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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十二章
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八十駅目 規則と忘れ物

 水色の少女が訪れた直後。

 誠斗の姿はマーガレットたちの部屋にあった。


 マーガレットはこれまでの一連の話を聞いた後に小さくため息をついた。その横でベッドに腰掛けているノノンはまだ眠いのかうとうととしながら、時々あくびをしている。


「まったく、あなたも面倒なのに目をつけられたものね」

「まぁそうだね。というか、結局彼女は何者なの?」

「……そうね。私が知っている彼女の肩書は元エルフ商会シャラブール支部の支部長。そして、現帝国議会貴族院の議員。それ以外のことについては私よりもシルクの方が詳しいかもしれないわね……ともかく、あの話の内容からして、彼女は翼下準備委員会の一員であることは間違いなさそうだということぐらいかしら。まったく、そんなに大きな権力まで持っていただなんて思いもよらなかったわ」


 彼女は窓の外へと視線を向けながらもう一度ため息をつく。


 その態度からしても、彼女はかなり水色の少女を嫌っているのだろう。

 そんな彼女に対して、ノノンは眠気が覚めないながらもどこか楽しそうな表情でその話を聞いている。


「それと、もう一つ……ちょっと気になることがあるのだけど……」


 彼女はそういいながら視線をノノンへと移す。

 視線を当てれた当の本人は状況が理解できないのかきょとんと首をかしげるだけだ。


「私に何か?」

「えぇ。そう。あなたよ」


 どこか冷たい視線を送りながらマーガレットはノノンの姿を見続ける。


「あの時、あいつはあの場にいた全員が十六翼議会の存在を知っているような口ぶりだった。つまり、逆に考えればあなたもまた、あの議会について何かしらの形でかかわっているか、その存在をしているかというあたりになるはずよね? そのあたりはどうなのかしら?」

「さぁどうかしらね? あなたたちの想像にお任せするわ」


 彼女はそういいながらにっこりと笑顔を浮かべる。

 その様子を見る限り、やはり妖精たちと十六翼議会の関連があるという疑いを持ってしまう。


 翼下準備委員会の委員長である水色の少女は亜人との共存の可能性について否定したが、それはあくまで彼女一個人の意見なのだろう。

 だが、これまでの歴史を聞く限りでは亜人と十六翼議会の間に何かしらの形でかかわりがあるとみるほうが自然だ。ノノンだって、何もないのならはっきりと否定してしまえばいいのだ。そこをあいまいに抑えるあたり、何かあるのだという想像にしかたどり着けない。


「まぁあの人は半亜人派の急先鋒。彼女が上位議会と呼んでいる存在が亜人と何かしらの形で協力しているのを見たところで共存は不可能だと主張し続けるのと思うよ」

「えっ?」


 ノノンの唐突な発言に誠斗ははじかれたように顔をあげた。

 マーガレットが明後日の方向を見ながら思案しているのを見る限り、その声は誠斗にしか届いていないのかもしれない。


「それってどういう……」

「さぁどうでしょうね?」


 ノノンはあくまで笑顔を崩さずに誠斗の口元に人差し指をもっていく。


「たとえ、私たちがどんな存在だろうと、誠斗は亜人(わたしたち)に頼らざるを得ない。そうでしょ?」

「まぁそうかもしれないね……」


 現状、誠斗は蒸気機関車を作るにあたって、シャルロッテ家だけではなく妖精やドワーフ、エルフともかかわっている。

 彼女が言いたいのはそれに関わっていくのなら、これ以上余分なことは追及するなということだろうか?


「……ねぇマコト」

「なに?」

「世の中にはね。規則(ルール)というのがあるの。明文化されたものから、暗黙の了解になっているものまで。あなたはまだ、理解しきれていないかもしれないけれど、この世界には暗黙の了解が溢れている。それは妖精たちの間だろうと、どこぞの秘密議会だろうと変わらない。私たちはそんな中に生きているのだもの」


 ノノンはそこまで言って、誠斗の顔に自身の顔を一気に近づける。

 予想外の事態に誠斗は思わず後ろに下がりそうになるが、そこで何とかとどまる。


 誠斗自身もそうした理由はわからない。ただ、その瞬間にノノンからただならぬ気配を感じたのだ。


「でもね。それを破るには外からの影響が必要なの。せいぜい期待しているわ。何をとは言わないけれどね。とにかく、そういうわけだから、水色の少女って名乗った彼女が言ったことは気にしない方がいいわよ。要は十六翼議会という同じ器の中にいて、基本的なところですら意見は分かれているっていうそれだけだから」


 ノノンは自分が言いたいことだけ言い終えると、誠斗のそばを離れてマーガレットの方へと向かう。


 そこにきて、誠斗は自然と肩の力が抜けるのを感じた。

 そうなるほど、あの間緊張していたということなのだろうか?


