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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十二章
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幕間 水色の少女の帰路

 シャルロ領南部の平原。

 遠くに見える山脈まで広がるその平原に一本の線を引くようにして伸びる北大街道に一つの旅団の影があった。

 ゆったりとした速度で移動する馬車が二つ、その周りを歩く人と行者台に乗っている人を合わせれば遠目に確認できるだけでも十数人の団体であることが見て取れる。

 ただ一つ。その旅団について奇妙な点を挙げるとすれば、所属を示すモノが何もないことだろうか?


 この世界において馬車二台以上の旅団を組むときはお互いの目印となるように何かしらの旗を立てるか、馬車に何かしらの目印を直接描くことになっている。


 特に行商団をはじめとした商業を行う人たちからすれば、それ自体が自分たちの存在を知らせるので宣伝効果もあるし、はぐれたときの目印になるからだ。それをしないということは、偶然集まった寄せ集めの旅団か、はたまた何かしらの事情により、身分を隠したいかという二択が残る。

 大方、前者が多いため街道を行き来する人々はすれ違う何の印もない馬車を気に留めることはない。時々、何か印をつけた方がいいぞというアドバイスをくれるお人よしがいるぐらいだ。


 そんな旅団の二台目に当たる馬車の中に水色の髪が特徴の少女の姿があった。


 今朝、泊まっていた宿を出た彼女は朝一番で出発する旧妖精国最大の港町であるシャラハーフェンに向かう一団に同行して自らの本拠地があるシャラブールを目指していた。

 当初の予定では彼女の部下とともに上位議会の議員のドラゴンに乗って帰る予定だったのだが、諸事情から彼女だけシャルロ領に置いてけぼりを食らったのだ。


 もっとも、これは上の決定なので水色の少女は文句を言うつもりもないし、そのおかげで面白いものも見れたからむしろこれでよかったとすら思っている。


「あの……」


 そんなことを考えている少女に同乗しているエルフの少女が恐る恐るといった様子で話しかける。


「なんですか?」


 思考を途中で遮られた形になり、かなり気分が悪いのだが一応返答ぐらいは返しておくべきだろう。

 そう思っての行動だが、水色の少女の視線を当てられたエルフの少女はすっかりと萎縮してしまう。


「いえ、あの……その……」

「話すなら早く話してください」


 水色の少女の雰囲気におののいたのか、エルフの少女は動揺してしまい次の言葉がなかなかつむげない。


「おい。少しぐらい雰囲気をやわらげたらどうだ?」


 そんな二人の間に割って入ったのは、この馬車が経由する町の一つで店を構えているシルクだ。

 彼女はまったく物怖じする様子なく水色の少女をにらむ。


「おやおや、エルフらしからぬその態度。相変わらずですね」

「そうでもないと一人で店を構えて商売なんてやってられないさ」

「そうですか。従業員の一人でも雇えばいいものを……例えば、ヤマムラマコト。彼なんていいとは思いませんか?」

「……別に私は従業員なんて雇うつもりはないよ。一人で十分だ。それよりも、あいつの話をちゃんと聞いてやってくれないか?」


 シルクは先ほど水色の少女に話しかけていたエルフの方へと視線を移す。

 彼女はおどおどとしながらも、しっかりと水色の少女の目を見て話しかけた。


「あっあなたはエルフ商会のシャラブール支部の支部長だった時期があると聞きました」

「えぇ。あるわね。確か、あなたはシャラブール支部の現支部長だったかしら?」

「はっはい! でっですから、どうしてもかっ確認しておきたいことがありまして!」


 エルフの少女は大量の冷や汗を流しながらも必死に水色の少女に向けて話を紡ぐ。

 このころになると、どうやら水色の少女も興味を持ち始めたらしく、視線をエルフの少女の方へと移していた。


「前任の支部長である私に聞きたいことですか? まぁどうぞ、よほどのことを言わない限り答えてあげますよ」

「はっはい。しっ失礼ながら聞きますけれど、あなたの時代にエルフ商会シャラブール支部の建物がもう一つあったと聞きます。そっそれと、詳しくは言えませんがいろいろと黒い噂も聞いています。そっそのあたりの真相が知りたいのです。こっこれは個人的興味ではなく、エルフ商会シャラブール支部支部長のラシャとしての興味です。そっそのあたりはどうなのでしょうか?」

