルロッテの肖像画が視界に入り、続いて手前の応接セットのソファーに腰掛けて紅茶を飲んでいるサフランの姿が視界に入った。


「…………お待ちしていました。どうぞ、おかけください」


 サフランに促されて、誠斗とノノンは彼女の向かい側に座る。


「それで、なんでボクたちを呼んだの?」


 誠斗はソファーに座るなり問いかける。

 サフランはもう一口紅茶を飲んで小さく息を吐く。


「………………せっかちですね。どこの誰に似たのだか……同居人の顔が見てみたいものです」

「さぁ? どうだろうね……まぁいいや、サフランの都合に合わせるよ」

「…………えぇ。そうさせてもらいましょうか。今、紅茶を用意させているから待っていてください」


 彼女はそういいながらもう一度紅茶を口に含む。


 いつの間に用意させていたのか、メイドたちがカートに紅茶セットを乗せて部屋に入ってくる。


「失礼いたします」


 メイドたちは誠斗とノノンの前にカップを置いてそれぞれの紅茶を注ぐ。

 誠斗にはレモンティー、ノノンにはストレートティーがそれぞれ注がれる。


 最後に砂糖がおかれると、メイドは頭を下げてカートを押して退室していった。


「………………さっき、食べたばかりですからお菓子はなくてもよかったですよね?」

「えっ? うん。別にいいけれど……」


 サフランと話をするときにお菓子など出てきたことあっただろうか? 記憶にある限り、アイリスとここで話をしたときはクッキーが一緒に運ばれてきていたような気もするが、少なくともサフランの時はそういったことはなかったように思える。


 それであっさりと納得する誠斗に対して、ノノンはどこか不満そうだ。


「どうせお菓子を出したくないから朝食を先に食べさせたんでしょ?」

「………………あなたたちが起きるのが遅すぎるのですよ。何時だと思っているんですか?」


 そういわれて、部屋にある時計に視線を送る。

 確かにその時計の針は朝、起きるにしては少し遅い時間を指している。

 どうやら、自分たちが思っているよりも眠っていたようだ。そうなると、起きたあとにサフランが部屋に入ってきた時の一言が引っ掛かるが、そこまで気にする必要はないだろう。


 だが、ノノンの方はそうではなかったようで、サフランに質問をぶつける。


「その割には随分と早い時間に起きたようなあいさつだったけれど、そのあたりはどうなの? まさか、睡眠導入剤でも入っていたの?」

「……………………わざわざあなたたちにそんなことする意味がないですよ。ただ、少し前に入ったときにまだ寝ててしばらく起きそうな気配がなかったものですから」

「ふーん」


 ノノンは自分で質問した割りには、サフランの回答に対して興味を示す様子はなく、どこか冷めた反応だ。

 そのことについて、サフランはさほど気にするようすを見せないが、その態度はいかがなものだろうかと思ってしまう。かといって、この場でそれを指摘して話が面倒になっても嫌なので、とりあえずは黙っておくに越したことはないだろう。


「………………さて、そんなわけでそろそろ本題について話してもいいかしら?」

「あぁうん。話してくれるなら聞くよ」


 ここにきて、ようやくサフランが本題を切り出した。

 誠斗は少し前に乗り出して、彼女の話を聞こうとする。


「…………別に構えるほどのモノじゃないですよ。ちょっとした頼みごとをしたいだけだけですから」

「頼み事?」

「………………えぇそうです」


 サフランはすっと立ち上がり、マミ・シャルロッテの肖像画の前に置いてある羊皮紙をもって戻ってくる。


「………………依頼の内容というのは非常に単純でして、一つはシャラへ向かう名目の関係でそれなりに調査をしてほしいということ。もう一つは姉様を……アイリス・シャルロッテも一緒に連れ出してほしいということです」

「アイリスを?」


 サフランの依頼内容に誠斗は思わず眉をひそめた。

 マーガレットだけならともかく、なぜ彼女からアイリスを連れてきてほしいなどという依頼が飛び出すのだろうか? 彼女はアイリスを連れ去った張本人なのだから、わざわざ誠斗に依頼する必要などないはずだ。


「………………おかしなことを言っているつもりはあります。ですが、どうしてもそうする必要があるんです。理由は残念ながらお教えできないのですが、おそらく二人は近い場所にいると思いますのでお願いしてもよろしいでしょうか? もちろん、双方を達成した際にはそれなりの報酬を用意していますので……それと、実験線云々のあたりは資料さえ用意してくださればこちらで何とかします。これでどうでしょうか?」


 サフランは真っすぐと誠斗の目を見てそう尋ねる。


 その顔は真剣そのものだ。

 アイリスを連れ出してほしいということの点だけはどうしても、意図が読めないが、彼女を連れ戻せるのならこちらにとっても都合がいいことだ。多少の危険がともなくかもしれないが、それはマーガレットを取り返すという観点から見ても同様だ。


 誠斗はじっくりと思考を巡らせる。アイリスを連れ戻した際に生じるメリットとそれに関連するリスク……


「……少し考えさせてもらってもいいかな?」

「………………時間がないので依頼を受けるかどうかの返答は聞きません。シャラブールへ向かう道中でじっくりと考えてください。それと、あちらに協力者がいるのでそれについては追って連絡をしますのでそれをもとに行動してください。依頼内容はこの羊皮紙に書いてあるので改めて確認してください。以上です」


 一方的にそういうと、サフランはソファーから立ち上がり、書斎机の方へと戻る。


「……依頼はその場の状況に応じて達成できるかどうか判断……ということでいいの?」

「………………はい。ただし、調査については行き帰りともに行ってください。それが資金提供の前提条件ですので」

「わかった。ノノン、いったん部屋に戻ろうか」


 サフランの返答を聞き届け、誠斗は横に座るノノンに部屋に戻ろうと促しながら立ち上がる。


「えっ? 理由とか聞かないの?」

「いいから。いったん戻ろう。サフラン、あとで旅の支度とかそのあたりの話をしたいんだけど、大丈夫?」

「………………えぇ。また、都合のいいタイミングで客間へ伺います」

「わかった」


 誠斗は横で文句を言っているノノンの手を引いて、執務室を後にする。


「ノノン。とりあえず、今はサフランの言う通りにしておいた方がいいんじゃないの?」

「それはそうだけど……」


 誠斗の言葉でノノンは少しは納得しつつもどこか不満げな表情を浮かべている。


「まぁボクもノノンの気持ちはわかるよ。でも、無理に聞き出そうにも彼女が話すと思う?」


 ノノンは首を横に振った。


 そのあと、誠斗とノノンは二人で手をつないで、時々言葉を交わしながらシャルロッテ家の廊下を歩いていった。

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