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これはきっと、恋じゃない ーある日、異世界の聖女が召喚されて。ー  作者: はなぶさ
※第一皇子殿下視点

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第一皇子殿下なんて大層な名で呼ばれてはいるが、結局、父親が皇帝陛下だったというただそれだけのことだ。

その血を継いでいる。たったそれだけのことで、僕は皇子などと呼ばれる存在になり、その身を一生この国に縛られることとなった。何よりも、この国に恩恵を受けたものであるから、その恩を返すのが当然のことなのだと、そう言われて育った。

この血と肉と骨は、どれ一つとっても自分だけのものではないだと知っておきなさいと、それこそうんざりするほど聞かされた。受ける教育も与えられた環境も、共に過ごす友人さえ、他の誰かに選定されたものでそこに己の意思が存在していたことはない。


全てを与えられておきながら、それと同時に何一つ選択肢は与えられなかった。


貴方は誰よりも大切にされ尊ばれ羨まれる存在になるのだと、それしか道はないのだと、誰もがそう言ってこの身を皇宮に縛り付ける。

物心ついたときには、足を踏み出すごとに鎖の音がするのではないかと、そんなことを思うようになっていた。

足首に巻かれた長い長い鎖の先、それはきっと皇宮の奥深くに繋がれているのだろう。

誰も立ち入ることのできない領域だ。入ることのできる人間は皇帝陛下だけ。だから僕は、ソレになる必要があった。


だが、そのことについては特に不満はない。

それは例えば、どこかの街の定食屋や八百屋や肉屋に生まれて跡継ぎだと据えられることと同じだからだ。農民や商人や、貴族もしかり。ただ自分には他に選択肢がなかったというだけで、そういう人間は他にもいる。


しかし、他人を羨むことがなかったかと問われれば、それは嘘になる。

皇宮を囲む天まで届きそうな城壁の向こう側、そこで暮らす市井の人間に憧れを抱いたのは必然と言えた。

本の中でしか知ることのできなかった、ごく普通の日常というものを僕だって体感してみたかったのだ。

そうすれば、自分はもっと人間に近い生き物になれるのではないかとそう思った。


そう。僕は第一皇子殿下という生き物で、人間ではない。


『正しい皇帝になるのですよ』

そう言った母は、僕の幼少期に自ら命を絶った。


医師により心神喪失と診断を下され、長いこと離宮に封じられていた人だった。

けれど、定期的な面会で顔を合わせる彼女は、至極真っ当であり正気であったから、心神喪失というのは単なる口実であったのかもしれない。

そうであれば、同盟の為に他国から嫁いできたその人を、皇宮本殿から遠ざけたのはなぜなのか。

もはや真実がどこにあるのかは分からない。


ただ、父たる皇帝陛下には妻である母よりも大切に想う人間がいたというのは分かっている。

また、下級貴族出身であるその人を何よりも誰よりも大切にしていたというのは周知の事実だった。彼女の立場があまりにも弱いからか、皇帝陛下が御自(おんみずか)ら口を出し彼女の守りを強くしようとした。

皇宮に籍を置く全ての人間は当然、皇帝陛下の意思を尊重するので実質、その方が肩身の狭い想いをすることはほとんどなかっただろう。

その一方でないがしろにされたのが皇后陛下たる僕の母だった。


つまりは、たったそれだけのことである。

微笑みを浮かべ、姿勢を正し、理路整然と言葉を選ぶ。僕の母ほど、皇后陛下という役に相応しい女性はいなかった。だが、父はそれを認めなかった。あまりに毅然としているその態度が癪に障ったのかもしれない。

己の正妻のことを疎ましく思っているのが、その言動の端々に出ていたように思う。

その正妻の息子である僕はどんな態度をとればよかったのだろうか。

未だに、分からない。


「僕には弟が二人と、妹が一人いてね」

皇帝から正式に『聖女』を拝命したリディアは、いくつかの公式行事に参加する為に皇宮内に留まっている。初顔合わせであるにも関わらず、皇帝陛下も、母亡き後に皇后陛下に納まったかの人も殊のほかリディアを気に入ったようだった。

