八十七駅目 亜人追放令の目的
シャルロッテ家の屋根裏にある真美の書斎。
つい十分ほど前に誠斗とサフランはこの部屋に戻ったのだが、ここで待っていた真美含め全員が口を開かず、どこか重い雰囲気に包まれていた。
理由は至極単純でサフランがこの部屋から出ていく前の真美の言葉が原因なのだが、真美もサフランも誠斗もそのことについてどうしようかという観点から話を切り出せないでいるのだ。
誠斗がサフランのもとへ行く前、真美は事情も知らずに言い過ぎたかもしれないといっているし、サフランはサフランで誠斗と蒸気機関車の運転台で話したことが引っかかってどう振舞うか迷っている節がある。
三者がそれぞれ視線を合わせたり、外したりを繰り返している中、時間だけが確実に消費されている。
「……サフランさん。私の発言のこと……気にしているのでしょうか?」
それでも、時間がもったいないと判断したのか、ようやく真美が口を開く。
「………………気にしていないとは言いません。ただ、私としても多少は反論をするべきでした。一応、このようなことを言っていいのか迷うのですが、私たちの時代の時点……私も姉様も、偶然この部屋が発見されるまで蒸気機関車の存在すら知りませんでした。どこの誰がどうなかったかは知りませんが、姉様が悪い点は一つもありません。それだけはたしかに言えます」
「つまり八百年という時間が私の残したものを埋没させてしまったということかしら?」
「………………おそらく」
サフランの言葉を聞いた真美は少し天井を仰いだ後、再びサフランと誠斗の方へと視線を戻す。
「……そう。だったら、悪いことを言ってしまったわね。確かにあなたたちのせいだと断定するには情報が少なすぎたわ。ごめんなさいね」
「………………姉様は悪くないということをわかっていただければ結構です。それでは話の続きをしましょうか。マコトには話したようですけれど、改めて亜人追放令の目的。聞いてもよろしいでしょうか?」
ある程度形式的なものとはいえ、真美の謝罪を聞けて満足したのかサフランが話題を転換させる。
サフランとしても、時間が惜しいということなのだろう。
真美は小さくため息をついた後に一枚の羊皮紙をサフランの前に置いた。
「………………これは?」
「十六翼評議会発行の亜人追放令に関する文章よ。ここに亜人追放令の表向きの目的が書いてあるわ」
サフランは食い入るようにその書類に目を通す。
確か、誠斗が真美から受けた説明だと人間の特異性、独立性を確保するために亜人は必要ないなどという内容だったはずだ。
サフランもその内容が意外だったのか目を丸くしている。
「…………これは……」
「あくまで周りを納得させるための文章よ。とりあえずは効力が十年間のみの時限法として制定し、八年後に再び継続か否かを判断することになっているの。ただ、さっきも言った通り、ここに書いてあることはあくまで形式的なことでそこに書いてある理由というのは私の腹の中で考えていることとは全く違うわ」
彼女はそういいながら立ち上がり、書斎机の後ろ……サフランたちの時代に肖像画がかけられているあたりに手を置いた後、こちらを振り返った。
「……そもそも、亜人追放令というは亜人側からの提案を基に作られた法律です。統一国の妖精国編入。その条件として妖精側から提示された目標を達成するとともに全世界統一という出来事の結果、起こるであろう混乱を避けるということが本来の亜人追放令の目的です」
「………………妖精からの条件と全世界統一による混乱とはどういうことでしょうか?」
「そうね。まずは妖精から提示された条件から話させてもらうと、今まで他種族を排除してきた妖精たちはその接触を恐れていたの。だからこそ、他種族との非接触を条件に妖精国の統一国編入を承諾したの。そして、その方法論として妖精の住む場所の管理とその場所への人間の立ち入りを禁ずる措置をしてほしいという内容だった……ただ、問題はそこからだったのよ」
「………………問題?」
サフランの言葉に真美は小さくうなづく。
