ミスフィード家の魔道具
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』のコミック12巻が5月15日に発売です。
内容は道中の話でスライム枕、ジェンガ、キッカ、ダグラスの船に乗船などですね。よろしくお願いします。
どれくらい歩いただろうか。
目的地はまだ? とぼんやり考えたところでシューゲルが足を止めた。
重厚な扉には鍵穴があり、シューゲルが懐から取り出した鍵を差し込み、魔力を差し込む。
すると、扉全体に魔力が広がって、ガチャリと鍵の開く音が聞こえた。
「ようこそ、ミスフィード家の保有する魔道具コレクションへ」
石造りの薄暗い室内の中にはミスフィード家の保有する魔道具たちが陳列されていた。
床には柔らかい毛質の赤い絨毯が敷かれており、ショーケースがいくつも並べられている。
ケースの中には見たことのない形をした魔道具が収まっていた。
「すごーい! パパの魔道具増えた?」
「ああ、前にラーナを案内した時から三十個ほど増えたよ」
ラーちゃんに自慢するかのようにシューゲルが言う。
ちょっと期間が空いただけでそれだけの数が増えるのか。すごいな。
「ここにあるものは何でも貰ってもいいのでしょうか?」
「さすがに限度があるが大体のものは融通しよう。アルフリート殿がギデオンに伝えてくれた技術にはそれほどの価値がある」
ギデオンが習得の兆しを見せた詠唱破棄をシューゲルは高く評価してくれているようだ。
ありがたい。
大体の物が貰えるのなら遠慮はないな。
「アル、わからないものがあったら教えてあげるよ?」
ラーちゃんが自分に聞いて欲しいと言わんばかりに言ってくる。
ここにある魔道具はわからないものばかりなので遠慮なく尋ねることにした。
「この杖は?」
「魔力をチャージすると炎が出る!」
「じゃあ、こっちの黄色い杖は?」
「魔力をチャージすると雷が出る!」
どうやらこのショーケースにある杖たちは魔力を注入することで属性魔法を放つことができるらしい。
属性適性に乏しいものであれば、弱点を補うのに有用かもしれないが、すべての属性を扱うことのできる俺には不要だな。
杖に見切りをつけた俺は次のショーケースへと移動する。
「この指輪は?」
「障壁が出せるようになる!」
「へー、ちょっと使ってみてもいいですか?」
「もちろん」
シューゲルに許可を貰って指輪を手にはめてみる。
指輪に魔力を込めると、俺の目の前に障壁が展開された。
「うええ、融通が利かない」
すぐに目の前に出せることは利点かもしれないが、障壁を作り出す場所を指定するのに時間がかかるし、障壁の大きさを変えることもできない。強度の増減をすることもできないし、途中で変形なんて真似もできない。
シールドを無詠唱で自在に扱える俺にとっては不要でしかない。
「はははは、この魔道具は魔法の使えない者のために作られているからな!」
俺にとっては無用の長物であっても、シールドを作り出すことのできない一般人からすれば心強い自衛の魔道具となるのだろう。
「アルフリート殿ほどの使い手であれば、こちらの魔道具の方が面白いかもしれぬ」
シューゲルに手招きされて移動してみる。
「この眼鏡、レンズがありませんよ?」
「かけてフレームにあるスイッチを押してみるといい」
シューゲルに言われた通りにすると、突如として水の薄い膜が出来上がった。
「ああ! 水の膜を作成することによって目のピントを合わせてくれるのですね」
「ああ、水眼鏡という」
確かにこれまでの戦闘用魔道具と違って面白い。
生活を豊かにしてくれる俺好みの魔道具だ。
執務仕事の多いノルド父さんや、読書が大好きなシルヴィオ兄さん辺りが貰えると喜ぶだろうな。
「パパ、こっちの赤い衣はなにー?」
ラーちゃんも知らない魔道具だったのだろう。ハンガーにかけられた赤い衣を手にしながら尋ねる。
「それは火鼠の衣。火山の奥深くに住む、火鼠の皮に魔法を付与してある。それがあれば暑さを和らげてくれるだけでなく、中級くらいまでの火魔法を防いでくれるだろう」
ふむ、後半の能力はどうでもいいけど、前半の能力は魅力的だ。
これがあればラズールの砂漠を歩いていても割と平気かもしれない。
だけど、既にラジェリカやジャイサールといった街に転移で行ける以上、今となってはそこまで重要な魔道具ではないのかもしれない。
他にもラーちゃんが尋ね、二属性の魔法を放てる杖や、光魔法で炎を再現したランプといった魔道具が紹介されていく。興味のあるものだけをしっかりと聞き、そうでないものを聞き逃していると不意に豪奢なショーケースがあることに気が付いた。
「これは治癒の指輪だ。捧げた魔力に応じて回復魔法を行使することができる」