田舎の農村の出だというのが皇后陛下の胸を打ったらしく、そんな彼女に感化された陛下が彼女(リディア)の後見に立つと言い出したのだ。

前代未聞である。

それを聞いた臣下たちの焦った様子は実に見ものだった。

今回の拝命式のために大神殿から使わされた高位神官たちも唖然とした顔だった。あの場に、聖女候補の育ての親たる神官長がいなかったことが残念だ。


彼は一体、どんな顔をしただろうか。

あの澄ました顔が驚愕に染まるのは滑稽かもしれない。それを見たいと思うし、また見たくないとも思う。彼にはどんな状況下でも心を揺らしてほしくない。

なぜなら、それが一つの指針になると信じているからだ。

僕と彼は対極にいた方が良い。彼は神官長に留まっていられるほど小さな器の持ち主ではないし、例えそうだとしても聖女を育てたその功績が彼の発言権を強くしている。今後更に強まっていくだろう。

リディアが聖女として生きてく限り、彼の名声も高まる。

歴代の世話人がそうだったのだから、彼もそうなるに違いない。むしろ、そうなることを見越して彼が世話人に選ばれたのだろう。

彼は、彼独自の規律で生きている。

彼自身が貴族出身であることに由来しているのかもしれないが立ち姿は貴族然としているのに驕ったところがなく、かと言って謙虚でもない。絶妙なバランスで生きている。


しかも、その身を一生、大神殿に捧げるという誓いは尊敬に値するかもしれない。

僕にはできない生き方だ。

この身は確かに皇宮に縛られているが、この身を捧げようと思ったことは一度も無い。皇宮にそんな価値はないと知っているからだ。

皇帝陛下がいてこその皇宮だ。神のために造られた神殿とは大きく違う。生身の人間を対象にしているのと、居るかいないかも分からない存在を対象にしているのとではその存在の意味が違う。


皇宮はつまり、僕のためにあるのだ。


同じ方向を見ている人間ばかりを集めても意味がないと知っている。独裁政権というのはまさしくそんな感じだろうが、そんな国は長続きしない。

僕は、正しい皇帝にならなければいけないのだ。

だからこそ、神官長には対極に居てもらわなければ困ると、本気で思っている。


弟妹(彼ら)にも顔を合わせる機会があるかもしれないね」

アルファドは現在、陛下からの勅命で外せない任を負い、リディアから離れていた。

寂しげな彼女を、息抜きにと自分の執務室へ呼んで毒にも薬にもならない話を向ける。


「僕だけが前皇后の血を引いているんだ。弟たちと妹は同腹だよ」


執務室の中を物珍しそうに眺めていたリディアの夕日色の瞳が僕を捉える。

僕の家族構成については、恐らく全国民が知っているはずのことだが、神殿という特殊な環境で育った彼女は知らない可能性が高いと踏んだ。実際、彼女は少しだけ驚いている。


でもそれは僕と弟妹たちが腹違いだったことに対してではないらしい。

「……当然のことですが、殿下にもご家族がいらっしゃったのかと思って……」


気まずそうに長い睫を伏せたその顔が愛らしく、その人間くさい仕草や表情に思わず笑みが零れた。

つい先日まで浮かべていた彼女が常に浮かべていた微笑は、人形のように温かみのないものだった。笑っているのに笑っていないと評したのはアルファドだが、その表現はあながち間違いではないだろう。

母が、あの離宮で浮かべていた微笑みによく似ている。

感情を強く押さえ込んで誰にも心情を悟らせまいとするその姿。あまりに似すぎていてぞっとしたほどだ。


こちらを伺うようにして、そっと顔を上げた彼女を見ていると、昔馴染みとしては、よくぞここまで変わったものだと感心する。

「まぁ血縁関係としては、彼らは僕の家族と言えるけど。皇族として参加する公式行事以外には、さほど接する機会もなくてね。実感は薄いかな」

ただの事実を口にしただけなのに、リディアはどこか気まずそうな顔をした。

彼女も決して恵まれた環境で育ったわけではないだろうに、その中に根付くのは、家族というのは仲睦ましいものであるという固定観念だ。きっと、既に失ってしまったものだからこそ、そこに理想を見出すのだろう。