 誠斗は彼女の話の意図がいまいちつかめずにその背中を呆然と追ってしまったが、すぐに我に返って彼女の後ろを追ってマーガレットのすぐそばへと向かう。

 マーガレットは窓の外から見える路地裏の風景を見ながらどこかつまらなそうな表情を浮かべていた。


「マーガレット。ほら、時間がないとか言っていたじゃない。早く行きましょう」


 そんなマーガレットにノノンはあくまで元気よく、笑顔で声をかける。

 マーガレットは一瞬、反応が遅れたがすぐにこちらを振り向いた。


「……そうね。ごちゃごちゃと思考を煮詰めさせたところで答えなんて出そうにないし……さっさと、行きましょうか。シャルロの森へ」

「うん。帰るのはちょっと、惜しいけれどマコトが次を約束してくれたし……きっと、今度も来れるから」


 マーガレットとの会話を終えたノノンは直ぐに誠斗のそばへと戻ってくる。


「そういうわけだから、帰りの準備して来たら? その様子だと、部屋に荷物置いたままじゃないの? あぁそれと、荷物を取りに行くだけだから、余分なものはおいて行ってね」

「えっうん。わかった」


 手ぶらで来たのに余計なモノを置いて行けとは妙な忠告だ。なんて思いながらもその言葉に押されるようにして誠斗は部屋から出ていく。

 いろいろと聞きたい事はあるのだが、それをどう聞いていいかわからなくなってしまったので、とりあえず、いったん頭の中の整理も兼ねてこの場から離れた方がいいという判断が誠斗の中で働いた。


 そんなことを考えながら部屋の外に出る。

 その瞬間に何か大切なモノを落としたような気がするが、おそらく気のせいだろう。


 宿の空き部屋の都合で誠斗とマーガレットたちが泊まっている部屋は廊下の一番端と端なのでこじんまりとした宿とはいえ、数分を要するほどの距離がある。

 廊下のほぼ中央の地点にある階段を通り過ぎると、自分が泊まっている部屋の横からマーガレットに似た水色の髪が目を引く少女が姿を現した。


 誠斗はなぜか、少女のことが気になったのだが、早く帰り支度を済ませなくてはならないと思いなおして自分の部屋へと戻る。


 部屋の隅に固めて置いてあった着替えなどをカバンに詰めて忘れ物がないことを確認した後に部屋を出ようとするのだが、何かを忘れているような気がしてベッドの下や部屋の角まで念を入れて確認する。

 だが、いくら探しても何か忘れものが見つかるわけでもなく、誠斗は部屋の中で一人首を傾げた。


「マコト! 準備に時間がかかりすぎよ。どうかしたの?」


 そんなとき、誠斗の思考を遮るような形でマーガレットが姿を現す。


「いや、なんでもない。ちょっと、忘れ物の確認をしていただけだよ。どうしても、何か忘れたような気がしてたから」

「そう。それで? 忘れ物は見つかりそう?」

「……どうだろう? いや、ボクの思い過ごしだったみたいだ。隅々まで探したけれど何も見つからなかった」

「そう。だったら、行きましょう。早くしないと回答期限に間に合わないわ」


 マーガレットにせかされるようにして誠斗はカバンを持ち部屋から出ていく。


 そのとき、階段のある場所に隠れるようにしてこちらの様子をうかがう少女の姿を認めたのだが、彼女は誠斗の視線が当てられていると気が付いたとたんに逃げるようにして階段を下りて行った。

 誠斗の記憶が正しければ、女神像の前で手を合わせていた少女と同一人物のはずだ。


 この宿屋でマーガレットを待っているときや先ほど廊下を歩いているときもすれ違ったので彼女もまた、この宿屋に泊まっている客の一人なのだろう。


「ねぇマコト。何かあったの?」


 そんなことを呆然と考えている誠斗にノノンが声をかける。


「いや、なんでもないよ。それじゃ、行こうか」

「えぇ。そうね」

「もちろん!」


 誠斗たち三人は短い会話を交わしたのちにそれぞれの荷物をもって階段へと向かう。


 そのころになると、誠斗は“忘れ物”のことなどすっかりと忘れていて、頭の中ではシャルロの森に到着してからのことを考え始めていた。

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