引きこもり虫と六条家
夏休みに入った矢先であった。
「り・ん・ね・ちゃん。お姉さん達と一緒にお出かけしない?」
「……」
急にどうしたの麗子姉さん。私はお出かけしませ……。
「まあ拒否しても連れてきますけどね」
あ、拒否権無しですかそうですか。
仕方ない。拒否したら後で何されるかわからない。
「どこ行くの?」
「パーティー!」
何でも六条家全員が招待されたパーティーだそう。
じゃあ私いらないじゃんとも思ったけど誰か知人を連れてくのが参加者の決まりだそう。
それで私以外の皆は用事があります。
これで分かったでしょ? 消去法で選ばれました。
そりゃ一番に選ばれるはずはないだろうな。私なら確実に拒否するとわかった上で。
「お願い! もう挨拶とかしなくていいから。隅っこで本読んでてもいいから。吉宗を近くに置いとくし。駄目?」
「……私が行かないと六条家の評判が落ちるようなら行くけど」
これくらいじゃ落ちないと思うけど。後が怖いし。
「ほんとに!? なら早速おめかししましょうね。月海に洋服頼んでるし。さっさと着替えちゃおう!」
行動が早いよ姉さん。パーティーは夜なんでしょ? そんなに時間かかるの?
時間かかりました。車で一時間とかきついわ。
それに両隣では髪をめちゃくちゃ――いや、アレンジ?――にされたし。
愛子姉さんも久しぶりに楽しそうだった。麗子姉さんほどではないにしてもおしゃれは人並みに好きだもんね。
「着いたよ」
こりゃまた大きなお屋敷で。そうだなー。根尾と御子柴の中間くらい?
「ここの……」
「ん?」
「ここの書庫は大きいですか?」
「知らないけど立ち入り禁止だよ今日は」
チッ。入り浸ってやろうとしたのに。顔パスでなんとかならないのか大手企業。
「吉宗。凛音と一緒にいてね。挨拶が済んだらそっちに行くから」
「ん」
上三人はさっさと行ってしまう。仕事が早いんだから尊敬するよ。
「とりあえず何するか」
「読し……」
「飯食うぞ」
駄目なの? 麗子姉さんいいって言ってくれたよ? ていうか他に人がいないと兄さんが遮り役なの。
そのまま兄さんに引きずられて会場へ。お夕飯なら食べます。ただ飯。
「何食べたい?」
「トマト」
何でまた、みたいな顔せんでくれ。酸っぱいものが食べたいんだよ。
え? ならオレンジとかもあるって? 野菜がいいんだよ! ベジタリアンなの!
「ほら」
「うん。でもね、何で皿いっぱいに持ってくんの?」
「麗子に沢山食べさせろって言われてるから」
「……ありがとう」
姉さんは多分「(色んなものを)沢山食べさせろ」って言ったんじゃないかな。
こんなに食えると思ってんのかこの兄は。
ちょっと抜けてんだよなこの人。
とりあえず一口目。うーん甘いな。もう少し酸っぱい方が美味しいけど。
もぐもぐもぐもぐ。
「お前よく飽きないな」
持ってきた奴が言うな。こう見えても残すのは許せないんです。
肉は例外。マヨネーズに塩に生に。
もぐもぐもぐもぐ。
「おや。六条家の次男殿ではないか」
「え? あ、お久しぶりです。その節はどうも」
吉宗兄さんが笑ってる。作り笑いってことはお得意様かな?
私は邪魔にならないように少し離れて。
「そこのお嬢さんは?」
呼び止められちまった。無視してるとやっぱり評判は落ちるよね。
「初めまして。根尾凛音です」
笑顔は無理なので勘弁して。つとめて明るい声を出すので察して。
「ああ。引きこもりの問題児か!」
室内に響き渡る大声で言われる。
わざと? わざと以外に何があるんだか。
やめろ目立つ。ほら皆こっちに視線を。
「とうとう追い出されてしまったのかい? 六条家に可愛がられて良かったね。でなければ今頃路頭に困ってるところだろう。ま、すぐ捨てられるだろうけど」
止めた方がいいよおじさん。なんか嫌な予感がするから。
ほらなんか寒気がしてきたよ。冷房の効きすぎだと思わせて。
「君は言い返しもできないのかい?」
「あの」
それより聞きたいことあったんだよね。話遮られちゃって今更申し訳ないんだけど。
「どちら様なんでしょうかあなたは?」
おじさんが固まる。
仕方ないでしょ、名前知らないんだから。
「初対面の方なので名前も知らないのです。私は名乗りましたのでそちらもどうぞ。話し合うのはそこからです」
「な……お前などに何故名乗らなければならない!」
「そんなこと言われてもそれが礼儀だと教えられてるので。それと私は捨てられてません。書庫でじっとしてるだけなので邪魔にもなっていませんし」
穏便に済ましたい。
何かほんとにやばい気がして来てるから。
主に後ろから! 最強寒波×5くらいのレベルで!
「ふ、ふざけるな! どうせ強がりだろう。感情なんてないくせによくそんな口答えができるな」
感情あんだっつーの。もう何回目なんだかこの誤解。
後言い返せっつったのあんただからな。私は律儀だぞ。
「……」
「落ちこぼれ如きがこんなところに来るんじゃない!」
手をべしり! と叩かれる。
あ、お皿が。
可愛いトマト達が。
「六条家だって迷惑に決まっているだろう。な……」
「残念ながら見当違いですよ、佐伯さん」
この人佐伯さんって言うのね。へえー……じゃない!
やばい。六条のおじさんのこの声は半端じゃなくやばい!!
ていうか私、後ろ向きたくない。五人分の殺気が伝わってきてるから!
恐らく振り向いたら死ぬ。
ここ一週間は悪夢を見る。
「凛音はちゃんとした家族ですので。家族を捨てるような非道な家だと思っておられるのですか?」
「い、いえそんなことは……ただこの娘が」
「凛音が何ですか? 礼儀も知らないような方に何かしたでしょうか?」
あ、逃げたい。めっちゃ挟み撃ちじゃん。
佐伯さん助けを求めるような視線送ってこないで。
私も止められないの。止められるの桃李兄さんだけなの。
いやまこちゃんとかいっぱいいるけど多分加勢するから!
「家族への侮辱は六条家にとってタブーなものです。凛音の気を悪くさせていない今ならまだ許せますから速やかにお帰りになったらどうでしょうか?」
逃げて!
私全くこれっぽっちも怒ってないから佐伯さん超逃げて!
あ、よし。念が届い……た?
「り・ん・ね・ちゃん? どうして逃げようとしてるのかな?」
あなた達が怖いからですお姉様。私は平穏無事に読書を。
「またちょっかい出されるかもしれないし側にいるわ」
「あ、挨拶は?」
「そんなの無視無視。一通り済んだし」
その後、六条家に怯えた人達は私に全く近づいて来ず、四人の警戒態勢も強まったことは言うまでもない。
また読書できなかった。




