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うちのガーゴイル知りませんか編

 ある日の午後、ミュリエッタが言った。

「なんか……パン飽きたわね」

「はあ?」

 腹の底から声が出てしまった。

「どういうことですか? あれだけパンが食べたいって」

「なんか違うもの食べたい」

「なんかって、なんですか」

 ミュリエッタが次になんというか予言できてしまうクロンだった。

「なんでもいいわよ」

 やっぱり!

「絶対よくないですよね。作るの俺なんですよ?」

 メニューを考えるのがどんなに大変か訴えた結果、ミュリエッタがあっさり言った。

「だから、今日は外食にしましょう」

「いいですね」

 自分で用意しなくていいのならなんでもいいクロンだった。

 ミュリエッタの弟子になってから、魔法の修業どころか、世話係としての日々を送っていた。

 忍耐を鍛えることしかしていない。

「何食べようかしら、やっぱり肉?」

「自分では作らないような手の込んだ料理がいいです」

 そんなことを話しながら街へ向かっていると、ふと気になるものが目についた。

 少し離れた所の木に止まっている黒い影。

 最初はカラスかと思ったが、それよりはややデカい。

「先生、もしかしてですけど、あれ、ガーゴイルっぽくないですか? こんなところにいるかはわからないですけど」

「え? ガゴちゃん? そういえば忘れたてたわね。どこどこ?」

 聞き捨てならないワードがあったように思えたが、もういちいちツッコんでいられない。

「ほら、あそこの木の枝に止まってる黒いのガーゴイルじゃないですか? あれ、ガゴちゃんなんじゃ?」

 手で目の上に庇をつくりミュリエッタが目を凝らしながら言う。

「確かに、ガーゴイルみたいね」

 木の枝に鳥のように止まっているが、その背中を丸めた感じがガーゴイルっぽい。

「でも、どう……かな……うちのガゴちゃんかな」

「わかんないんですか?」

 勢いよくミュリエッタが振り返る。

「君、ガーゴイルの見分けつくわけ!?」

「い、いえ……」

 すごい剣幕。

「こんなことなら首輪つけとくんだったわね……」

 魔物に首輪をつけようなんて、ミュリエッタしか思いつかないだろう。

 斬新な発想すぎる。

 クロンが呆れていると、ミュリエッタも面倒になったのか言った。

「まあ、多分、うちのガゴちゃんでしょ」

 違っていたとしても失うものはなにもない。

 そう思っているのは間違いなかった。

 ひとつ咳払いをしてからミュリエッタが叫んだ。

「おーい、ガゴちゃん!」

 ミュリエッタの呼びかけに、ガーゴイルがはっと振り向いた。ふたり(?)は、一瞬見つめ合ったが、聞こえなかったとばかりにガーゴイルは飛び立ってしまった。

「ちょっと、ガゴちゃん! いま、あたしのこと見て、やべって顔したでしょ! 帰ってきなさい! こらー!」

 ガーゴイルは呼びかけを無視して、遠ざかっていく。

「あいつ……!」

 さっと杖を構えたミュリエッタをクロンはあわてて止めた。

「ま、待ってください。丸焦げにするつもりですか」

「……ちょっとわからしてやるだけよ」

 絶対ちょっとでは済まない。

 そうしている間にもガーゴイルは黒い翼を羽ばたかせ遠ざかっていく。

「逃げられたわ」

「逃げる気持ちもわからなくもないですが……」

 ミュリエッタとは関わらない方がいいと判断したのなら、それは懸命としかいえない。

 小さな黒い点となって空の彼方に消えていくガゴちゃんを見送りながらクロンはそう思った。



 家に戻ってきてからもミュリエッタはモヤモヤした気持ちがおさまらないようだった。

 イラついてなにも手につかない! といった様子だが、普段から家で何かしているところを見たことはない。

「いついなくなったかわからないですし、もうすっかり野良ガーゴイルになってるんじゃ?」

「野良!?」

 聞き捨てならないとばかりにミュリエッタが目を剥いた。

「あたしが召喚したのよ?」

「じゃあ、なんで帰ってこないんですか? さっきも逃げられたし」

「こっちがききたいわよ」

 そう言いつつも、原因を探るように考えを巡らせているのが、顔を見ただけでわかる。

 まあ、なにも思いつかないだろうけど。

