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君のいる世界  作者: 田鰻
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予兆 - 12

森から開けた空間に出た途端、ウィルは隠そうともせず目を見張り、続けて庭園の中央にそびえ立つ洋館を見た時には、紛うことなき感嘆の声を抑えられなかった。

その目で直に見るまで半信半疑であった建物が、現実としてそこに在るという事に。そして庭園と洋館とが織りなす調和の、その見事さにである。

建築美とは無縁に生きてきた彼でさえ、見上げる威容には無条件で胸を打たれずにはいられなかった。

誰の目に触れる事もなく、悠久の時をひっそりと森に埋もれて過ごしてきた歴史の重み。それは正直なところ太古より生きてきたという不老不死の吸血鬼より、余程彼の心に強く訴えかけた。

様々な富裕層に仕えた経験を持つ彼だったが、ここまでの立派な屋敷はまず滅多にお目にかかれない。

何よりこの屋敷には、本来ならば必ずある、主たる人間の暮らす匂いが極めて薄い。要は、こうした豪邸について回る厭らしい金の匂いが一切しないのだ。

もっとも持ち主が、そうした物に無頓着な魔の棲まう館である事を考えれば、それも当たり前の話であった。


そんなウィルを、従者達と引き合わせる時がやってきた。

クレストにとっては、密かに緊張する瞬間である。

さすがに今度ばかりは、フィリアを連れ帰った時とは事情が違った。

相手は明確な侵入者であり、主に害成そうとした敵である。メイトリアークとパトリアークの目は幾らか険しい。

2人を前にして、ウィルは肩を竦めた。肝は座っている。あるいは今更ながら自暴自棄になっているのか。主の決定である以上、従者達がそれに逆らってウィルを攻撃する可能性は無いだろうが、一応、ウィルを庇う意思を示す為に、彼に半分重なる形でクレストが前に立つ。意図はそれで充分伝わったらしく、メイトリアークとパトリアークは、表向きは警戒を解いた。

あくまで表向きは、であるが。

先に口を開いたのはメイトリアークだった。


「真祖が人間収集趣味だとは存じ上げませんでした。これだけ長くお仕えしながら、不手際を陳謝致します」

「見境なく何でもかんでも拾ってきてるみたいに言わないでくれ……それから彼は協力者だ。お客だよ」

「協力者の立場にある者が、必ずしも協力してくれるとは限りません」

「……やっぱり文句のひとつも言いたいよね」


彼はメイトリアークではなく、ウィルの顔を横目で見ながら言った。

歓迎からは程遠い雰囲気に気を悪くして、折角の決定を覆されては振り出しに戻ってしまう。

まさか、とメイトリアークは否定した。


「真祖のなさる事に、僕如きの身で文句など付けられましょうか、不遜な。

まして対象は年若い人間の男性一人、メイトリアークは貴殿の来訪を歓迎致します」

「……言っておくけど、同意を得ずに食らったりしてはいけないよ」

「承知しております」

「なんか物騒なこと言ってんぞおい」

「ええと、彼女はね……」

「……いや、いい。なんとなくあの目付きでわかる」


さり気なく、ウィルはメイトリアークから更に半歩分の距離を取る。

当のメイトリアークは素知らぬ顔に戻っている。一瞬垣間見えた瞳の光も消えていた。

ともあれメイトリアークの言質は取れた。これで彼女が、緊急時を除きウィルに危害を加える事はない。緊急時というのは無論、ウィルの裏切る時である。同時にそれは彼の死をも意味している。

次はパトリアークである。しかしプールの時に一言命令さえすれば済むと言われたばかりであるのに、いちいち了承を取らずにはいられないクレストの性格は、つくづく主という立場に向いていない。

それこそこうやって、無断で人間を拾ってくる程度が関の山なのである。


「君にも手間をかけさせるけど、どうか宜しく頼むよ」

「勿体無いお言葉でございます、真祖。

先日申し上げました通り、わたくしにとってあまねく不確定要素は装飾品。

ならばこれもまた然り、でございます。パトリアークは貴殿の来訪を歓迎致します」

「……言っておくけど、同意を得ずに着替えさせたりしてはいけないよ」

「承知しております。同意を得てから玩具にさせて頂くように致しましょう」

「………………」


にっこりとパトリアークが微笑んだ。

仕草に品があるぶん余計にタチが悪く見える。しかも具体的言明は避けたメイトリアークよりも露骨である。

従者達への面通しという通過儀礼を済ませたウィルは、短時間でげっそりした顔を隣のクレストに向けた。


「ひでえ扱いされてんぞ。

やっぱ来るんじゃなかった、くそ」

「ええと……ごめん。悪い子たちじゃないんだよ」

「悪意がねえならより最悪だよ」

「……そうかもしれない」


クレストが肩を落とす。


「ま、来ちまったもんは幾ら嘆いても始まらねぇ。

……で、こいつが」


ウィルがじろりとフィリアを見る。

興味半分、警戒半分で見に来ていたフィリアは、迂闊にも従者達から少し離れた位置に立っていた。


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