「……それはすごいですね」
シンプルに感動した。そんなすごい魔道具があるとは。
「残念ながらこればかりはアルフリート殿にも譲ることはできない。これは神聖イスタニア帝国の聖女に作って貰った使い切りの魔道具でな」
「少し残念ですが、仕方ないですね」
前世に比べると、医療技術の発達が遅れている異世界だ。回数制限があるとはいえ、捧げた魔力に応じて傷を治してくれるなんて魔道具の価値はとんでもないに違いない。
まあ、俺も一応回復魔法は使えるのでそこまで残念ではないけど、そういう態度を見せておく。
「この部屋には色々な魔道具があって楽しいですね!」
「アルフリート殿もわかってくれるか! 魔道具の浪漫を! いやー、うちの妻はどうにも魔道具の良さをわかってくれなくてな――」
そんなただのあり触れた言葉でしかないのだが、シューゲルのスイッチを押してしまったようだ。彼の魔道具に対する並々ならぬ熱意の言葉が漏れ出てくる。
いや、ただ俺は生活を便利にしてくれる道具だから好きってわけで、シューゲルのように魔道具を集めることが好きだったり、浪漫を感じているわけじゃないのだが。
とはいえ、魔道具好きな彼から貰い受けるのだ。今更大して興味がないなんて言えるわけがない。
グレゴールの人形トークをいなすようにふんふんと頷いていると、見覚えのある魔道具が目に入った。
「あっ、ヴァーシェルだ」
「それは有名なヴァーシェル製作者バリトンが作成したものだ。学園で支給されているヴァーシェルとは素材が違う上に、なにより奏でられる音色が違う」
「触れてみても?」
「ああ、構わんさ」
シューゲルの私物ではあるが、ヴァーシェルには一度触れたことがある。
高級品のヴァーシェルとやらの音色がどんなものか気になった。
ショーケースからヴァーシェルを出してもらって受け取る。
指先に魔力を集めると、ヴァーシェルに沿わせるように弦を作り出した。
「ふむ。並のものではすべての弦を張ることすらできないというのに流石だな」
確かにある程度の魔力操作ができなければ、弦を張ることすら覚束ないだろうな。
弦の数が増えるということはそれだけ維持をするのが困難になるというわけだし。
一本一本に最適な魔力を通すと、試すように鳴らしてみる。
「あっ、本当だ。ぜんぜん違う……」
弾いてみてすぐにわかった。音の豊かさがまったく違うと。
「音の倍音の多さ、響きの伸びやかさ、音の立ち上がりの反応の良さがまったく違うであろう?」
このヴァーシェルであれば、ホールなんかに大勢の人を呼んでも十分に聴かせられるだろうという確信があった。
「猫、ふんじゃった……猫、ふんじゃった」
「あはは、なにそれー」
試しに軽く曲を弾いてみると、ラーちゃんが楽しそうに笑った。
ウォーターショーの時にも弾いたけど、同じ曲なのにまったく違う曲に聞こえるほどだ。
「このヴァーシェルいいですね」
魔法学園に行くつもりはないが、音楽を趣味の一つとしてするのは悪くない。
「ヴァーシェルでいいのであれば、それを譲ろうことにしよう」
「ありがとうございます」
「しかし、ヴァーシェル一つを対価するのは少し安いな。私の勘違いによる詫びの意味も込めて、もう一つだけ魔道具を進呈しよう」
「本当ですか!?」
もう一つ魔道具をくれるのであれば、ありがたく貰っておくべきだ。
とはいえ、既に一つ貰っているので高価なものを貰うのは忍びない。
何かほどほどの性能をした面白い魔道具がないかと探していると、赤い龍の形をした模型を見つけた。
●
「あら、アル。ご機嫌そうね?」
シューゲルから魔道具を貰って部屋に戻ろうとすると、ホールのソファーでエルナ母さんとノルド父さんがお茶をしていた。
なんで私室じゃなくてホールなんだろうと思ったけど、スロウレット家の屋敷に慣れきっているので過剰に広い部屋は落ち着かないんだろうな。
「シューゲル様からヴァーシェルを貰ったんだ」
「あら、見せてちょうだい」
エルナ母さんが興味を示していたので、俺はシューゲルから貰ったヴァーシェルを見せてあげる。
「……これすごくいいものじゃないかしら?」
「なんか学園で支給されるものとは違って特別製らしいよ? 弦が十五本くらい張れてバリトンって人が作ったらしいよ?」
「バリトンですって!?」
そう答えた瞬間、エルナ母さんが驚きの声を上げ、紅茶を口に含んでいたノルド父さんが咽た。
「……そんなにすごい人なの?」
「ヴァーシェルの演奏家としてだけでなく、製作者としての腕も一流の人物よ。彼の作ったヴァーシェルは国内に五十も存在していないわ」
音楽の世界にはまったく詳しくないが、途轍もなく有名な製作者で高級品らしい。
「確か値段は白金貨二十枚以上だったよね?」
ノルド父さんが咳き込みながらも言う。
