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30.茶泉ひろみ/環の手紙

30.茶泉ひろみ/環の手紙


 手紙が届いた時、茶泉ひろみは緊急救命室(ER)にいた。


 古都ボストン。静寂の街。喧騒けんそうの夜が救急病院をともす。


あきらめるな!」


 ひろみが叫んだ。


 血圧が急速に低下している。手を尽くすスタッフ。


 心肺停止。


 蘇生。


 再度、心肺停止。


 瞳孔が開いていた。


「ご家族に連絡を」


「おられません」


 女性スタッフが即答した。


(孤独な死か……。なんて夜)


 手術着を脱ぐ。


 交替の時間は過ぎていた。


 シャワーを浴びた。


 銀行のビルディングに車がんだ。


 テロだった。


 行員五名が残業で残っていた。


 三名は即死、一名は今亡くなった。


 残る一名と犯人は行方不明。


(たぶんバラバラだろう。わたしは生きている)


 殺菌用の石鹸で全身を洗った。


 匂いで咳込む。


 豊満な胸がれた。


(胸だけは育った)


 人間はまだ未完成だ。昨日も同僚とやり合った。


(あの坊や。まだ来ていない)


 ベージュのシルクのブラウスを肌にすべらせた。


 事務所センターによった。


(遅れて来た……。坊や)


 青白い青年医師。


「あーごめんごめんヒロミありがとう……」


 息が止まる。


 ひろみが、青年の水月みぞおち貫手ぬきてを入れた。


 しばらく歩いて倒れそうになるのを、ひろみが支えた。


(ナイス!)


 看護師ナースが笑った。防犯カメラにはそれすら映っていない死角だ。


「時間厳守。自分の葬式にも間に合わないわよ」


 言いはなつひろみだった。


 青年はしばらく動けない。


 挨拶されるが手を上げるのがやっとだった。


 近くにいた看護師ナースもくすくす笑っている。好かれていないのだろう。見られて真顔に戻った。


「ヒロミ!」


 事務の女性が声をかけた。アメリカ人はひろみと正確に発音できない。


「なあーに? 今夜は飲みたい気分なの」


 振り向き微笑ほほえむ。


「手紙よ、国から」


 渡される。


「国?」


 日本ジャパンの消印があった。


「ありがとう」


 学校法人茶泉学院の封筒だった。


 病院近くのバーに入った。


 外からバーテンダーに手を振る。


「ハイ! ヒロミ!」


「ハーイ!」


 キャッシュオンで、すぐに生ギネスが出てきた。


 ひろみが挨拶した時から注いでいたのだ。細かい泡が喉をうった。


(美味しい)


 一気に飲む。


 口に黒い泡が残った。ハンカチーフでく。


 すっぴんでも十分きれいなひろみだった。


 もう一杯もすぐに出て来た。最初のキャッシュオンは二杯分だ。


 封筒を破りあけた。ライトブルーの便箋と、別に小さい封筒が二通。


 便箋は妹からだった。似ていない片割れ。双子のたまき。二卵性双生児だから全く似ていない。顔も身体も。環はひろみと違って可愛らしいお嬢様タイプだった。


(あの女……何を)


 環は茶泉の家で大切に育てられた。うらやましくはなかった。誰かに監視され続けられるような生活はごめんだったから。


 別々に暮らしたからだろうか全然似ていなかった。特に性格は。


(可愛い顔してかなり陰険……)


 産まれてから再会したのはここアメリカだった。


 ボストン近郊のセントルーシー大学の医学部で再会したのだ。いっしょにいたのは一年だけだった。すぐにひろみが飛び級(スキップ)したから。


 良い成績を取るのは大変だが、それなりの成績で単位を大量に取るのは案外できる。


 奨学金で生活しているひろみはすぐに卒業したかった。環は都合二年いただけだった。


(日本に帰ってたんだ。跡を継ぐ気かしら)


 ひろみは自分の境遇を不幸だとは思わなかった。不幸せも慣れるのかも知れない。〔慈悲の家a〕でいっしょだったルーシーキムに誘われてきたアメリカ合衆国だった。


 そういえばルーシーと環は仲が良かったのを想い出した。


 ルーシーは在学中に医薬品会社に取締役として招かれた。論文を買われたのだ。共同執筆した環も取締役になった。論文は製薬化され莫大な富をもたらした。今ではルーシーは医学博士。最近は工学博士にもなったらしい。


(何をする気だろう)


 ひろみにそんな才能はなかった。今でもったったの毎日だった。彼女の製品も毎日使う。


 細かなタイプの字が綴られていた。大事な内容らしい。他の医局員が読めないようにしてくれていた。フランス語だった。


たまきだ。この陰険さは間違いない。……読みにくい……。せめて日本語かドイツ語にしてよね)


 読み進めた。


 強い酒を飲みたくなった。


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