しかも彼女は新たな家族を得たばかりだ。


「だから……僕はいつだって、君たちのことを妹のように思ってきたんだよ」

そう言えば、リディアははっと目を見開いた後、膝の上に重ねていた両手を強く握り締めた。


「―――――殿下は、一体……どこまでご存知なのですか?」


その質問自体、口にすることを気兼ねしているかのような静かな声だった。

「それが、聖女に関することを差しているのなら、僕は何も知らないと言えるんじゃないかなぁ」

神殿の禁域にまで手駒を侵入させ、危険を冒してまで手がかりを得た。

そして、あらゆる書物を読み漁り真実を追い求めてきたが、できたことと言えば、そこに記載されていた文章を自己解釈した程度。

事実かどうかの検証はできていないし、いつまでも推測の域を出ない。

当事者からの証言を得ない限りは。


来客用の応接台を挟んで向かい合わせに座っている僕たちは、近いとも遠いとも言えない距離にいる。それは、第一皇子殿下と聖女の、そのままの立ち居地を示しているようだった。

「……だから、できれば君の口から聞きたいんだけどなぁ」

ぽつりと呟くように言えば、リディアは顔を伏せたまま小さく首を振った。

「どうして?」と問えば「殿下は、私たちのことを妹だと……言ってくださいましたが、殿下の命はお金では買えないでしょう……?」

何が言いたいのか分からず、首を傾ぐ。

僕の心境を知ってか知らずか、リディアは相槌さえ待たずに話しを続けた。


「私たちの命は、お金で買えるのです」


完全防音の部屋の中には、窓の外で新緑の葉を巻き込んでいる風の音も届かない。分厚い窓ガラスは暴風くらいではびくともしないのだ。

そんな物音一つしない部屋にリディアの声だけが響いた。

聖女だからなのか、彼女の声は不思議な余韻を持ち、やけに耳に残る。


「私たちと殿下は、根本的に違いすぎます」

一つ一つ言葉を置くような丁寧さで僕に語りかける。


僕の方がだいぶ年が上だというのに、まるで幼い子に言い聞かせるような物言いだった。

立場が違いすぎるからこそ秘密を打ち明けるのに値しない、というような明確な拒絶。

それを悲しいとか寂しいとか思わない自分は、普通ではないのだろうか。


第一皇子に生まれたそのときから、僕は、他人とは区別されてきた。何かにつけて、貴方は他の人とは違うのですからと特別扱いされ、言動さえも制限された。

言って良い言葉、口にしてはならない言葉、やって良い行い、許されない行為。全てのことが二分される。


良いか悪いか。

命令を下す立場であれば曖昧な言動は慎むようにと諭された。

幼い頃は確かに窮屈に感じていたはずなのに、今ではすっかり慣れきっている。


「それはつまり、僕を受け入れてはくれないってことだね。そういうのも分からないではないけど……」

内密の話をするからと護衛も侍女も全員部屋の外で待たせてある。

保安上の問題から、僕の護衛は渋い顔をするのだが、命を下せばそれに従わないということはない。それに、リディアは聖女であるから他人を害するということができない。


もしも他人を害すれば問答無用で神殿から聖女の名を剥奪される。

それはつまり、彼女にとっての死を意味するのだ。


「身分差があるから家族にはなれないの?」

「……そう、ですね」

「でも、君とアルファドだってそうじゃない?」

「……はい」

だけど、君とアルファドは夫婦だよね?と問えば、どこか曖昧に返事をするリディア。

意地悪で聞いているわけではない。だが、彼女を追い詰めているような感覚はある。


「そんなに難しく考える必要はないと思うんだけどなぁ。君はもはや聖女だし、身分なんてあってないようなものでしょう?」

「……」

リディアは肯定も否定もせずに、ただじっとこちらを見つめる。

「なぁに?」

何かを探るような眼差しだ。

彼女のことを幼少期から知っているとはいえ、心を読めるわけではない。


「……ローザ姉さまは、」


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