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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十四章
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九十二駅目 シャルロッテ家の客間

 シャルロッテ家の屋根裏での一連の出来事があった次の日。

 誠斗はシャルロッテ家の客間で目を覚ました。


 普段とは違う環境に少し戸惑うが、すぐに昨日の出来事を思い出して体を起こす。


 どうやら、あの後考え事をしながら寝てしまったようで机に伏せるような恰好で眠っていたようだ。

 変な体勢で寝たせいであちらこちらが痛む体を伸ばすと、肩にかけられていたらしい毛布がばさりと床に落ちる。

 膝の上にも少し重量があって、暖かいのでひざ掛けでもあるのだろうか?


「おはよう。よく寝れた?」


 誠斗が寝起きのぼうっとした頭で考えていると、ちょうど膝の上あたりからそんな声がかかる。


 視線を落としてみると、そこにはひざ掛けはなく、代わりにノノンが太ももあたりに寄りかかるようにしてこちらを上目遣いで見上げていた。


「えっ?」

「だから、おはよう。びっくりした?」

「えっうん。おはよう……」


 昨日の出来事などまるでなかったように振舞うノノンを見て、誠斗はかるく混乱する。

 自分の記憶が正しければ、彼女は屋根裏にある秘密書斎にあるはずでサフランあたりからいろいろと事情を聴かれていなければおかしいはずだ。

 なのに彼女は誠斗の膝に体を預けてこちらを見上げている。


「ねぇ十分驚いたから教えてほしいんだけど、なんでここにいるの?」


 誠斗の質問にノノンはゆっくりと首をかしげる。

 そして、しばらく考え込んでからポンと手をたたいた。


「うーん。目が覚めたらこの部屋にいたっていうのは建前で昨日、いろいろとサフランと話し込んだ後にここにきて寝ようとしたんだけど、眠すぎてベッドにたどり着けなかったみたい……たぶん」


 どうやら、当人も詳しい経緯は覚えていないらしく、どこか恥ずかしそうに後頭部をかいている。

 誠斗は小さくため息をつくと、彼女の頭にポンと手を置いた。


「まったく、昨日はいろいろとありすぎた。お互い疲れたってことかな」

「うん。そうかも……それにしても、サフランったら客間はたくさんあるんだから一緒にする必要なんてないと思うんだけど……ここのあたりどう思う?」

「さぁ? どうだろうね」


 誠斗はサフランではないので彼女の意図はわからない。

 確かに仲はいい方かもしれないがそれとこれとは話が別だ。


 ノノンが離れると、誠斗はゆっくりといすから立ち上がって改めてノノンの姿を視界に収める。

 すると、昨日は彼女が身に着けていなかったものを見つけることができた。


「なにそれ?」


 誠斗は彼女の手首を指さす。

 そこには昨日はなかった黒色の腕輪があって、白色の小さな文字で何かが書き込まれている。


 長袖の服を着れば隠せるぐらいのものだが、今ノノンが着ている服は七分丈ぐらいのモノなのでそれは衣服で遮られることなく陶器のような白い腕で確かな存在感を示している。

 ノノンは誠斗が何のことを訪ねたのか一瞬、わからなかったようで少し考えた後に誠斗の指の先……自分の手首にあるモノのことに思考が至ったようだ。


「あぁこれ? なんというか逃走防止? 本当は奴隷に使うものなんだけれど、サフランからの命令は逃げるな以上の事は強制されないように設定されているみたいだから、あらかじめ設定された特定の人物から逃げようとしない限りは一定度の自由は保障するっていうことみたい。あんまり気分はよくないけれど仕方ないよね」


 彼女はそういいながら手の首へと視線を送る。

 そうした後に何かを思い出したようにはっと顔をあげた。


「そうそう。でも、主人は決めないといけないらしくて、あなたがそうらしいからそこのあたりもよろしくね」

「よろしくって言われても……」


 どうやら、ノノンを連れてシャラに向かうのは決定事項らしい。

 ここまで来ると、サフランの腹の中には別の意図があるのではないかとすら思えてくる。

 だが、それを追求したところで無駄であるし、彼女がそう簡単に腹の底で考えていることを明かすとか考えづらい。


 少しは考えろとか、事情に流されすぎだとか思われるかもしれないが、実際問題こういったことに関して誠斗ができることといえばかなり限られている。

 サフランへの聞き込みか彼女に対して探りを入れて腹の内を探るかのいずれかになるのだが、どちらも成功率が低いし、マーガレットがさらわれたという現状を考えると、あまり悠長なことをやっていられないのも事実だ。


 こうなれば、あとは旅の支度を整えて出発するだけである。


「あれ?」


 ここまで来て、誠斗の思考はある地点へと到達した。


 これまで誠斗はあまり森の外に出たことがないし、そもそも旅の支度すらまともにしたことがない。


 何が必要なのか、陽持つする食糧は何なのか、移動手段である馬車はどこにあるのか……ありとあらゆる知識が欠如していた。


「これはまずいな……」


 そのことを考えたうえで誠斗はぽつりとつぶやいた。

 おそらく、シャラ領中心街シャラブールまではそれなりに長い旅路になる。そう考えると、とてもじゃないが準備なしではたどり着くことすらできない。


 旅費はサフランが保証してくれるにしても、それを使ってちゃんとたどり着けるかどうかとなって来るとまた違う次元の話になってしまう。

 そのうえ、表向きにはシャルロからシャラまでの線路の敷設を想定した調査をすることになるだろうから、まったく何もしないで行く。というわけにはいかないはずだ。


「マコト? さっきからどうしたの?」


 そんな中、誠斗の思考を遮るようにノノンの声がかかる。

 誠斗が彼女の方を向けば、どこか心配そうな表情を浮かべたノノンがこちらを見上げていた。


「えっ? あぁいや、マーガレットを助けに行くにしても旅の準備とかどうしようかなって……マーガレットならよほど何かあるってことはなさそうだけど、あんまり時間をかけすぎてもよくない気がするし……」


 これ以上は周りの人を失いたくないという思いが根底にあるのかもしれない。

 この世界にきて、最初の方に出会った人たちは誠斗の目の前から姿を消してしまった。


 アイリスもそうだし、マノンもそうだ。


 彼女たちは今どこで何をしているのか、ほとんどわからないが、おそらくは無事であるだろう。

 今回、マーガレットも行方不明となるような事態になれば、誠斗の中での喪失感は想像以上のモノになるだろう。


 それによる焦りが多少なりとも出てくるのだが、誠斗は努めて冷静になるようにと心を落ち着ける。


「マコト……」

「………………起きていたのですね」


 ノノンが声をかけるのと、平坦な冷たい声とともに客間の扉が開かれたのはほぼ同時だった。


「………………起きていれば声ぐらいかけてもらってもいいんですよ。滞在中の食事はちゃんと出すので……まぁそれはそうとして、私からお二人に話があるので朝食をとった後に私の執務室に来てください。話は以上です。失礼します」


 扉の横に立ったままサフランは一方的に用件を述べて立ち去っていく。

 誠斗は一瞬、彼女を呼び止めようとしたが、どうせ後で会うからと思い直してソファーに座る。


 そのあと、誠斗とノノンはすっかりと黙ってしまい、メイドたちによって朝食が運ばれてくる二十分後までそれは続いていた。

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