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ゴロツキゲットだぜ!編 ZEN

 いつものように街まで散歩がてらに出かけ、お気に入りのパンを買って帰る。

 それがミュリエッタのここ最近のモーニングルーティーンだ。

 パンには1回飽きたのだが、その後新商品が出てまた店に通っている。

 丸く伸ばした生地にトマトのソースとチーズ、サラミをのせて焼いた画期的なパンだ。

 このところこの街の名物といっていいくらい行列ができている。

 天気がよければ、そのまま街の中央にある広場のベンチで買ったパンを食べ、その後クロンが夕食の買い出しをしている間、ミュリエッタは広場でぼーっとしている。

「先生、そろそろ帰りましょうか」

 買い物を済ませたクロンが迎えに行くと、うつらうつらしていたミュリエッタがはっと目を覚ました。

「ああ、ご苦労さま……」

 ぼんやりとしているミュリエッタを見て思った。

 介護か、これ?

 近いうちに手を引いて歩かなくてはいけなくなるのでは、と思うと、いまのうちに逃げた方が? という保身が頭をよぎる。

 それというのも、ミュリエッタに弟子入りしてはや数ヶ月、魔法使いらしいところを見たことがないのだ。

 ただ、クロンの村を襲った魔物を倒せると特に気負うところなく言っていたり、マッチング魔法で魔法使いとしての需要があることはわかっている。

 このまま師事していていいのだろうか……?

 ここでミュリエッタの世話をしながら他にいい魔法使いがいないかさがし、こっそり転職活動しようかな、と考えるクロンだった。

 ベンチからのろのろのと立ち上がりながらミュリエッタがクロンを見る。

「今日の夕飯なに?」

「ごった煮スープと鶏の香草焼きです」

 それと、パン屋で買ったくるみのパンだ。

 鳥の香草焼きは市場の一角で串に刺した丸鶏がオーブンでぐるぐる回しながら焼いている、前を通りかかったら買わずにはいられない一品だ。

 市場は新鮮な食材だけでなく、こうした出来合のものが売っていてとても助かる。

 と、田舎育ちのクロンはしみじみ思うのだった。

 田舎はそういったものはなにもない。

 パンも野菜もベーコンもチーズも食べたければすべて自分で作らなくてはならないという、かなりハードな生活なのだ。

 それでも、たまに近隣住民で融通しあったりするが、あの家のベーコンは固い、など陰口を言われたりするので田舎は怖い。

 そういう意味で、誰の顔色もうかがわなくていいいまの生活は、ミュリエッタのだらけた生活に耐えられるなら、天国……なのかもしれない。

「…………」

 いや、どうかな?

 クロンが田舎暮らしに思いを馳せていると、ミュリエッタが機嫌のいい調子で言った。

「ごった煮スープはいいわよね。何が出てくるかわからないスリルがあるもの」

 ささやかなスリル過ぎる。

 大魔法使いなら、もっと限界までヒリヒリするスリルを味わえるんじゃないのだろうか?

 ちらりと隣をのんびり歩くミュリエッタを見る。

 威厳も何にもない、眠そうな横顔。

 いまここで、この街が魔物に襲われたりしたら、ミュリエッタはその魔法で危機を救ったりするのだろうか?

 意外と強力な魔法で魔物を倒して街を救ったりして……。

「ちょっと」

 突然脇腹を肘打ちされクロンは現実に引き戻された。

「う、なんすか?」

「後ろ」

「え?」

 振り返るとクロンの後ろには猫の行列ができていた。

「わ、わあ?」

 しましまから三毛、ブチ、黒と色とりどりの猫たちが集まっている。

「な、な、なんで?」

「それじゃない?」

 ミュリエッタが指したのはクロンの持っている手提げ袋だった。

「あ、この鶏の香草焼き?」

 確かにいいにおいが漂っている。

 そういえばこの鶏の丸焼きが売っている店の周りにも人だけでなく猫の姿もちらほらあった。

 いつからついてきてたんだ?