「魔法で探せないんですか?」

 そう言うとギロりと睨まれた。

「あったらいいなっていう魔法は、だいたいこの世にないのよ!」

「さーせんした!」

 このまま部屋でイライラされても気まずいので、クロンは仕方なく提案してみた。

 できれば断ってほしいと思いつつ。

「張り紙でもしてみます?」

 ミュリエッタの普段は死んだ魚のような目が輝きだした。

「……いいわね」

 やべ、刺さった。



『うちのガーゴイル知りませんか?』

 まずミュリエッタが紙にでかでかと書き殴ったのは、これだった。

「こういう場合、姿絵とかを描いた方がより見つかる確率も上がるんじゃないですか?」

 さっとミュリエッタの表情が曇る。

「……絵は苦手なのよね」

 なんだったら得意なのか、一度じっくり訊いてみたい。

 苦手ながらにも子どものように取り組んでいるミュリエッタを見て、ちょっとかわいい、と思ってしまったが、描かれた絵を見て我に返った。

「それ、なんすか?」

「ガゴちゃんよ」

 茄子かと思った。

 さすがのミュリエッタも出来に不安を感じているようだ。

「……そうよ、これ絵が得意な人に頼めばいいんじゃない?」

「友だちいないんですよね?」

 しまった! みたいな顔をしないでほしい。

「とにかく続けましょう」

 明らかにミュリエッタの筆は進まなくなった。

 一枚で飽きるな。

 ここは心を無にしてクロンが描くしかない。

「なんか上手いじゃない。それっぽいわ」

「住んでた村のいちばん近い街に教会があって、その壁に張り付いていたガーゴイルの像を参考にしました」

「だったら、それ、うちのガゴちゃんじゃなくない!?」

「そんなこと言われても、俺は、ガゴちゃんのこと間近でじっくり見たことないですし」

 ミュリエッタが信じられないとばかりに目を見開いている。

「その辺のガーゴイルと一緒にしないでよ」

「なに愛着があるみたいなこと言ってるんすか。さっき見分けつかないって言ってましたよね?」

「近くで見たらわかるわよ、多分」

 あ! と突然ミュリエッタが声を上げ、

「しっぽがちょっと曲がっています……っと」

 得意げにそう付け加えた。

「よし、貼ってきて」

「そうくると思いましたけど……」

 ここでどちらが貼ってくるかなどという揉めることほど不毛なものはない。

「じゃあ、貼ってきます」

「お願いね。目立つとこに貼ってきてちょうだい」

 十枚の張り紙。

 二枚はミュリエッタ作で、あとの八枚はクロン作だった。


 翌日。

「この前、ガゴちゃんを見かけた木の近くにも貼っておいたんですよ」

 クロンたちは、街へ行きがてら、張り紙を確認していた。

「あ! 勝手に貼るなって警告されてる!」

「仕方がないですね、剥がしましょう」

 さすがに目立ちすぎだったかな、橋の欄干は、と思いつつそっと剥がした。

「また別のところに貼りましょうか」

 くるくると張り紙を丸めながらふと思った。

「そういえば、ガゴちゃんはお腹空かしてないんでしょうか?」

 大抵、逃げたペットはお腹を空かせると家に帰ってくるのではないか?

「なに食べるか知らないし……」

「エサやったことないんですか?」

 はっとした表情でミュリエッタがクロンを見た。

「ちょっと、エサとかってやめてくれない? いくらガーゴイルでも、そこは『ごはん』でしょ?」

「でた! ペットを過剰に人間扱いする飼い主! 服とか着せないでくださいよ」

 ちょっと想像してみて、いいかもしれない、みたいな顔をしないでほしい。

 そして、やっぱないわ、みたいにあきらめてるのが手に取るようにわかるのもやめてほしい。

「じゃ、街で聞き込みでもします?」

「知らない人に自分から声かけられたら苦労しないわよ」

 なんの苦労なんだか……。


 なんとなく家にいても連絡がくるかもしれないと落ち着かない。

 ミュリエッタも爪を眺めたりとぼんやりしている。

 いつものことだが。

「連絡ないですね」

 ぼんやりしているのにも飽きたのか、ミュリエッタが言った。

「こうなったら、情報に懸賞金をかけるしかないわね」

「懸賞金?」

「手っ取り早く情報を集めるには、お金よ」

 人の善意になんて期待してらんないわよ! とミュリエッタ。

 やっぱり過去になんかあったの?