「そもそも、統一国が他国を侵略して一気に急成長を遂げたのは、人間が上手に亜人を利用していたという背景があるの。その具体的な例を挙げるとするなら、夜目がきく吸血鬼が敵将を暗殺するといった具合かしらね。そんな中で自然と人間が上で亜人がしたという関係が出来上がりつつあった。いや、すでに出来上がっていた。その関係を持ったまま統一国が全世界統一という目標を達成し、それまでの行動意義をなくしたらどうなると思う?」
「…………民衆が平和を喜ぶ一方で兵士や武器を売ることで生計をたてていた商人が損害ないし、生活ができなくなる。護衛などの任務がある兵士に比べて武器商人の損害は大きいでしょうね。それに加えて、今まで利用してきた亜人たちはどうしても邪魔な存在に見えてきてしまうと……大体そんなところでしょうか?」
サフランの答えに真美は満足げにうなづく。
「その通り。武器商人は戦争がないと儲けがない。護衛任務やなんかで武器をもつにしてもそこまでの消費はないでしょうからね。そうなると、一部の商人は戦争がないなら起こしてしまえばいいと言う発想に至る。武器商人と言うのはだいたいどこかの貴族が繋がりがあるからその人たちをそそのかして、戦争が起こるようにと仕向けるのよ」
「………………その新たな火種が亜人だと?」
「その通り。だからこそ、戦争を回避し、亜人と人間を本来あるべき対等の関係へともっていくために発令されたのが亜人追放令なの」
彼女はそこまで言い終わると、いったん話を切ってソファーに戻り、自身の前にコーヒーを出現させる。
そんな彼女に対して、サフランは信じられないといわんばかりに頭を抱えていて、誠斗は話しを聞くのが二回目ということもあってか、比較的落ち着いている。もっとも、サフランのもとへ行く前にこの話を聞いたときは驚いて固まってしまったのだが……
真美はコーヒーにミルクと砂糖を入れながらサフランの方へと視線を送る。
「さて、ここまで聞いてどうかしら?」
「………………残念ながら戦争回避と亜人追放令、亜人と人間の対等な関係を築くというキーワードがどうにも結びつかないのですが……」
「えぇ。確かにそうかもしれないわね。それでも関係あるのよ。そもそも、武器商人にも関係なく結局、亜人と人間の関係に変化が起こるのは確実だったし、それらに関する不安要素を排除するためにいったん亜人と人間を隔離する必要があったの。そのために暫定的に設けられた時間が十年。本来なら、法律の名前も別のモノになるはずだったんだけど、それじゃ納得しない人が多くてね。それで亜人側と協議を重ねた結果、こんな名前になったのよ。まぁ向こう側も難色は示していたけれどね……」
彼女はそういいながら先ほどとは別の羊皮紙を机の上に出現させる。
「そして、亜人と人間の新たな協力関係を築くために計画されたのが大陸鉄道計画……十年という準備期間の間に武器商人の転職ないし排除を行い、各地の軍備を縮小、亜人と人間の関係を平等にするための法整備等を十六翼議会が主導して行い、鉄道建設という大きな事業で亜人と戦争の終結で目的を失った人たちに新しい目的を与える。その結果があなたたちの時代ということになるわね」
「………………そうですか」
ここまで話を聞いていたサフランはゆっくりと天井を仰いで話の内容を整理し始める。
それに並ぶようにして座る誠斗も、彼女と同様に改めて話の内容を整理し始めた。
まず、誠斗たちの向かいに座ってコーヒーを飲んでいる真美は自身の計画に絶対的な自信を持っているようだ。そして、誠斗の推論が正しければ、亜人追放令を本来破棄するタイミングである十年目の時点で真美が死亡してしまっているために亜人追放令が継続され、大陸鉄道計画も埋没してしまったのだろう。
もし、そうだとすれば友永真美という人間の死はこの世界に大きな損失を与えていたということになる。
「………………あなたが八年かけてそれを進めてきたということは、どこかに鉄道に関する施設はすでに作っているのでしょうか?」
そんな誠斗の思考を遮るようにしてサフランのそんな声が聞こえてきたのは、真美が話し終えてから十分ほどが経過したタイミングであった。