カトレア 意外と優しい母様です
「まぁ、母様のことを書いてくれたのね。嬉しいわ、トーレ」
「順番ですから」
今回はトーレの幼少期です。
「やり直しよ、トーレ」
――パシリ。
オレの手のすぐそばで叩かれた教鞭は小気味いい音を鳴らした。
カトレア母様の方をチラリと覗き見れば、カトレア母様がひどく冷たい目をして怒っているようにも見えた。
だけど冷たい目はカトレア母様の標準装備なので、別に怒っているわけでもないのだろうけど。
それにオレはカトレア母様がたかだか数回出来なかったくらいで怒るような人じゃないのはよく分かっている。
ただ、自前の鋭い目つきのせいでそんなふうに見えてしまうだけだって。
「母様、もう明日にしない?このままやっても上手く行くとは思えないんだけど」
「ダメよ」
「はーい」
何度目かの繰り返し。
教える側のカトレア母様よりも、教わる側のオレの方が嫌になって、ついやる気のない間延びした返事になってしまう。
まぁ、血の繋がった実の親子だったこともあって、他の母様より砕けた感じになってたりもするんだけど。
カトレア母様はため息を吐くと、ペンを握ったオレの手を後ろから包み込むように握るとゆっくりとその手を動かしていく。
「ゆっくりとこうやって書くのよ」
そう言ってカトレア母様と一緒に書いた文字はお手本と遜色ないほど綺麗なもので、さっきまでオレ1人で書いていたミミズがのたうち回っているような文字とは比べ物にならないほどだった。
「ほら、もう一度やってみなさい。今度はゆっくりと、お手本をよく見て」
「はーい」
今度はゆっくりと、お手本を見ながら書いていく。
上手く書けないのは承知の上で、カトレア母様から合格が貰えるまで何度も、何度も。
「いいわ。今日はここまでにしましょう」
「やーっと、終わった。ありがとうございました」
勉強を教わったことへの礼をカトレア母様に伝えて、自分の部屋に戻ろうとしてカトレア母様に引き止められた。
「待ちなさい、トーレ」
近くにいた侍女にすぐお茶の用意をとカトレア母様が指示をだし、事前に用意されてたかのような時間でお茶とお菓子が用意される。
「頑張ったご褒美よ」
「いただきます」
即座に椅子に座り直したオレはすぐに用意されたお菓子のケーキに手を伸ばす。
シンプルなチョコレートケーキは好物だけど、オレの好みの安っぽい味のは城で出されることはなく、滅多に食べることのできないものだ。
「ごちそうさまでした」
「やっぱり好きなのね、それ。買ってきたかいがあったわ」
と、上機嫌に笑うカトレア母様に礼を伝えてオレは今度こそ自分の部屋に戻った。
それからオレは退屈もあってアルク兄様の部屋に向かった。
「あれ、アルク兄様は?」
そこにはミア母様とイクル母様の姿はあれど、アルク兄様の姿は見えなかった。
一瞬不安が湧き上がったがそれはすぐに母様によって解消された。
「アルクなら父上に呼ばれて留守にしてるわ」
「すぐに戻ってきますよぅ」
「そうですか」
出直そうとしたが母様たちに引き止められたオレは、母様たちと一緒にアルク兄様を待つことにした。
別に居心地が悪いわけじゃないから。
「トーレ、今日はどんなお勉強をしたの?」
「字の練習です。上手く書けるまで何度もやらされるんです」
すごく厳しいのだと零せば母様たちはオレの様子を見てクスクスと笑ってそれから言う。
「でも、それだけではなかったみたいね」
「それは……ご褒美だっておやつ、出してもらいましたから」
なんとなく言うのが恥ずかしくなって声は小さくなってしまったが、誰にも教えてないはずの好物がカトレア母様にはバレていたので仕方がない。もしかしたら父上にも知られてるかもな。
「やっぱり〜、トーレ君には甘くなってしまいますよねぇ」
「そうね。私も思うことはあるもの」
母様たちの言い方だと、まるでオレに対してミア母様とイクル母様も甘くなりかけると言うように聞こえた。
甘やかす云々と言うのなら、身体の弱いアルク兄様なのではないかとオレは首を傾げる。
オレは自分が極々普通の何か突出した特技も全くない人間だと、字を学び始めたこの年齢ですでに気づいていた。
だから兄弟の中で特別視される理由も見当たらないし、それを言うならば産まれたばかりのフィーラやフェムの方がよっぽど可愛くて甘やかしたくなるものだと思う。
「トーレは知らないものね」
「カトレアさんは〜、怪我だったか病気だったかで子供が産めないって言われてたんですよ〜」
「カトレアさんがトーレを身ごもったとき、母様たちはみんなで泣きあったのよ」
まだこの時幼かったオレには母様たちのその思いを知る術もなく、ただそれがひどく特別なことだったと伝わってきたがそれ以上のことは分からなかった。
優しい笑みを浮かべる母様たちはカトレアさんには内緒よと口元に手を当て、オレはそれに頷いた。
なんとなく、母様たちの様子からカトレア母様にとってオレに知られたくないもののように感じたから。
しばらくして、アルク兄様が戻ってきた。
「お帰りなさい、アルク兄様。遊びにきちゃいました」
「今日はお客さんの多い日だね。持ってきて良かった」
そう言ってアルク兄様は抱えていた箱を机上に置いた。
「母様たちも時間があるようでしたら一緒にやりませんか?」
オレは箱を開けて、中身を広げていく。
箱の中身はスゴロクで、大抵はオレとアルク兄様、アインス兄様の3人でしか遊ぶことはない。まだフィーラもフェムも幼いすぎて一緒に遊ぶことは出来ないから。
面白いけれど、いつも同じメンバーなわけで考えが読めてしまうあたりはつまらないのだ。
「いいわよ」
「たまには〜、楽しそうですぅ」
母様たちがそれぞれの駒を持ち、オレとアルク兄様もいつもの駒を持ち、順番を決めるためにサイコロを順番に振り始めた。
ミア、イクル、カトレアは同時期に嫁いでいて順番は関係ない模様。
本来はイクルが正妃になるべきだったが、性格などを考えてミアが正妃に。
カトレアは女性で頭が切れることもありよく思わない人もいるため側妃になりました。