「じゃあ、いくらにします?」

「そうね……」

 金額をどうするか、と悩みはじめた時、家の外で声がした。

 当然のようにミュリエッタは動こうとしない。

 じっとクロンを見るだけだ。

「……はい、はーい! いまいきます~」

 クロンが立ち上がると、ミュリエッタが、やった! とほくそ笑んだのが見えた。

 やっぱりじゃんけんで決めればよかった。

「はーい、どちらさま?」

 ドアを開けると少年がひとり立っていた。

 やんちゃなのだろう、目の上に傷がある。

 森の中走り回ってるとこうなるんだよねー、とクロンはちょっと懐かしい気分になった。

 だが、この辺では見かけない顔だ。

 もちろんミュリエッタの家の周りには誰も近づかない。

 この近隣でどういう噂が流れているのかは知らないが……。

「あの? どちらさま?」

 少年は、鼻の穴を膨らませていて、なんだかとても興奮しているようだ。

「オ、オレ、あのお尋ね者の紙を見てきたんだけど!」

「……お尋ね者? ああ、もしかして張り紙?」

 ガーゴイルの、とは自分から言いづらかった。

 この世界に魔物はいるものの、あまり人里の近くでは見かけることはないのだ。

 しかも、大きな街に住んでいる者たちは魔物の話をしたりしない。

 魔物を見たことがある! というのは、つまり田舎者ということだった。

「先生~! 情報提供者ですよ~」

 振り返って室内に声をかけたが、返事もなければ、姿も現さない。

 しばらく待ってみるが、静まりかえっていて、少年が気まずそうに声をかけてきた。

「……にーちゃん、独り言?」

「ひ、独り言じゃないし! 先生! ちょっと! 先生?」

 まさかこのほんのちょっとの間に寝てんのか?

 そんなバカな!

 いや、あり得る。

 そのふたつが天秤となってクロンの頭の中でぐらぐらと揺れる。

「うーん……」

 どっちだ……なんて考えるまでもない!

「世話が焼けるな、本当に!」

 室内に戻ろうとしたクロンは、なにかにぶつかりそうになった。

「うわっ」

 出てきたミュリエッタは、ローブを纏っていた。

 なるほど、時間がかかっていたのは、どうも身なりを整えていたようだ。

 一応、部屋着はまずい、という認識があったのだと感心した。

 ミュリエッタは、クロンと出会った時は取り繕う気がまったくなかった。

「なに、子どもじゃないの」

 一応よそいきの顔をして出てきたのに、損したとばかりの口調だった。

「この子が、あの張り紙を見てきてくれたそうです」

 ミュリエッタが胡散臭そうに少年をじろじろと眺め回している。

 少年はまったく気にしていない様子で鼻の下を指で擦った。

「で? どこで見たの?」

 ぞんざいな訊ね方のミュリエッタに、少年が答える。

「その前に、いくら払ってくれんのさ?」

 ぴくりとミュリエッタの眉が動いた。

 そして、指で何かを挟む仕草をし、その見えない何かを吸って長く息を吐いた。

「……あんたの持ってる情報にもよるわね」

 子どもと交わす会話か、これ?

 このまま成り行きを見守っていていいのか、少し不安になったが、口を挟める雰囲気ではない。

「でも、こういうことは最初にはっきりさせとかないと、だろ?」

 少年はこめかみのあたりでなにかをくいっとあげた。

 本当に、なにしてんの?

