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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十二章
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幕間 ドワーフとエルフ

 ドワーフの町の深層部。

 最深十一階層と呼ばれる一帯は地上からの光がほとんど届かず、ヒカリゴケと呼ばれる光を発する特殊なコケの明かりだけがあたりを照らす。

 実を言うと、この町は表向きには最深十階層までしか存在しないことになっている。しかし、現にこの空間は最深十階層のすぐ足元に存在していて、ここにつながる隠し通路というのも存在している。

 この上に存在する表層から最深層までのそれぞれの階層と違って建物の影が見当たらないその空間は、ある意味でこの洞窟の本来の風景を投影しているといってもいいだろう。


「わざわざここまでありがとうございました。遠かったでしたよね?」


 ヒカリゴケ独特の青白い光があたりを照らすなか、ドワーフの少女が口を開く。

 彼女はほかのドワーフに共通するように背が低く、かなり小柄だ。銀色の髪は腰ほどまで伸ばされた上でまとめられていて、エルフのガラスで作られたレンズとドワーフが作ったフレームで作られた眼鏡をかけている。

 長い髪からちらりと見える彼女の耳には片翼の翼をかたどったイヤリングがつけられていて、ヒカリゴケの発する独特の灯りを反射して怪しく光っている。


 ミレイという名のその少女はドワーフの最高意思決定機関であるドワーフ元老院のトップに君臨する三大老の一人だ。彼女はその肩書の割にはかなり年は若く、史上最年少の三大老とも言われてる。

 その上、彼女は相当なことがない限り表舞台に姿を現さず、ほかの元老院の面々とは違って市勢に交じって暮らしている。そのため、町で彼女を見かけたところでどこかで見たぐらいことがある程度ですんでしまうほど、顔を知られていない。


 だが、その一方で彼女が持つ権力は元老院を仕切る三大老のなかでも一番だとされている。


 そんな彼女に相対するのは発足してから数百年。長年その座を守り続けているエルフ商会会長のカシミアだ。


 長い耳と流れるような長い髪が特徴の彼女はその表情を呆れ顔に変えて返答する。


「わざわざこんな地下深くまで呼んだ理由がわからないけりよ。どういうつもりなり?」

「今日は少し秘密な話なので地下の必要があったのでした。私たちがここから出るわけにはいかないので」

「そう。まぁ話の内容を加味して考えるなりけりよ。必要なく呼び出したのならわかっているな?」

「久しぶりの再会なのにあなたは冷たい反応でした」


 ミレイの発言によって、カシミアの目付きが厳しくなり、ミレイの体を貫くが、当のミレイは笑顔を崩す気配はない。


「久しぶりね。一応、初対面のはずなりよ?」

「えぇ。そうでした。エルフ商会会長とドワーフ元老院の三大老としては初めてで違いないのでした」

「…………引っ掛かるような言い方なりね。どこかであったことがあるか?」

「こちらの話なのであなたには関係ありませんでした。とにかく本題に入らないと時間がありませんでした」

「はぁそうでありんすか……」


 ミレイが指摘した通り、二人がこの場であってからすでにかなりの時間が経過している。

 この場所からは太陽はおろか、空の様子など見えないので確証は持てないが、カシミアの感覚からすればこの町に入ってからすでに一時間は経過している。


 そのことに気が付いたカシミアは少し機嫌を悪くするがミレイはそんなことを気にする様子もなく、ニコニコと笑顔を浮かべているだけだ。


「そこまで言うなら、何かあるんでありんすな? 私をわざわざこんなところまで呼びつけたんだから、そうであることが当然でありんす」

「それは問題ないのでした。ちゃんと、双方に利益がある答えを私は提示できるのでした」


 ミレイの提案にカシミアは彼女をにらむ視線を強くする。


「そうでありんすか。まぁだったら、聞かせてもらうなりよ」

「えぇもちろんでした。簡単に言わせてもらうと、エルフとドワーフの間……正確にはエルフ商会とドワーフ自治国の間で新たな条約の制定を提案するのでした」

「条約なりか?」


 カシミアの表情がより厳しくなる。

 現状、表向きにはドワーフとエルフの立場は同等であるが、その実はかなり違って、圧倒的にドワーフ側に有利な不平等条約が結ばれてしまっている。もともとが平等な条約だったためにエルフ側が、前と同じような条約だろうとたかをくくっていたのが仇となった。

