73.コンチェルト
73.コンチェルト
しおりは結局同じコンチェルトを買った。
宇一は新車を買うつもりでいたが、新しい車はお気に召さなかったらしい。あのカクカクっとしたのが好きで、今の丸い車は許せないものがあるらしく、それにどうしてもセダンよりハッチにこだわっていた。
藍河が説明したが納得しなかった。
外国のように一か月分の食料を積んで何十キロも走るのならともかく日本でハッチを使うことは滅多にない。毎週キャンプに行くなら別だが。年に何回かの旅行ならレンタカーのほうが便利だ。ワンボックスに乗っている人は荷物を満載しないし、第一駐車に手間取る。
他の車も説明したが、無駄だった。
しおりは「コレが好きなの!」と断固言った。
泣く子と地頭には勝てない。
藍河の店にコンチェルトJX−iの在庫はなかった。
(それも同じ紺とは……)
後期型の高級装備EXCLUSIVEという手もあったが玉がそれほど出ていない。
藍河がコンピュータで調べた。
何台かあったが納得できるようなものはなかった。そもそもがもう走っていない車だった。
ピックアップしては消していく。事故歴、メンテナンス。走行距離の割に外観が新しいもの……写真かメーターが変わっている可能性があった。今の企業コンプライアンスでは考えられないが、かつては走行距離を戻す業者もいた。
検索範囲を関西から、中国・四国・中部と範囲を広げた。
程度が良いのが三台残った。特に一台は割安だった。
外観もほどよく古くなっている。変にどこか不法に触っている感がなかった。
説明に「電動シートの一部が動きません」とある。
ふと気になって業者の住所を調べた。候補から外す。この地方は何年か前に台風の被害に遭っている。
(たぶん(冠水から)水没している)
電気系統の故障は手に負えない。配線の全チェックなどしたくはなかった。
岡山と広島に一台ずつあった。
(同じホンダの販売店だから大丈夫だろう……)
売れ残っていた理由は両方とも本革で価格が高かったからだ。
車両保険との差額は宇一が支払う話になっていたから、価格は気にならなかった。
当時としても高かった。同じ価格でアコードでなく、アコード・インスパイアが買えた。二ランクも上の。
神戸から近い岡山に電話したが売約済だった。広島に予約を入れる。
契約書を作成して内容を説明した。「他府県なので神戸登録にすると番号が新しくなりますので中古なのが分かります」とも伝えておく。過去には戻せない。
契約書に、しおりが作ったばかりの実印を押した。
今回から本人名義だ。他の書類にも押す。藍河が丁寧に説明した。
何しろ初めての大きな買い物だった。
藍河が本社にファクスした。ノルマ達成。
仲良くSVXに乗って帰る二人を見て、藍河は心地よさを覚えた。
手土産の饅頭をスタッフみんなで分けて食べた。
(ふつうに美味しい)
包装を見た。有馬の旅館の銘があった。行くはずだった旅館だろう。案外律儀なしおりに感心させられる。宇一の入れ知恵か。
(あの二人ならこの先も大丈夫だろう)
クレームや事故で顧客と親しくなる。
(因果な商売だ)
前にラヴホテルで接触して奥さんや会社に内緒にしてくれと頭を下げた社長を思い出して笑った。社長は愛人と別れたが、愛人は藍河の顧客になった。沈黙は金だ。
(……たまにはのんびり温泉にでも行くかな)
見ると配送はどれもいっぱいだった。
(積載車借りて自分で行くかな……。現車も確認したいし)
〔ガレージ二十一〕の良雄に確認した後、営業所長に申請書を出した。通らなければ有給休暇で行くつもりだった。




