イクル 迷子の常習犯
「トーレ君、私がしっかり者だって知らせてくださいね」
「えーと、善処します」
フェムに遊びに誘われたオレは、やることもないので一緒に遊ぶことにしてボールを持って庭に出た。
今日は比較的過ごしやすい気温で、外で昼寝をするにも適した感じだ。
今度どこかにハンモックでもかけるようにするか。後で庭師に聞くとしよう。
「トーレ兄様は兄様と良く一緒遊んだ?」
「ん、まあな。良く遊んだよ」
大きめのボールでキャッチボールをしながらフェムが聞いてくる。
オレは良く兄様たちと遊んだけど、フェムやフィーラはそんな機会があまりなかったからな。
フェムたちが少し大きくなった頃には、兄様たちも勉強が本格的になってきて忙しくしてたし、ステラ母様が嫁いできたこともあってそっちの受け入れとかもあったし、なかなか一緒に遊ぶ時間も作れなかったんだよな。
ま、父上の家族の交流時間だけはあったけど。
「どんなことしてたの?」
「そうだな。アインス兄様ならこうやって外で遊ぶことが多かったな」
何をやるにも全力で手を抜かないアインス兄様とはキャッチボールも成立してたかと言えば微妙なラインだったりもするが、アインス兄様なりに気は使ってたりはしてたか。
ま、不器用とも言えるアインス兄様だから仕方ないとも言える。
「アルク兄様とは部屋の中で、トランプとかスゴロクやって遊んだよ。たまにドミノもやったな」
アルク兄様は熱出して寝込むこともあるから、極力室内でゆっくりするが基本のために遊ぶのもじっと座ってできるのが多かった。
ドミノは部屋から飛び出して並べて、母様たちに怒られたっけ。父上は褒めてくれたけど。
「そうなんだ。今度誘ったら一緒に遊んでくれるかな?」
不安げにフェムが言う。
フェムは兄様たちが忙しいのもわかっているから、自分から遊びにたいとは兄様たちに言いにくいのだろう。
オレ?オレはそんなに忙しいわけじゃないから。町に出ようしてない限りはそれなりに余裕はある。
「もちろん。それなら今度、アルク兄様のとこに一緒に行くか?オレはよく顔だしてるから」
「うん!」
アルク兄様のことは心配だし、よく行くんだよな。
それに我が家でリウに次ぐ2番目の癒しだから、アルク兄様は。
そんな感じで話をしながら遊んでいると、フラフラと歩いてこっちにくるイクル母様が。
「トーレ君、フェム。何をしているのかしら〜?」
「母様!」
イクル母様に声をかけられてフェムが走ってイクル母様に駆け寄る。
「トーレ兄様に遊んでもらってたの」
「あら、そうだったの。良かったわね〜」
相変わらずのんびりとした口調で話すイクル母様。
オレは時折、この人と血が繋がってるのはフェムじゃなくてフィーラだと思うことがある。取り違えがない以上、正真正銘フェムがイクル母様の子供になるけどフィーラの方がそっくりなんだよな。
「イクル母様はどうしてこちらに、また迷子ですか?」
「もう、トーレ君たら。さすがに20年近く暮らしている家で迷子になんてなりませんよぅ」
そっか、やっと覚えられんだ。どちらかと言えば方向音痴のせいなんだけど、現在地すら分かってないからイクル母様は。
クスクスと穏やかに笑ってるけど、イクル母様は去年辺りも城の中で迷子になってるからな。昔からたまたま散歩中に見つけた迷子のイクル母様を目的地まで案内することがどれほどあったことか。
「そうでしたか」
「ここに来たのは〜、えっと、どうしてだったかしら。トーレ君、知らない?」
毎回オレに聞いてくるけど、オレはフェリクスみたく全員分の予定把握してるわけじゃないから。毎回、予定を知ってるわけもないんだが。
「分からないですね。ここに来るまでは何をしていたのですか?」
「そうね〜、今日はみんなと朝ごはんを食べて〜……」
あー、そこからかぁ。
話が長くなるが仕方ない。ここで止めたらまた1からやり直しになるし、もしかしたらここにイクル母様がいるヒントがどこかにあるかもしれない。
家にいる全員で揃っての朝食後、イクル母様はステラ母様のところでリウをかまって遊んでいたらしい。
その後、一度部屋に戻ってしばらく外交のために家を空ける父上のためにお守り代わりの刺繍をハンカチにしていたという。ちなみにイクル母様のセンスは壊滅的であるが、父上はそこもイクルの魅力だと喜んで受け取っている。
それがなかなかにいい出来だったよう、ミア母様とカトレア母様に見せに行き、ついでにそれぞれのところでお茶を飲んできたと。
それから昼食の時間になったので昼食を取るためにリビングに向かい、食べ終わると頼んでいた薬草が届いたというのでそれを確認に向かった。
そこで庭園の花が見頃だと聞いて観に行こうとしていた――そこでイクル母様の話は終わる。
つまり、イクル母様がここにいる理由は花が見頃だという庭園に向かう途中ということでいいはずだ。
それなら良かった。これがオレやフェムへの伝言を持ってきたとかだったら困るところだ。
ま、イクル母様に伝言を頼む人もいないだろうけどな。なにせ正確に伝言を運べないから。
「それなら、奥じゃなくて玄関の方だと思いますよ」
オレは城の出入口の方を指差す。
使用人たちの間で話題になるとしたらそこだろう。毎年、色とりどりの花が咲き乱れて城内だけじゃなく城下でも話題になる。
そのため出入口付近の庭園だけは一般開放をして誰でも見学出来るようにされている。
と、なるとイクル母様を1人で向かわせるわけにもいかない。いくら警備が立っていると言っても侍女や護衛の1人もつけずに行くのはよくはない。
「フェム。オレたちも行ってみるか?」
「……うん」
少し考えてからコクリと頷いたフェムは、オレの言いたいことをちゃんと汲んでくれたらしい。イクル母様を1人にしないと言うことを。
どのみち庭園に向かうには城に戻らなければならないので、一度城に戻る。
そこでイクル母様の侍女と護衛を呼んで、オレは今のラフすぎる格好で王子として人前に出るのはどうかと思ったので、着替えも面倒だから上着だけ羽織っておいた。これで少しはマシになるだろう。
ついでにボールも片付けた。
庭園の向かうとオレたちに気がついた人たちが声を上げ、その場にいた全員がこちらを向く。
イクル母様はヒラヒラと優雅に手を振り、ゆっくりと庭園を歩き始め、見て回りながら庭園の見物客に声をかけている。
この場は王族と直接会話が出来る滅多にない機会だ。
オレは慣れない機会に不安で手を繋いでくるフェムと辺りを見てまわりながら、貼り付けた笑顔で手を振り声をかける。
これも国を円滑に回すための1つだ。
とは言っても、イクル母様から目を離すことは出来ないのでオレたちはイクル母様の近くにはいる。
気がついたらどこにもいないなんてこともイクル母様はあるし。何よりこの天然の母様は、時に通訳が必要になる。
同じ言語で話しているはずのなのにたまに家族という通訳が必要とされる。ま、その辺りも家族仲が良いと言われる要因の1つなんだろう。
庭園から城に戻る間際、写真を頼まれたのでスリーショットで写ったのだが、後日それを見た父上が自分も写りたかったと大層悔しがっていたとだけ追記しておく。




