八十二駅目 サフランへの返答(前編)
シャルロシティを発ってから約三日。
誠斗たち一行の姿はシャルロッテ家の屋敷にあった。
シャルロシティを出てこの辺りに到達するころには、サフランが提示した期限が目の前まで迫っていたので予定を変更してこちらへ向かったのだ。
正確に言えば期限は明日なのだが、シャルロッテ家に問い合わせてみたところ、サフランは一週間後から帝国本会議場で行われる会合への出席が急に決まり、それに参加するためにシャルロを明日にも発つことになっているとかで今日、ここを訪れることになったのだ。
もちろん、わずかとはいえ、相手側の急な都合による期限の前倒しにはマーガレットが抗議の声をあげたが、それをしたところで相手の対応に変化は起きず、結果的に三人そろってこの場に座っている。
ただ、そろって座っているとはいっても三人の様子はまさに三者三様といった具合で、最初こそ動揺していたものの、結果的に落ち着いて砂糖がたっぷり入った紅茶を飲むマーガレットとどこか落ち着かない様子であたりを見回す誠斗、好奇心に満ち溢れた瞳で部屋の中にあるモノをいじっているノノンといった具合だ。
もっとも、三人がいる場所がアイリスの失踪以降、踏み入れることのなかったシャルロッテ家の屋敷の屋根裏にあるマミ・シャルロッテの書斎だという事実を加味すればある意味当然の反応とみて間違いない。
前に入ったときに比べて幾分か本の配置が代わり、掃除も行き届いているあたり、誰かが……おそらく、サフランがそれなりの頻度でこの書斎を利用しているのだろう。
シャルロッテ家の血を引く人間以外が扉を開けないという特性上、それ以外の選択肢はあり得ないからだ。もちろん、領主代理をしているサフラン・シャルロッテと現在は囚われの身であるアイリス・シャルロッテ以外に親戚が近くにいれば別の話だが……
この部屋に誠斗たちを案内したサフランは少しだけ済ませる仕事があるといって、部屋を出て行ってしまったのでその真相を聞くことはできない。
「マコト。緊張するのはわかるけれど、少しおとなしくしていなさい」
「えっうん。ごめん……いや、でもいろいろな意味で落ち着かなくて……」
ただでさえ、これから実験線についての話をするのだ。
おそらく、サフランは気密性を重視してこの部屋を選んだのだろうが、天井近い高さを誇る本棚と書斎机の背後に置いてあるマミ・シャルロッテの肖像画、書斎机に目を向けてみると、小さいながらも存在感を発揮しているのは机の上に置いてある黄金の片翼の翼が刻まれた万年筆となぜか机の上にちょこんとおいてある小さなアイリスの肖像画だ。
「おーこれはこれは! 面白そうな魔法がいっぱい仕掛けてある!」
そんな中で唯一この状況を楽しんでいるのはノノンだろう。
彼女からすれば、鉄道の話が流れたところで関係ないのだろうし、どうも緊張感や危機感よりも好奇心の方が前面に出やすい性格のようなので仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
彼女が部屋の本を触ったり、肖像画の前に立ってはしゃいでいる間、誠斗はシャルロの東端とシャルロシティ付近についての状況と馬車の中でマーガレットと二人で話し合った、この屋敷付近の平原が実験線候補になっているという内容が書かれた資料に目を落とす。
最終的に移動距離、蒸気機関車を移動させるコスト、その他もろもろの面から考えてリスクと費用が一番少ないシャルロッテ家付近に建設する方向で三人の意見は一致した。
もちろん、カノンたちを抜きにして決定した意見であるので多少なりとも不公平感はあるが、一時的に馬車を離れて妖精の森へ向かったノノンがしっかりと了承の返事を持って帰ってきたので問題はないだろう。
ノノンとカノンたちの間でどのような話し合いが行われたのか知らないが、ノノンはカノンの返答を持って帰ってきたあとも同行してきた当たり、しばらく行動を共にするつもりなのかもしれない。
「ねぇ魔法の仕掛け動かしてもいい?」
「それはやめておいた方がいいわよ。前よりもなんか魔法が増えているように感じるし……まぁそれなりに期間が開いているからサフランが何か仕掛けたのかしら?」
