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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十三章
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幕間 ノノンの憂鬱

 シャルロッテ家の屋根裏にある秘密書斎。

 そこに一人残されたノノンは小さく息を吐いた。


 先ほど見せた背中を背もたれにぴったりとつけて天井を仰ぐ。


 おそらく、あのマミ・シャルロッテが偽者だとばれたらサフランが黒幕は誰だと問い詰めてくることまでは予想ができていた。

 そこでカノンの指示だと答えれば時間稼ぎをすることができるという算段まで立てていたのだ。


 しかし、事態は予想外の方向へと進みサフランが何かしらの事情からカノンと接触し、しかもどういうわけかカノンから今回の事態に自分と大妖精の動きは関係ないという裏付けまでとってきていたのだ。あまりにも不利な方向へと事態が動きすぎていた。

 それは最悪の事態をきっちりと想定していなかったノノンの問題になるのだろうが、なんとなく気が楽になったような気がする。


 こうなってしまえば、あとは自分は用済みの存在だ。“あのお方”からすればすでに使えない駒に成り下がっていしまったのだから。

 彼女はこれからなにが起こるか想像して身を震わせる。


 おそらく、サフランは徹底的に自分の敵を見つけようとするだろう。誠斗やシルクはともかく、サフランなら多少手荒い手段に出てもおかしくない。彼女はそういう人間だ。

 背中に刻み込まれた術がある以上、しゃべることは許されないが、仮にサフランが強引にこれを解除しようとするという事態が一番恐ろしい。仮にそれがなされれれば自分は死ぬよりも苦しい目にあうことだろう。


 妖精は簡単に死ぬことはできない。ただし、不死ではないし、痛みだって人間と同等には感じる。妖精とはそういう種族なのだ。


 そこまで考えて憂鬱になっていたとき、自分のポケットに入れていた通信札が着信を告げる。


「……はい。ノノンです」


 おそらく、サフランたちはしばらく戻ってこない。

 そう踏んでノノンは相手からの通信に応じた。


『計画は順調か?』


 札から聞こえてくる声はひどく事務的で感情がこもっていない冷たいものだ。

 見えない相手の顔を思い浮かべながらノノンは返答する。


「いえ、やはりサフランに見破られました。それと、どういうわけかカノン様と接触しているようでして、例の手は使えませんでした。それと、現在はサフランの手によって軟禁状態にあります」


 うそをついても仕方ない。

 半ばあきらめの感情を持ったまま報告をする。


 通信札の相手はしばらくなにも言葉を発しない。

 おそらく、報告の内容を精査しているのだろう。


『……なるほど、わかった。それと、ついでに報告させてもらうが、こちらの作戦は無事に終了した。現在、ターゲットは予定通りのルートで運搬されている』

「了解。わかっていると思いますけれど、気を付けてくださいね。移動途中で手放すことになるといろいろと面倒なことになるので」

『わかっているよ。君に言われるまでもなくな。処分は追って通告する』


 その声を最後に通信がぷ釣りという音を立てて途絶えた。


 自分がどうなるか言及されなかったものの、処分という言葉が自然と出てきた当たり、何かあるのだろう。

 作戦が完全にダメになったわけではないし、当初からごまかしきれないと踏んでいたのだからこのまま結果を出せれば、大したことはないとは思うが……


 それよりも一番の問題は今後のサフランや誠斗との関係だ。


 当初から誠斗に対しては今回のことを実行するために行動し、裏から手を回してカノンが自身に対して森の外に出ても良いという許可を出すように仕向けた。

 そこらへんのところまでばれてしまえば、今度は妖精の森をも追われてしまうかもしれない。


「結局、身の丈に合わないことをした時点で間違いだったのかしらね……」


 誰かに話しかけるわけでもなく、天井へ向けて一人つぶやいく。


「………………別に今からでも引き返せばいいのではないですか?」


 しかし、その行動が気付かないうちに第三者がいたという事実をノノンに突き付けた。


 ノノンが振り返ると、扉の前に誠斗やシルクとともに退室したはずのサフランの姿があった。


「どこから聞いていたの?」

「………………マコトとシルクを客室へ連れて行ってから来たから、あなたのさっきの一言しか聞いてないですよ。これでいいですか? 本当はマコトに事情を説明してからと思ったのですが、どうにも落ち着きがなさそうだったのであとに回すことにしただけです。ノックぐらいはするべきでしたか?」

