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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十三章
107/324

八十四駅目 目覚めた場所

「……ここは?」


 あの魔法陣から発せられた風や光の中で意識を失った誠斗が目を覚ますと、木で作られた天井がぼんやりと見える。

 周りに背の高い本棚があるあたり、どうやらマミ・シャルロッテの秘密書斎らしい。


 ゆっくりと体を起こしてみると、ちょうど反対側のソファーでサフランが寝かされていた。


 マーガレットとノノンの姿が見当たらないのが気になるが、視界の端に映る入り口の扉が開けっ放しになっていることを考慮すると、自分たちが倒れたのを受けて何かを取りに行ったのだろうか? 彼女たちなら魔法で何とかできそうなものだが、必ずしも魔法は万能ではないということなのかもしれない。


 先ほどの反動か頭がくらくらするが、誠斗はゆっくりと体を起こしてソファーに座る。


「……はぁ……まったくなんなんだか……事故かな?」


 魔法が使えない誠斗にはよくわからないが、あの時サフランは制御がきかないと言っていた。つまり、これは何かしらの原因で魔法が暴走した結果ということなのだろうか?

 しかし、そのあたりについては使用者本人であるサフランが目を覚ましていないし、魔法に詳しいマーガレットやノノンもこの場にいないため、それの真相について知ることは困難を極めるだろう。


 誠斗は徐々にはっきりとしてきた視界でゆっくりと周りに視線を送る。

 書斎の中はあの暴風などなかったかのように整然と片付いている。いや、本をはじめとして置いてあるモノの配置が微妙に変わっていたり、ホコリがあまり目立たなくなっているあたり、自分たちが気を失っている間にマーガレットたちが片付けたのかもしれない。

 そんなことを考えながら視線を動かしている誠斗であったが、ある一点が視界に入ったとたんにぴたりとその動きを止めた。


「あれ? ここって確か……」


 誠斗が見つめているのは部屋の中でも書斎机がおいてある方向だ。

 そこにあるのは立派な書斎机でそこにはたくさんの本が積まれている。そこまでは問題ない。この部屋に入ったときに見た光景と酷似している。

 しかし、しかしだ……今、誠斗の視界に入っている変化はあまりにも大きすぎた。


「……どうして、肖像画が……なくなっているんだ?」


 問題はその書斎机の後ろ……サフランが座っていた椅子の背に当たる場所だ。


 マミ・シャルロッテの肖像画……それが、まるで最初からなかったかのように消滅していた。壁にあとを残すことすらなくだ。

 これはいくら何でも不可解すぎる。


「まるで……」

「まるでタイムスリップでもしたみたい。でしょうか?」


 誠斗が一人つぶやいている言葉を補足するかのように女性の声が聞こえてくる。

 マーガレットやノノンのモノとは違う。もちろん、サフランではない。口調や声色がサフランに多少似ているが、それとは少し違うものを感じる。むしろ、どこか懐かしい暖かいものを感じる声だ。

