44.キャンディ/静蓮ウィーンに
44.キャンディ/静蓮ウィーンに
何だか泣けてきた静蓮だった。
抱きあう二人を見て、とても声をかけられなかった。中に入れなかった。何かあったのだ。何か大切な事が。
淳の大切な何かを知らない自分に静蓮は泣けてきた。何でも知りたかった。淳の事は。
でもあの場所には入れなかった。
家に帰ると、緑朗はもういなかった。
二階に上がり、自分の部屋で泣いた。
ポケットの小銭入れが鳴った。可愛らしい匂い袋に入れた。
それから、淳が持ってきてくれたというキャンディを舐めた。
(甘い)
涙でよけい甘く感じた静蓮だった。淳の優しさが身に染みた。
下に降り、母に抱きついた。「どうしたの?」と言う母に必至でしがみついた。
ちょっとでも淳の気持ちになりたかった。
落ち着いて母と向き合ったが何も言葉は出てこなかった。
(言いたいことはいっぱいあったのに……)
言葉にできなかった。
さっき見た二人の抱擁など、とうてい言えなかった。
奥から父の呼ぶ声がした。「はい」と答えた声は元気がなかった。母は静蓮の涙を拭っていかせた。
「はい」
「どうした。元気がなさそうだな」
「ちょっと落とし物をしたから……」
「何をだい?」
「部屋の中だからすぐ見つけかると思うの……」
心の部屋の落とし物。
「そうか。それなら良いんだが……」
静蓮はもったいぶった父を見るのは初めてだった。いつもてきぱきしているのに今日は手元の書類を幾重にも丸めている。
「嬉しい知らせがある」
「おめでとうございます」
素直に静蓮が言った。
「お父さんじゃあない。お前だよ」
「え?」
「前から言っていたウィーンだが学校が見つかった。緑朗が探してくれたんだがなかなか良いんだ見てごらん」
丸めた書類を広げた。汗ばんでいたらしく、元に戻りにくかった。
音楽の都ウィーンの素晴らしい町並みだった。
「え?」
目を開いた。
「そうだろう。今年はもう行けないと言われていたからなあ」
嬉しそうに広げる父。
「たまたま定員が空いたんだ」
「私?」
「そうお前だ」
父は静蓮を抱きよせた。
「私の宝石だよ」
額にキスをした。
「聡声ちゃんもいっしょだ」
「ほんと?」
笑顔が天から降ってきた。
「よかった! 聡声ちゃんに連絡しなくちゃ!」
「お父さんがさっき連絡しておいた」
「あーそんなあ! 私がしたかったなあ。後で電話してもいい?」
「良いよ。構わない。それが終わったら支度なさい」
「え?」
「来週には出発だ」
「えー! そんなに早く? もっと後じゃあダメですか?」
「どうした。落とし物ならお父さんが」
「わたしの部屋には入らないで」
人差し指で優しくいう静蓮が愛らしかった。
(お年ごろだったな)
父が笑った。
(淳には明日連絡しよう。必ず会う)
そう決めて静蓮はその夜、聡声と長い時間電話をした。
静蓮は海外には一度も行ったことがなかった。飛行機もまだ乗ったことがない。
(えー本当? ふーんそうなんだあ……)
いろいろ行ったことがある聡声があれこれ話すのを聞きながら支度をする静蓮だった。
ルイ・ヴィトンのスーツケースの閉まりそうになかった。