「そっか。それぐらいなら聞かれても問題ないよ。あと、ノックはあなたの自由でどうぞ」

「………………わかりました」


 サフランはそう答えると、彼女にしては珍しく笑顔を浮かべてノノンの横に腰掛けた。


「………………事前に通告しておきますが、話したくないこと、話せないことは話さなくても結構です。ただし、話せない理由がどちらであるかぐらいは明示してください。いいですか?」

「はい」

「…………硬くならないでください。大したことは聞かないので」


 態度だけではない口調も柔らかい。ノノンは改めてサフランの様子が普段とは違うことに気付かされた。

 態度の変化の理由は読めないが、間違いなく心のそこでなにか算段を立てているに違いない。


 それが余計にノノンを警戒させた。


 じっと彼女の姿を見つめて、その様子を観察する。

 多少の魔力痕は感じるが、特異なレベルではなく、こちらに危害を加えられるレベルではない。おそらく、こちらの話が本当なのか調べるか、周りに音が聞こえないように防音結界を張っているかのいずれかだろう。


「…………どうかしましたか……いえ、このままだとむしろ警戒させてしまうみたいね」


 サフランはそう言って立ち上がり、パチンッと指を鳴らした。


「あなたは!」

「さて、それではあなたに聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 今、ノノンの目の前に立つのはサフランではない。

 驚きのあまり目を丸くしているノノンの前で悠然と立っているのはカノンの片腕を務める大妖精シノンだ。

 予想外の速さでの大妖精の登場にノノンは動揺を隠せないが、小さく深呼吸をして呼吸を整える。


「どうしてあなたが?」

「いきなりその質問から来ますか……別に答えなくてもわかるのではないですか?」

「私の行動について……」

「正解です。状況が状況ですし、森まで来いとは言いませんが、話ぐらいは聞かせてもらいますよ」


 一体どこまで事情を知っているのか、そして、なぜわざわざサフランのふりをして接触を試みたのかは知らないが、大妖精のうち誰か……高確率でカノンかシノンが姿を現すことは予想できていた。

 だが、あまりにも早すぎる。どう考えても別の方法でこちらの動きを探知していたとしか思えない。


「それにしても、随分と大胆なことをやってくれましたね。黒幕は誰かなんて野暮なことは聞きませんが……」

「シルクね。私のことを漏らしたのは」


 彼女が話した内容からして、かなり最近の内容まで知っている様子だった。となれば、彼女の情報源は限られてくる。

 その中でもっとも情報を流した可能性が高いのはシルクだ。


 彼女は金さえ積めば、ノノンの協力をする一方でその情報を逐一カノンたちに伝えるか、盗聴機を自ら持ってノノンに接触を図る可能性がある。そう考えると、自分の行動など最初から筒抜けだったのかもしれない。


「正解は言いません。それよりも、どうして妖精の方針とは違うことをやりだしたのですか? やはり、“あの子”への同調があるのでしょうか?」

「……“あいつ”は関係ないわ。少なくとも、この出来事に限りだけれどもね」

「そうですか。それが知りたかっただけなので私はこれで失礼します。続報の内容次第でまた、あなたの前に現れるかもしれませんけれどね」


 シノンは言いたいことだけ言い切って、ノノンの目の前から立ち去ろうとする。

 そして、彼女は扉の前でぴたりと立ち止まり、口を開いた。


「そうそう。神をも殺すなんて言う物騒な効能が付いている毒薬があるらしいですね? ほかの種族に比べて死ににくい妖精だとはいえ、死なないわけではないので早まらないでくださいね。あなたには聞きたい事がたくさんあるので」

「……全部お見通しか」

「何の話か分かりかねますが、それだけ覚えておいてください。それでは、私はここで」


 そのままシノンは扉を開けて部屋の外に出ていく。

 今頃ながら、特殊な魔法がかけられているはずの扉をどうやって行き来しているのか気になったが、それは今はどうでもいい。


 再び部屋に一人残されたノノンはおおきくため息をついて、ポケットから取り出したガラスの容器に入った液体を地面にたたきつける。


「まったく、本当に厄介ね。あの大妖精は……」


 もはや毒薬としての効能など失っている液体が床を濡らしていくのを眺めながらノノンはそうつぶやいた。

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