 その条約の詳細はいったんおいておくとして、そんな不平等条約を裏から画策し、作り上げたのが目の前の少女なのである。


 条約の締結やそれにまつわる協議にも一切顔を出さなかった彼女がどうして今、カシミアの目の前に姿を現したのかわからないが、彼女の言動には細心の注意を払うべきだろう。

 そんな考えからカシミアは彼女の行動の一つ一つを見落とさないようにしようと細心の注意を払う。


 ミレイの方はその視線を大して気にする様子もなく、笑顔を浮かべたまま懐から取り出した羊皮紙をカシミアの前に提示する。


「……こんな感じでどうですか? 隅の隅までちゃんと読み込んでほしいのでした」

「言われなくても穴が空くほど見るでありんあすよ。少し黙っていてほしいなりよ」


 そうは言いながらもその羊皮紙に書かれている内容というのはひどく単純なもので“蒸気機関車に関する計画を共同で進めるために努力を惜しまない。ただし、双方に発生した損害については互いの責任の範囲外とする”といったものだ。

 どこでそれの存在を知ったのか知らないが、おそらくはカシミアが知ったのとほぼ同じルートで知ることができた可能性があると、自分を納得させる。

 それは置いておくとして、目の前の契約書を見る限り、これぐらいならサインしてしまってもいいような気もする。しかし、内容が非常にあいまいなため、あとから言葉遊びの要領で妙な請求をされることも考えられるため、なかなかペンを手に取れない。本当にサインしても問題ないのかと頭の中の自分がささやくのだ。


 警戒しすぎなのかもしれないが、カシミアは頭の中でどうするのが利益が高いかという計算よりもドワーフと手を組むことにより発生するリスクについて考えていた。

 普段であれば、そんなことはしないのだが、カシミアはどうしてもそうせざるを得なかった。そうさせるほどの何かを目の前の少女から感じ取ったのだ。


「答えはなんでしたか?」

「……まったく、こんな契約書を見せられてあっさりとサインをかけるほど、度胸はないでありんす。それはあなただってそうなのではないでありんすか?」

「いえ、私なら何も考えずに書きました。そして、あとからどうやって裏をかくか考えました。いや、臨機応変にあらゆる事態に対処できるように私たちはあえて契約の内容をあやふやにしているのでした」


 ミレイがそういうと、カシミアは人の悪そうな笑みを浮かべながら静かに笑い声を上げ始める。


「なるほど。つまり、現状の条約制定時には私たちにそれが足りていなかったというでありんすか?」

「そうでしたね。私だって、当初こそ現状のようになるとはあまり考えていませんでしたよ。ただ、偶然にも一番こちらが有利なルートに進んだだけでした」

「そうでありんすか。そういうことにしておくでありんす」


 先ほどまでの警戒心は解けきれていないが、カシミアは徐々に目の前の少女が姿を現した理由がわかってきたような気がしてきた。

 彼女はただ単純に臨機応変に対応するためだけに簡単な文章の契約書を作っているといっているのだ。そして、最後にある“双方に発生した損害については互いの責任の範囲外とする”という一文で必要以上に問題がややこしくなるのを避けているということなのだろう。


 まったくもって面白い。どうやら、ドワーフという種族は自分たちエルフが考えているよりもずっと優秀な種族だったようだ。


「簡単な条文でよく言うでありんす。ここまでの自由度を秘めた契約書などなかなか他では見ることができなんし」

「えぇ。だからこそ、我々ドワーフの優位性が際立つのでした。そのときの判断がどう転ぶかという結果の予想まで含めて我々は思考を巡らせているのでした」

「そうでありんすか。だったら、私たちも今度はそちらに利益をもっていかれないように気を付けていくでありんす」


 それだけ言い終わってからカシミアは静かに笑い声を上げ続ける。

 その前に建つミレイもまた、見た目相応の笑みを浮かべてその様子を見守っていた。


 しばらくの間、暗い洞窟の中では二人の笑い声が反響し、遠くの方までその声は届いていた。

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