「はい?」


 エルフの少女……否、支部長のラシャは自らの質問に帰ってきたきつい視線に思わずたじろいでしまう。

 まるでこの世が終わるかのようなそんな気分にさせられるほど水色の少女の視線は殺気に満ちていた。


 その直後、馬車の中は氷の中にでも突っ込んだのかと思わせるほど冷たい雰囲気に包まれ、馬車の周りで雑談をしていたエルフたちを含めて一気に沈黙が訪れる。

 徒歩で移動する行商団の横を通りぬける急ぎと思われる馬車が追い抜いていく音がやけに大きく聞こえる中、水色の少女がついに静かに口を開く。


「なるほど……つまり、シャラブール支部のちゃんとした来歴を知りたいと……」

「はっはい。そっそんなあたりです。どっどれだけ人に聞いても返答が返ってこないので」


 水色の少女が小さくため息をつく。


 彼女は先ほど追い抜いていった馬車が見えなくなっていくのを見送りながら口を開く。


「そうですね。エルフ商会シャラブール支部が二つの建物を所持していることは認めます。あと黒い噂とやらは私もよくわからないので返答は返しません。これで十分ですか? あぁそうそう。一応、付け加えておきますが、シャラブール支部のもう一つの建物については足を踏み入れないことをお勧めします。長い間管理していないでしょうし、何よりも今は必要のない施設ですから」


 水色の少女は殺気を隠そうとはせずにそのまま淡々と事実だけを告げる。

 そこまでの態度をとるということはその施設とやらには何かしら隠したい事実があるのではないかという推論を与えてしまうかもしれないが、先ほどから殺気に当てられてビクビクしているラシャの姿を見る限り、これ以上シャラブール支部の施設について探りを入れることはないだろう。


 それよりも注意すべきなのはシルクの方だ。


 彼女はもう一つの施設の存在がどういうものなのか知っているし、それが作られた経緯も知っている。

 情報屋を名乗っている以上、ただで情報を渡すとは思えないが、シャラブール支部で直接探りを入れられないと判断したラシャが安くない金を積んでシルクから情報を聞き出す可能性は十分に考えられる。

 シルク本人としてはある程度隠しているつもりだろうが、情報屋というエルフ商会の中ではやや珍しい職業のせいで意外とその認知度は高い。


 そうなると、ラシャがシルクからシャラブール支部のもう一つの建物についての情報を聞き出そうとする可能性はゼロではなくなってしまうのだ。

 できれば今のうちにくぎを刺しておきたいが、それは不可能に近い。今から対策をとるとすれば、ラシャがそうする前に施設自体を葬り去ることだろうか?


 いや、それは不可能に等しい。


 その施設は今でこそ使う機会はないがもしものときに必要になる。今はまだ放棄するわけにはいかない。


 そうなると、やはり考えるべきはあの施設の存在の隠蔽だ。


 そこまで考えて、水色の少女は小さく息を吐く。


「いや、そこまでする必要もありませんね」


 冷静に考えてみれば、シルクはシャルロ領内で降りてしまうし、ラシャはこのままシャラブールまで向かう。わざわざ、それだけのためにラシャがシャルロへ行くとは考えづらいのでそこまで深く考える必要はないだろう。そんな考えを乗せて、水色の少女は周りに聞こえない程度の声量でポツリとつぶやた。

 馬車に乗っている面々のうちラシャはそのことに気が付く様子はないが、彼女よりも離れたところに座っているはずのシルクの耳がピクリと動いた気がする。

 さすが、情報屋をやっているだけあって耳だけはいいようだ。


 だが、それを聞かれたところでどうということはないので、そのことはあまり考慮する必要はないだろう。

 ラシャもこれ以上、話しかけてくることはなさそうな雰囲気だったので水色の少女は馬車の外へと視界を移す。

 シャルロ領南部に広がる平原と雲一つない青空はある意味でシャルロの象徴ともいえるかもしれない。


 それぞれの思いを乗せた馬車は緩やかな曲線を描き始めた街道をただひたすら目的地へ向けて進んでいった。

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