「ふふ、気に入ったわ」

 びしっと指を立てたミュリエッタが言った。

「噂をきいただけなら、銅貨五枚。姿を見たなら銀貨一枚。棲み家を突き止めたのなら、金貨一枚!」

 これは破格の設定、とクロンは思った。

 だが、少年は眉を寄せて難色を示した。

「俺がガキだからって足元見てんの? そんなんじゃ情報は渡せないぜ?」

「ちょっと、子どものくせにがめついんじゃないの?」

 少年がふっと視線を逸らした。

 さっきまでのふてぶてしさが消え、深刻な表情を浮かべている。

「……オレ、妹が病気でさ……薬代を稼がないとなんだ」

「え?」

 急に空気が重くなった。

「たったひとりのかわいい妹なんだよ……父ちゃんは出稼ぎに行ってもう何年も帰ってこないし、母ちゃんは朝から晩まで働きづめで……」

 悲痛な声にめずらしくミュリエッタが折れた。

「わかったわ。報酬は銀貨一枚上乗せするわよ」

「そうこなくっちゃね!」

「まさに現金ねえ……それで?」

 少年が少し身を屈めて手招きしたため、クロンとミュリエッタは体を屈めて耳を寄せた。

「オレ、見たんだ。友だちの秘密基地に、あのお尋ね者が匿われているのを!」

「あんた、友だちを売ろうなんて、いい度胸してるじゃないの」

 少年はすれた表情でくちびるの端を上げミュリエッタを見た。

「さっきも言ったろ。オレは妹のために薬代を稼がないといけないんだ」

「そうね、時には情けを捨てることも必要よね……」

 だから、子どもと交わす会話じゃないって。

「じゃあ、お金」

 ミュリエッタがクロンに手を差し出してきた。

「え?」

「買い物のおつりがあるでしょ?」

 そういえばミュリエッタは現金を持たない主義だった。

 おかげであれから財布のひもはクロンが握っている。

 重要な決定権がクロンにある……わけではなく、単に面倒くさい家計の管理を丸投げされているのだ。

「へへ、確かに」

 少年は抜け目なくコインをしっかり数えてポケットにしまった。

「じゃあ、案内するから付いて来てよ」



「ほら、あそこだよ」

 森の奥へ進み、少年が指で示した先には、木の下に隠れ家らしきものがあった。

 しっかりと骨組みを作ってからその上に木の皮を貼った屋根と壁で出来ているようだ。

「結構しっかりした秘密基地だなあ……」

 クロンは感心した。

 子どもの造るものなんてたかが知れていると思っていたが、これなら十分住めそうだ。

 近くの藪の中から様子をうかがっていると森の小道を急ぎ足で少年がやってきた。

 腕に包みを抱えていて、隠れ家の前できょろきょろと辺りを見回して、人目を警戒しているとしか思えない。

 少年がドアを叩くと、内側から開いた。

 ほんの少しの隙間からなにかが覗く。

 ガーゴイルだ、多分。

 少年はさっと隙間に身を滑らせて隠れ家に入っていった。

「ガゴちゃん……だったかしら」

 眉を寄せるミュリエッタのローブの裾を少年が引いた。

「なあ、一緒に捕まえたらまだ金くれる?」

 本当にがめついな。

 クロンは言った。

「子どもは危険だよ。なにするかわかんないから(ガーゴイルじゃなくて、ミュリエッタが)。妹も待ってるんだろ、家に帰ったほうがいい」

「あとはこっちでなんとかするわ」

 そう言ったミュリエッタに少年が尋ねる。

「なあ、ねーちゃんって、魔法使いなんだろ? 病気を治す魔法ってないの?」

 はっとしたミュリエッタが、やるせなさを滲ませた声で言った。

「……あったらいいなっていう魔法は、だいたいこの世にないのよ」

 ふたりはしんみりとその言葉を噛みしめているようだった。

 あ~、家に帰りたい。

「で、どうするんですか?」

 少年を帰し、クロンはミュリエッタを振り返った。

「突入するわよ」

 え? もう?