白金貨二十枚以上の楽器ってなんだそりゃ。完全にプロとかが使うものじゃん。
咽るのも納得の一品だ。
「ちゃんと銘は……入っているわね。間違いなく本物よ」
「というかわかるんだ?」
「商会でもヴァーシェルは扱っていたし、私も少しは嗜んでいたもの」
そういえば、エルナ母さんは商会の娘だもんね。
楽器の目利きもできるとは、さすがだ。
「へー、エルナ母さんのヴァーシェルを聴いてみたいなぁ」
「…………また今度聴かせてあげるわ」
甘えるような声音で曲をリクエストすると、エルナ母さんはスッと視線を逸らした。
さっきはあんなに興味を示していたのに弾こうとしないなんて怪しい。
「もしかして、本当は弾けないんじゃ?」
「そんなことはないよ。エルナはヴァーシェルがとっても上手なんだ。今度、聴かせてくれるっていうんだからその時を楽しみにしよう」
などと煽ってみせると、ノルド父さんが優しく諭すように言ってくる。
「え、ええ。皆に聴かせられるように練習をしておくわ」
面倒くさがりのエルナ母さんでも最愛の夫に言われると弱いもの。
きっと屋敷に戻ったら愚痴を言いながらも真面目にヴァーシェルを練習するのだろうな。
これはこれで面白い展開だ。
「具体的にいつ聴かせてくれるの?」
「それは領地に戻ってから考えましょう」
「それもそうだね」
逃げられないように期日を決めようとしたが、それはエルナ母さんに阻止されてしまった。
まあ、ノルド父さんもかなり乗り気みたいだし、落ち着いたタイミングでまた話題を振ってみることにしよう。
「さっきから気になっているのだけど、脇に挟んでいる赤いものは何かしら?」
自分にとって不利な話題を流したいのだろう。エルナ母さんが別の話題を振ってくる。
「あ、これはシューゲル様から貰った魔道具だよ」
「さっきのヴァーシェルもすごいものだったのに、さらに魔道具を貰ったのかい!?」
ヴァーシェルの値段がすごかったせいかノルド父さんが妙に焦っている。
「ギデオン様にちょっと魔法を教えたお礼と、勘違いによる謝罪も兼ねてだって……」
「ああ、そういうことならまあ……」
別に俺が私財を投入したり、借金をしてまで買ったものではないと伝えると、ノルド父さんは安堵の息を吐いた。
「で、それはどういう魔道具なの?」
「見てこれ!」
「……ドラゴンの模型かしら? なんだか嫌な予感がするわ」
テーブルの上に赤いドラゴンを模した魔道具を置くと、エルナ母さんが怪訝な表情を浮かべる。
「これはただの模型じゃないんだ。これに魔力を注いで、付属の操縦機を操作すると動くんだ」
俺はシューゲルから貰った魔道具を説明しながらドラゴンの模型を浮遊させる。
「見てよ! ただ浮いてるだけじゃない! ちゃんと翼が動くようになっているんだ! さらに首の角度だって自在に変えられるし、尻尾だって動ける! すごくない!?」
「え? それだけ? 魔道具なのになんの実用性もないじゃないの?」
数多ある魔道具の中からこれを選んだ理由を述べると、エルナ母さんが真顔でぶった切ってくる。酷い。
「いやいや、遠隔操作で動かせるんだよ!? すごいじゃん!」
「遠隔操作がしたいなら無属性魔法の『サイキック』を使えばいいじゃない」
「いや、俺の場合はそうなんだけど、そうじゃないよ」
「何がなの?」
この世界にはラジコンなんてものは存在していない。
そんな中、遠隔操作を目的とした物を作ったこの魔道具がどれだけ画期的なものかエルナ母さんにはまったく理解できないようだ。
「こういう精巧な造り物を操作するってさ、ロマンがあるよね?」
「?? ごめんなさい。アルの言うロマンってものがまったく理解できないわ」
エルナ母さんに語りかけるがバッサリと否定される。
これだから女性って生き物は。
「サイキックが使えなくても誰でも遠隔操作できるんだよ?」
「は、はぁ……」
「こんなカッコいいミニドラゴンなんだよ?」
「……ええ、そうね」
だ、ダメだ。エルナ母さんが上司の長い説教を聞き流すかのような反応になっている。
「なんで? なんでこの良さをわかってくれないんだ? ノルド父さんならわかるよね?」
「……ごめん。僕もちょっとアルの言いたいことが理解できないや。アルがこんなにも熱弁しているから理解してあげたいんだけどね」
「ええ!?」
同じ男であるノルド父さんならわかってくれると思ったのに。
「ドラゴンっていうほどカッコいい生き物でもないわよ? 高慢な性格で自分以外の存在を見下しているし、いざ自分より強い相手が現れると一目散に逃げ出すのよ?」
実際にドラゴンを狩っている人なのでエルナ母さんの言葉はこれ以上ないほどに正しいのだろう。
だけど、そんな現実的な話は聞きたくなかったや。