好奇心で目を輝かせて言えるノノンをマーガレットが静かに制す。
もっとも、人の書斎を荒らすという行為はあまりほめられたものではないのである意味当然かもしれない。
ただ、そう考えている自分自身も数か月前に蒸気機関車の資料を探すためにかなりこの部屋をあさったので口にすることは控えているが……
「とにかく、あなたはおとなしくしていて頂戴。こんなタイミングで面倒ごとが起こったらたまらないわ」
「…………えぇ。そうですね。そもそも、私としては大妖精がこの場にいることについて疑問を持たざるを得ないのですが」
マーガレットがノノンの首根っこをつかんだのとほぼ同じタイミングでサフランが最初からそこにいたかのように会話に割り込んでくる。
いつの間にかいたかはわからないが、彼女がここにいる以上、片付けなければならない仕事というのはとっくに済んだのだろう。
「随分と客人を待たせるのね」
「………………期限ぎりぎりまで中間報告もない奴には言われたくないですね」
マーガレットの皮肉のこもった言葉にもサフランは平然とした表情で返答する。
そのままサフランは入り口からマミ・シャルロッテの肖像画の目の前に置かれた椅子に座る。
「…………ここまでの経緯がどうであれ、シャルロッテ家当主代理サフラン・シャルロッテの名においてあなた方の来訪を歓迎します。どうぞ、感謝感激してください」
「感謝感激してくださいというのは変わったあいさつね」
「………………そうですね。私としては招かるざる客がいるのが気に入らないのでそういうあいさつをしただけの話です」
サフランは真っすぐとノノンをにらみながら言い放つ。
その様子を見るあたり、やはり十六翼議会と亜人の関係は良好ではないのだろうか?
「まぁまぁサフラン。ここにはほかの人たちもいなんだし、そんな態度とらなくてもいいんじゃないの?」
「………………あなたはバカですか? 表向きにはシャルロッテ家と亜人の間には何もつながりがないことになっているんですよ。それを知り合いの前とはいえ明かすのは多少なりともリスクが伴うと思うのですが」
「というよりも、ここでその話をしている時点でもうばれていると思うのは私だけなのかな?」
ノノンの言葉でサフランは動きを止める。
そして、彼女は小さく息を吐いてから、いつの間にか手に持っていたクッキーを口に含む。
「………………そうね。私程度の実力で記憶操作魔法を使ったところでマーガレットの記憶には介入すら不可能に近いでしょうからそんなことをしても無駄ということですか。マーガレット、あなたもなかなかの策士ですね」
「私としては勝手にあなたが自爆したようにしか見えないのだけど」
「…………さて、それでは蒸気機関車に関する一連の報告を聞きましょうか」
彼女はこれまでの一連の出来事などなかったかのように抑揚のない声でそう告げる。
「まったく、最初会った時と様子が違うわね。シャルロッテ家にいる間に影響されたか、あなたの素がそうなっているのかどちらなのかしら?」
「………………さぁ? 何の話でしょうか?」
「ふん。まぁいいわ。マコト、あなたが話をして。私とノノンはおとなしく様子を見ているわ」
マーガレットはそう告げた後、席を立って部屋の端へと移動する。
ノノンは一瞬、ま酔ったような様子を見せたが、小さくうなづいた後に誠斗のそばを離れてマーガレットの横に立った。
「………………さて、それでは話を聞きましょうか」
いきなりの事態に状況が飲み込めないでいる誠斗のことなどお構いなしといわんばかりにサフランが口を開く。
その表情はまるで人形なのではないかと思うほど整っていながら、一切の感情が感じられないほどの無表情だ。
このまま黙っていても時間はただ過ぎ去っていくだけだろう。
マーガレットの意図は読めないが、彼女に対する説明を終えない限りこの時間が終わることはない。
それを感じ取った誠斗は小さく深呼吸をしてからサフランの方へ視線を向ける。
「……結論から言うと、ボクは蒸気機関車のデモ走行まで含めた実験線の建設候補地としてシャルロの森西部付近がいいと考えています」
少なくない間をおいてから、誠斗はゆっくりと……しかし、はっきりとした口調でそう告げた。