「ガーゴイル違いだったらどうします?」

「そん時はそん時よ!」

 立ち上がったミュリエッタは、そのまま真っ直ぐ歩いて行った。

 なにか考えがあるのか、ないのか。

 ミュリエッタが少々乱暴にドアを叩いた。

「いるのはわかってるのよ、開けなさい!」

 返事はない。

 こういう場合、クロンでも居留守を使う。

 だが、しばらくしてドアの前にいるミュリエッタの苛立った気配に耐えられなくなったのか、中からか細い声がした。

「だ、誰……?」

 そっとドアが開き、隙間から少年が顔を出したところに、ガッとミュリエッタが杖を差し込んだ。

「うちのガーゴイルが世話になってるわね?」

 少年の顔がさっと青ざめた。

「な、なんの話?」

「しらばっくれるんじゃないわよ。こっちはとある筋からちゃんと証拠を掴んでるのよ」

 子どもにかける言葉だろうか? とクロンは思った。

「さあ、うちのガゴちゃんをおとなしく引き渡しなさい」

 あわてて外へ出てきた少年が扉を背に立ちはだかった。

「な、なにもいないったら!」

 ガタガタと扉が揺れ、少年が叫んだ。

「クロ! 出てきちゃだめだ!」

 扉が少し開いて中からガーゴイルの顔が覗いた。

「ガゴちゃん!」

 ミュリエッタに気づいたガゴちゃんが扉を思い切り閉めた。

「その秘密基地ごと燃やされたくなったらでてくるのね」

「ちょっと先生、子ども相手に自分を悪役に全振りしてますけど、大丈夫なんですか?」

「自分を正義の味方なんて思ってないわよ」

 自覚あったんだ。

「さあ、おとなしく出てきなさい。この子がどうなってもいいの?」

 ミュリエッタが少年に杖を突きつけた。

「ちょ、先生?」

 好感度とか気にしたことないんだろうな。

 そんな緊迫した空気の中、ドアが軋みながら開いた。

「クロ!」

「ガゴちゃん!」

 おとなしく出頭しようと項垂れるガゴちゃん(クロかな?)に少年が縋りついた。

「いっちゃいやだ、クロ!」

 少年の手をやさしく振り払おうとするガゴちゃん。

 クロンは、はじめて間近でガーゴイルを見て息をのんだ。

 よく飼おうと思ったな……。

 全然かわいくない。

 だが、少年は泣きながら訴えている。

「やだ、うちで飼うんだ! かーちゃんの機嫌のいい時を見計らって飼っていいか頼むんだ!」

 ひしと抱き合う子どもとガーゴイル……。

 なにを見せられているのかちょっとよくわからないクロンだった。

 そんな心温まる(のか?)光景を見ても、ミュリエッタはいつもと変わらない様子で顎を上げた。

「あのね、坊や。ガーゴイルっていうのはね……」

 飼い主の責任とか、もっともらしいことを説くのかと思ってクロンが息をのんで見守る中、ミュリエッタは言った。

「タダじゃないのよ」

「やなセリフ」

 そう言ったクロンにさっとミュリエッタの杖が向けられる。

「魔法使い通販☆星グループで買った『ガーゴイル召喚用魔方陣の図面付き蝋石』で召喚したのよ。お金払ってんだから!」

「だからって、子どもに言うことですか、それ」

「子ども相手だからって甘やかさないわよ、あたしは」

 これは聞き捨てならなかった。

「さっきの子は? 病気の妹がいるっていう理由で報酬倍プッシュしましたよね?」

「倍プッシュまではしてないでしょ。でも、そりゃ病気だって言われたらね? あたしだって鬼じゃないわよ」

 変なところでお人好しなだけでは?

「病気の妹?」

「あんたを売った子よ。病気の妹の薬代のために密告してきたのよ」

「病気の妹がいる友だちなんていたっけな?」

 ん?

 雲行きがあやしくなってきた気が……。

「ここに、傷のある子よ」

 ミュリエッタが左目の瞼と眉毛の間を指した。

「え? あいつに妹なんていないけど?」

「あのガキ!」

 面白いくらいまんまと騙されていて、クロンは思わず吹きだしてしまった。

「なに笑ってんのよ!」

「す、すいま……ぷ……くく……っ」

 これでも我慢しているのだとわかってほしい。

「ちょっと、あいつの家どこなの? おしえなさいよ! 魔法使いを騙したらどうなるか、がっつり思い知らせてやるんだから!」

 杖を握りしめて憤るミュリエッタを、少年が哀れみを含んだような目で見た。

「友だちは売れないよ……」

 驚愕に目を見開くミュリエッタに、クロンはもう爆笑を堪えるのが限界に近づいていた。

 苦しい。

「……で、でも、あっちが先にあんたを売ったのよ?」

 少年の瞳はどこまでも澄んでいて、ミュリエッタのHPをごりごり削っているのが傍から見ていてもわかる。

「それでも……俺にはできない」

「ぐぬぬ……」

 肩を怒らせて杖を握りしめていたミュリエッタが大きく息をつき体の力を抜いたように言った。

「わかったわよ、もういいわ。ガゴちゃんを……頼んだわよ……」

 単に恥ずかしくてもう帰りたくなっただけなんじゃ……。

「よかったな」

 クロンはよろこび合う少年とガーゴイルに笑いかけた。

 ただ、お母さん、ガゴちゃんを見て飼っていいって言うかなー?

