ステラ 母というより姉です
「わ、私まで?」
「もちろん、家族ですから」
「いいか、トーレ」
そう言ってアインス兄様は切々と語り出す。
「私たちはまだ幼いフィーラとフェムの手本になるようにしなければならない」
オレの目の前で真面目な顔してソファに座るアインス兄様は、やはり真面目な声をして言った。
「そして、今日来られる母様がすぐに馴染めるようするためにも、積極的に声をかけなければなるまい」
「そういうものですか?」
オレは用意されたお茶を冷ましながらちびちびと飲みながら、アインス兄様の言葉を聞いていた。
「ああ。それに来たばかりでは心細いだろうと思う」
「それは……そうですね」
父上とフェリクスは何度かあったことがあるみたいだが、オレたちは今日が初対面だし、母様たちもそうらしい。
オレは家族が1人増えるだけだから大きく環境が変わるわけじゃないけど、今日から来る新しい母様からすれば環境がガラリと変わるわけだもんな。
ほぼ全く知らない場所にいきなり1人放り込まれるのは、オレだって怖いし心細くなるだろう。
「私たちが打ち解ければ、民にも受け入れてもらいやすくなる。それは両国にとってもいいことだ」
「そういうもんか」
そうだと力強く頷いたアインス兄様がカップのお茶を飲み干したとき、使用人が呼びに来たのでオレはアインス兄様と歓迎のために部屋を出た。
アルク兄様は体調を崩しているので自室でゆっくりとしている。
今日はオレたちにとって4人目の母様になる、ステラ母様が嫁いでくる日だ。
ひとまず今日は家族だけで、明日から大臣たちや国民に顔を見せていくらしい。
ステラ母様がいる部屋に行く前にオレとアインス兄様はフィーラとフェムと合流してから中に入る。
「あの人の妻となるのだから堂々なさい」
「そうですよ〜。子供たちに笑われちゃいますぅ」
「慌てないでゆっくりでいいですからね」
「は、はい」
中に入って初めに聞こえてきたのはそんな会話だった。先に母様たちは挨拶をしていたらしい。
ステラ母様は、他の母様よりも若かった。それでなんかおどおどとしている人だった。
我が家ではあまり見かけないタイプで、強いていうならフェムに似ている気がした。ちょっとおどおどとしているのが。
自己紹介の挨拶は年齢順に、なのでまずはアインス兄様から。
「初めまして、ステラ母様。心より歓迎申し上げます。私が長男のアインスで、母は側妃のイクル母様です」
と、堅苦しい挨拶をして手のひらでイクル母様を指す。
それから、次男のアルク兄様がこの場にいないことを簡潔に説明をしてからオレの番が回って来る。
「これからよろしくお願いします、ステラ母様。で、オレが三男のトーレ。母様はそこの目つきの鋭いカトレア母様」
キッツイ視線がカトレア母様から飛んできたけど、まぁ呆れてる感じだしお咎めなしってことでいいのかな。
「フィーラ、フェム。新しい母様に名前、教えてあげて」
「フィーラだよ〜」
「フェム、です」
自分の名前がちゃんと言えたことにアインス兄様が褒めて、2人の母を伝える。
一般的に考えれば正妃と側妃の子だと大きく扱いが異なったりするので、誰の子だっていうのは重要だったりする。
我が家は父上と正妃のミア母様が平等だと公言しているので特にそういうことは重要ではなく、あまり気にされていない。
扱いに差が出ているという点では、身体の弱いアルク兄様が丁重に扱われているくらいで、他は大して変わらないが。
今日からは10人家族だ。
☆☆☆
ステラ母様がやってきて2週間。
距離を縮めようとアインス兄様は奮闘するも、ステラ母様はオレたちにすら気を使っていて全くと言っていいほど距離は縮まっていない。
ま、アインス兄様が堅苦しいのもあるんだけど。
その妙な距離感もあってステラ母様に幼いフィーラもフェムは警戒感をもっているらしく、誰かがついていないと逃げ出している。
アルク兄様も部屋から出れない日が続いていて、ステラ母様とゆっくり話をする機会が持てなかった。
大人たちというと、ステラ母様が慣れるまでに時間が必要だと家族としては接しているがそれ以上のことはしていない。無理に距離を縮めようということはしてなかった。
オレはというと、ちょっとしたきっかけからステラ母様の元に遊びに行くことが多くてなっていて、今日もそのためにステラ母様のところでお茶を飲みつつ作業をしていると、アインス兄様がやってきた。
「ステラ母様、時間がおありでした親睦を深めるために一緒にお茶でも……トーレ、来てたのか」
「はい、アインス兄様。教わることがありまして」
「ちょっと、トーレ君⁈」
ステラ母様が止めるのを振り払ってオレは手に持っていた針と布をアインス兄様に見せる。
「刺繍?なぜ男のお前がそのようなことをしているんだ」
当然の質問だ。
裁縫なんてのは女性の仕事。城内でも針仕事をするのは全て女の人だし、刺繍は令嬢たちの嗜みであって男がやることじゃないことだ。
ま、服職人となれば男の人がやってるんだけどな。
「刺繍ってお守りになるっていうじゃないですか。だから、来年のアルク兄様の誕生日に贈ろうと思って」
「そう、か。アルクに……」
正直に答えるならそう。
オレがアルク兄様に出来ることと言えば、元気な姿を見せてアルク兄様が寂しくならないように元気づけることだけだ。
腕のいい医者も、効き目のある薬を探すことも、父上たちが自分の力を持ってすでにやっていることで、あとオレがやれることと言えば祈るくらいだ。
「それにアルク兄様のそばでずっと本を読んでいるのも飽きるので。これなら静かに出来ますし」
「お前は……。しかし、今年の誕生日も来ていないに来年の話か」
「すぐ上手にはなりませんから。出来るようになったらアインス兄様にも贈りますね」
呆れたようなアインス兄様は笑って、楽しみにしていると言ってオレのやっていることについてはこれ以上何も言うつもりはなさそうだ。
「それにしてもトーレがステラ母様ともう仲良くなっているとは驚いた」
「刺繍の本を読みながら歩いて母様にぶつかってしまって、そこからです。他の母様たち教わるのも恥ずかしくて、どうしようかと思っていたので教わることにしたんです」
理由を説明すれば他の母様たちも教えてくれるとは思う。
だけど、それを口にするのも恥ずかしいのでステラ母様がいてくれて助かった。
「そうだったのか」
「はい。それに失礼かもしれないですけどステラ母様は、母様っていうより姉様って感じで打ち解けやすくて」
ま、年齢はオレたちの方が母様たちと比べると少し近いし。なんかその方がしっくり来るんだよな。
「それなら、姉様として接してくれると嬉しい。同じくらいの弟がいるの」
「しかし、それは」
「別にいいのでは、アインス兄様。こういう場ではそれで」
葛藤するアインス兄様をよそに、その日からオレはステラ母様を正式に歳の離れた姉として接することにする。
結局、アインス兄様もその形で落ち着くことになった。まぁ、目上の人に対する対応なのは変わらないので似たようなものなんだけどな。