 ここまで猫をぞろぞろ引き連れて歩いていたとしたら、一体どんな絵面だったのか。

 恥ずかしさに震えていると、ブチ猫がちょいちょいと前脚でクロンの手提げ袋を触っている。

「ちょっ、だめだって、人の食べ物はあげられないよ、体に悪いんだから!」

 猫にいっても通じないような気がするが。

 その証拠に猫たちはニャーニャー鳴きながらクロンの足にまとわりついている。

 目を輝かせて喉を鳴らす猫たちは愛らしく、決心が揺らぐ。

 ほんの少しなら……いやいや。

 この猫たちはこうやって市場帰りの人間から食べ物を巻き上げているプロなのだ。

 その手にはのらない、と心を鬼にしてこの場を早々に立ち去らなくては、と思ったが、ミュリエッタがなぜかじっと猫を見ている。

「……かわいいわね、猫でも飼おうかしら」

「え?」

 ミュリエッタが品定めをするように猫を見回す。

 その途端、猫たちが明らかに怯えだした。

「やっぱり魔法使いには黒猫がさまになるわよね……」

 そう言うと危険を察知したのか黒猫が脱兎のごとく逃げだした。

 つられて他の猫たちも散り散りに逃げ出す。

「ちょっと待ちなさい!」

 黒猫を追いかけていくミュリエッタにクロンは叫んだ。

「先生、うちにはガゴちゃんがいるんですよ! ペットはもう飼えませんって!」

 ミュリエッタはクロンの声を無視して猫を追っていく。

 猫以上に話が通じない。

 クロンはあわてて路地に入っていくミュリエッタを追いかけた。


「わ!」

 角を曲がったところでミュリエッタの背中に激突しそうになった。

 猫を捕まえたのかと思ったら、日頃の運動不足がたたって単に息を切らして立ち止まっていただけだった。

 肩で息をしながらミュリエッタがつぶやく。

「逃げ足の速い猫ね……」

「そりゃそうでしょ」

 そう言いながら狭い路地を抜けると、少し広い道に出た。

 ただ、なんだか明らかに雰囲気が表の通りと違う。

 道にはゴミ、壁には意味不明の落書きと不穏な空気が漂っていて、あまり長居はしたくない感じだ。

「ちょっと、もう帰りましょうよ」

「猫飼いたい」

 子どもか。

 立ち尽くすミュリエッタにクロンは言った。

「自分で世話しませんよね?」

「するわよ」

 よくこんなためらわずに嘘がつけるなあ、と感心しそうになるクロンだった。

「大体、野良を掴まえて飼うのは無理ですよ。全然人に慣れたりしてないんですから。本当に飼いたいんだったら、まずは保護団体とかに問い合わせて……」

 踏まなきゃいけない手順がいっぱいあるのだ、と言い聞かせようとクロンは振り返った。

 あまりにもミュリエッタの反応がないので、寝ているかと思ったのだ。

「先生……」

 言葉が続かなかった。

 ミュリエッタの前に立ちふさがっているのは、巨漢で顔に傷のある男……どう見てもカタギではない。

「おう、ねえちゃん。この先がどんな場所だか知ってんのか?」

 物騒な声をかけられている

 だが、ミュリエッタは怯えるどころか面倒くさそうに言った。

「……なに、あんた?」

「ご挨拶だな、親切に忠告してやろうってのに。いいか、この先そんなのほほんと歩いてたら身ぐるみはがされて娼館に……うん? 引き取ってくれるかなあ? そっちの野郎の方がまだいける気が……」

 そういって男がクロンを品定めするように見た。

 本当にやめてほしい。

 ミュリエッタが歯をぎりぎりと軋ませながらクロンを見ている。

 目の前のカタギじゃない男と比べると、どっちかといえばミュリエッタの方がやっかいだ。

「とりあえず、どっちも連れて行くか……」

 下卑た笑いを浮かべながら男がミュリエッタに手を伸ばす。

「え……」

 こういう場合、男とミュリエッタの間に割って入るべき?

 クロンが迷っていると、ミュリエッタがゆっくりと手にした杖を構えた。

 その動作には緊張など少しも感じられない。

 余裕すら漂っている。

 いつものように振りかぶっていないところから、武器として使うつもりではないようだ。

「あたしを誰だか知らないようね……お気の毒さま……」

 クロンは息をのんだ。

 ついに、ミュリエッタが魔法を使うとこを目にする時がきたことに、思わず体が震えた。

 期待が最高潮に高まったところでミュリエッタがいつもの眠そうな目をカッと見開いた。

「えいっ!」

 ミュリエッタが杖を振り下ろすと同時に、男が爆発した。

「わあああ! ば、爆発した!」

「……魔法よ、あたしの」

「え? 今の呪文なんですか? 掛け声みたいでしたけど」

「魔法なんて気合いよ、気合い。呪文なんて雰囲気よ」

 適当にもほどがあるんじゃないかと思う今日この頃。

 だが、ミュリエッタは自慢げに言った。

「あたしくらいの天才になれば、長ったらしい詠唱なんて必要ないのよ。そもそもあの詠唱って、各々勝手に作ってんだから」

「ええ? そうなんですか? 『来たれ、風の精霊よ、その鋭き刃で我が敵を切り裂け!』とかもですか!?」

「そうよ。ポエムみたいなものよ」

 ポエム!?