 誠斗がゆっくりと首を動かして声のした方を見てみると、そこには長い黒髪と黒い瞳を持つ女性が笑顔を浮かべて立っていた。


「あなたは……」

「あら。忘れてしまったの? マミ・シャルロッテ……いえ、あえてこう名乗りましょうか。友永真美。これで十分でしょう? 再会するまでずいぶんと時間がかかったわね」


 マミはゆっくりと歩み寄りながら柔らかい笑みを誠斗に向ける。

 その瞬間、まるでダムが崩壊するかのように誠斗の頭の中に多くの記憶が流れ込んでくる。


 その記憶はほとんどが日本にいたころのモノであり、それはそろってある人物に関する内容だった。

 まるで走馬燈のように多くの記憶が混在する中、誠斗は今一度、目の前まで来た真美の顔を見る。


「……友永さん?」

「そう。やっと思い出してくれた? それにしても、あなたが来るなんてね……意外というかなんというか、一種の運命なのかしら?」

「えっそれってどういう……」

「こちらの話なので気にしないでください」


 誠斗が持った疑問は真美の声によって遮られてしまう。

 彼女が何を言いたいのか理解しきれずに首をかしげる誠斗の姿を真美は楽しそうに微笑みを浮かべて鑑賞している。


「なんか顔についてる?」


 だから、誠斗は典型的(テンプレート)な質問を真美にぶつけてみる。

 それをぶつけられた彼女は笑顔を浮かべたまま首を横に振った。


 そうした後、彼女はくるりと振り返り、もう一方のソファーで寝ているサフランの方へと声をかけた。


「なんでも……とそれよりも、そこのあなた。起きているのなら、起き上がってあいさつの一つでもしたらどうですか?」

「………………話しかけるタイミングを失しただけです。それと、起き上がらないのはわざとではなく、魔力切れ寸前なので体力を温存しているだけの話です」

「そう。ならいいわ。それで? あなたは何者? どうして、誠斗君と一緒にここに来たの?」


 真美の問いかけにサフランはゆっくりとソファーにもたれかかるようにして起き上がる。

 その間、サフランは真美の質問に答えるわけでもなく、ゆっくりと体勢を整えると、今度はこれまたゆったりとした動作で顔をあげて真美の顔を見る。

 その表情からはなんとなくわずらわしさが感じられるのはなぜだろうか?


「………………自己紹介が遅れました。シャルロッテ家当主代理兼十六翼評議会議長代理のサフラン・シャルロッテです。私としてもあなたにいくつか質問を投げかけたいのですが、よろしいでしょか?」

「……当主代理に議長代理ね……代理だらけじゃない。まぁ少し気になることがあるけれど、それは後から聞きましょうか。それで私に聞きたいこととは何でしょうか?」


 本当に体力が限界に達しているらしいサフランが息を荒くしながらも真美をにらんでいるのに対して、真美はいつの間にか用意されていたブラックコーヒーを片手に余裕の笑みを浮かべている。

 しかし、それに反するようにカップを持つ手がわずかながらに震えているのは気のせいだろうか?


「………………亜人追放令……あれの意図は何なのですか? あなたの……あなたの真意を知りたい……それを知るには、私たちは……時を置きすぎてしまった……だから、議長代理の私ですら……ゲホッ……それを知らない……だから、それを教えてほしいのです……これが、まず、一つ目です……」


 サフランはゆっくりと立ち上がり、ふらふらと真美に歩みよりながら、質問をぶつける。


「少し落ち着いたら? 話はそれからでも構わないわ。それにあなたの言葉で私の疑問は解消されたから、こちらから聞くことはもうないし……なんだったら、客間を用意するからそこで休んだらどうかしら?」

「…………あなたは私の質問の回答を拒否するということですか?」


 冷静沈着なサフランにしては珍しく、若干の怒気が含まれているような口調で抗議をするが、真美は涼しい顔を浮かべているだけで動じる様子は見受けられない。むしろ、二人の間に挟まれた誠斗の方が動揺してしまっている。


「そんなつもりはないわ。私はあなたのことを心配しているのよ。その様子だと魔力切れ。深刻なんでしょう?」

「………………そう……ですね……そろそろ……やばそうです……」

「でしょう? ほら、さっさと客間に行きなさい。廊下に出れば、信頼のおけるメイドが部屋まで案内してくれるはずよ」

「………………ここの……ソファーで構いません」


 額にびっしりと冷や汗をかきながらも、せめて、この場にいさせてほしいと食い下がるサフランの表情を見て、真美は小さくため息をついた。


「強情ね。いいわ。そういうの嫌いじゃないわよ」

「………………でしたら……お言葉に甘えて……」


 最後まで言い切ることなく、サフランは気を失って真美にもたれ掛かるようにして倒れた。


「まったく。無理のしすぎはダメよ」


 彼女はサフランの頭を軽くなでると、そのまま引きずって彼女を近くのソファーに寝かせる。

 そうしたあと、真美は何か考えるような動作をした後に、誠斗に手招きをして、誠斗を呼んだ。


「ちょっと来て」


 誠斗はそれに応じて真美のそばへと駆け寄る。

 すると、彼女はサフランの頭を軽く持ち上げた。


「ほら、誠斗君。ここに座って」

「えっ?」

「ほら、早く」


 真美に言われるまま、先ほどまで、サフランの頭があった位置に座ると、真美はゆっくりとサフランの頭を誠斗の太ももの上にのせた。


「えっ? これってどういう……」

「膝枕よ。膝枕。魔力切れのときは頭を高くするのが対処法なの。だからといって固い本が枕じゃかわいそうだし、この部屋には他に枕になるようなものはないしね。深い意味はないわ」


 彼女は語尾に音符がついているのではないかと思うほど、楽しげな口調で説明する。

 それだけ、聞いていると何か他意があるのではないかと思うのだが、それは聞き出そうとしたところで無断だろう。


 そう判断した誠斗はおとなしくこの状況を受け入れることにした。


「さてと、それじゃその子が起きるまで少し昔話でもしましょうか」


 彼女はそういうと柔らかい笑みを浮かべながら、誠斗の、向かいにあるソファーに腰かけた。

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