 それだけが気になる。



 家に戻ってきた時、ミュリエッタが屋根を見上げてため息をついたことに気づいた。

 なんたかんだガゴちゃんに戻ってきてほしかったのだろう。

「そういえば、魔法使い通販☆星グループで思い出したんだけど、はいこれ」

 渡されたものを見てクロンは首を捻った。

「なんですか、これ?」

 ピンクのハートがぶらさがっているイヤリングだ。

「それつけていけばよかったと思ったのよね、魔物と会話できるアイテムよ」

 これがあればガゴちゃんを説得できた、とミュリエッタ。

「なんで俺なんですか。これ、めちゃくちゃ女物じゃないですか」

「それつけると頭痛くなるのよ、あたし」

 クロンはしみじみとイヤリングを見た。

 身につけるのには少々勇気がいる。

「でも、高いんじゃないんですか、これ」

「忘れたわよ、いつ買ったかも」

 さがせばどこかに取説あると思う、と言われたところでさがすわけがない。

 ついでに片づける羽目になるだけだ。

「そもそもレベルの高い魔物はしゃべれるし、あんまり必要なかったのよね」

「じゃあ、なんで買ったんですか?」

 あきれた口調が隠せなかったクロンにミュリエッタが言い返してきた。

「なんでって、そういうのあるでしょ! 夜中に水晶玉で通販見てて、気づいたら買っちゃってたって時!」

「あー、で、いざ届いたら、何買ったかも忘れてて、箱開けてみたらなんでこんなの買っちゃったんだろってやつですか?」

「そうそう!」

「そうそう! じゃないですよ。こういういらないもの買うから部屋が散らかるんですよ!」

 そんなくだらない言い争いをしていると、突然扉が開いた。

「え……ガゴちゃん?」

 そこに立っていたのは、ガーゴイルのガゴちゃんだった。

「ど、どうしたの?」

 なんだか気まずそうに俯いている。

 ふいにクロンの脇をミュリエッタが肘でどついた。

「う……痛って、なんすか、急に」

「あれよ、あれ」

「あれ?」

 そう言われてクロンははっとした。

 まさか、これ!?

 ピンクのハートのイヤリング。

「はやくしなさいよ」

 クロンは渋々イヤリングを装着した。

 締め付けが強くて耳が痛いし、なんかぷらんぷらんハートが揺れて気になる。

「ほら」

 急かされるが、なかなか話しかける踏ん切りがつかない。

 なにしろ、このハートのイヤリング、本当に? 通訳できるの?

 なぜなら、騙されているのでは? というデザインすぎる。

「え、えと……ど、どうしたの、ガゴちゃん? あの男の子は?」

 クロンが遠慮がちに話しかけると、ぴくりとガゴちゃんが反応した。

 ちょいちょいと手招きされ、おそるおそる顔を寄せると耳元に囁かれた。

 正直、魔物とこの距離感、怖いんだけど?

「ん? あの子と一緒に家に行ったら、お母さんに、元の場所に返してきなさいって怒られた?」

 だろうね。

 それで済んだあの少年のお母さん、肝が据わりすぎだろう。

 またガゴちゃんがヒソヒソと囁く。

「結局、帰る場所はここしかなかった?」

「ガゴちゃん……」

 ミュリエッタが感極まった表情でガゴちゃんを見つめ、感動の再会のようだ。

 別れたりくっついたりを繰り返しているカップルみたいな話になっている。

 それはつまり、傍からすれば、どーでもいい……。

「じゃあ、帰ってきてくれるのね?」

 そこはガゴちゃんシビアな顔。

「おたずね者として指名手配されたことは納得がいかない?」

「指名手配じゃないって!」

 迷子のペットをさがすための張り紙とも言いづらい。

「手配書にしっぽが曲がっていると書かれた、コンプレックスなのに、って言ってます」

「そ、そうなの!? あたしは、チャームポイントのつもりで……でも、ごめん……」

 ガゴちゃんの不満はまだ晴れないようだ。

 またクロンの耳元に囁く。

「え? そもそもガーゴイルって本来二体を対にして設置するもの? ひとりでワンオペ二十四時間とかムリ?」

 これにはミュリエッタも黙っていなかった。

「じゃあ、魔法の召喚蝋石もセットで売りなさいよね!」

 すかさずガゴちゃんのターン。

「え? 二本セットだったはず?」

 ミュリエッタがはっとした。

「そういえばそうだったわ。でも、魔方陣、書き間違えちゃって……」

 それで一本無駄にしたらしい。

「結局、先生が悪いんじゃ……?」

 室内が気まずい空気に包まれる。

「とにかく、ガーゴイルは対が基本? 帰ってきてもいいけどなんとかしてくれ?」

「対ってなに? 嫁ってこと?」

 うんうん、うなずくガゴちゃん。

「はあ? 生意気じゃない? 私だって結婚してないのに!」

「したいんですか、結婚?」

 はっとしてクロンを見るミュリエッタの頭上で星がきらめいた気がした。

「そうよ! 結婚よ! 大魔法使いやめて結婚するわ!」

 ミュリエッタはクロンに指を突きつけて叫んだ。

「婚活する!」


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