「うわー! ちょっと憧れてたのに! そう聞くと、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい……っ!」

 思わず悶絶してしまった。

 魔法使いになりたいなんて者の志望動機は、かなりの割合で長い長い呪文が唱えたいからに決まっている。

 それなのに。

 真夜中にひとり僕の最強の呪文を考えてる時、絶対ニヤニヤしてるはず。

 うわあ……。

「それにしても、なんなんすか、この紫の煙……なんともいえない安っぽい花の香りがしますけど……」

 クロンが手でバタバタと煙を払うと、ようやく紫の煙が薄れて消えた。

「あれ? あの男は……?」

 いない。

 あんなに図体のでかい男が一瞬で消えるなんて……本当に木っ端微塵にしたんじゃないのか?

 ミュリエッタの性格からして、面倒なものはなんのためらいものなく吹っ飛ばしても不思議ではない。

「木っ端微塵になんてしてないわよ。ほら、そこにいるでしょ?」

「え?」

 クロンはミュリエッタが指す足元に目を凝らした。

 そこには、小さな……カタツムリ? がいるだけだ。

 それにしても、なんだかおかしなカタツムリだ。

 背負ってる殻は紫と緑を適当に混ぜたような毒々しい色、本体は薄い緑という、いかにも触るな危険! という見た目をしている。

 このカタツムリが、まさか?

 ミュリエッタを振り返ると得意げな顔をしている。

「い、いいんですか? 人をカタツムリなんかに変えちゃって」

「街からひとりゴロツキが消えるんだから、みんなよろこぶわよ」

 やばい価値観。

 どん引きしているクロンには気づかない様子でミュリエッタはダルそうにその場にしゃがみ込んだ。

「さあ、この杖にとまんなさい」

 差し出された杖の先に向かってカタツムリがゆ~っくりゆ~っくりと進んでいく。

 そののろさは、目を凝らさないと進んでいるのかわからないくらいだ。

 しばらくするとカタツムリを見つめるミュリエッタから苛立った気配が漂ってきた。

「……遅っそ」

「鬼ですか、あなた」

 自分でカタツムリに変えておいてなんて言いぐさ。

 それでも、なんとかカタツムリがミュリエッタの杖に辿り着き、その先にくっついて止まった。

 大きくため息をついているように見えてさっそく気の毒になる。

「それ、どうするんですか?」

「ゴロツキを飼ってる者同士、出会ったらバトルよ。このゴロツキを人間に戻して戦わせるの。そして、倒したゴロツキはまた私のゴロツキになるってわけ。知らないの?」

「聞いたことないですけど」

 ミュリエッタが心底驚いたように叫んだ。

「え? この遊びもう流行ってないの? 一時、大ブームになって国王から禁止のお触れも出たのよ?」

 当時、街からゴロツキが消えたらしい。

「そんな流行ってたんですか?」

 そっちがびっくりだ。

「まあ、魔法が使える者たちの間でだけどね」

「でも、いいんですか? いくらゴロツキでもこんなことして」

「なんでよ? あたしに喧嘩売ってきたのよ?」

 まったく悪びれる素振りもないどころか、ミュリエッタが不敵な笑みを浮かべる。

「あたしに逆らうヤツはみんなこうしてやるのよ、ふふ」

 なんかシャレにならない気が……。

「そもそも、この『ゴロツキ魔法』にかかるヤツはね……人を殺したことがあるヤツなのよ」

「……なんかいろいろ言いたいことあるんですけど、『ゴロツキ魔法』って正式名称なんですか?」

 クロンの疑問はあっさり無視され、ミュリエッタは楽しそうに杖にとまっているカタツムリを眺めている。

 その様子を見て思った。

 これあとで絶対、野良猫飼った方がよかったってなるやつだ、と。

なんと、つづく!

長くなったのでZEN編、煌編の二部構成です。

でも、その通りにいくかは、ちょっとわからないな~。

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