王都の書店
本日コミック12巻発売です!
「はぁ……他人から共感を貰えないとこんなにも悲しいものなのか」
自慢のコレクションがまったく褒められなかった時に溜まった鬱憤を人はどうやって晴らすか。それは価値がわかる者にコレクションを自慢することだ。
コリアット村であれば、トールやアスモに自慢し、羨望の眼差しを思う存分に浴びられることは間違いないけど、悲しいかな王都にそのような友人は一人もいなかった。
グレゴールとは親しくなったけど、彼は人形に関することしか興味がないのでミニドラゴンの良さを理解してくれない可能性が高い。
そんなことよりミニドラゴンをどう人形化するかについて話し合おうなどと言われればキレる自信があった。
「そう言うんだったら今からでも遅くはないわ。シューゲル様に頼んで別の魔道具にしてもらいなさい」
そんな悩みを吐露したにも関わらず、エルナ母さんが無慈悲な言葉をかけてくる。
「嫌だよ」
別に俺はこれを選んだことに後悔していない。
「あ、そう」
ミニドラゴンを抱え込むようにして言うと、エルナ母さんはこれ以上何も言うまいと言葉を切ってティーカップをテーブルに置いた。
「さて、そろそろ僕たちは出かけてくるよ」
ノルド父さんがスッとソファーから立ち上がって言う。
「買い物?」
「だったら素敵なのにね」
物憂げな表情を浮かべながらぼやくエルナ母さん。
その面倒くさげな声音からして素敵なイベントではないらしい。
「いってらっしゃい!」
「……まだ何の用事か、どこに行くかも言ってないんだけど?」
「どうせお茶会でしょ?」
「……当たりだよ」
王都にやってきて六日ほど経過した。
今回はミスフィード家の賓客として招かれているのでほとんど外出せずに過ごしていたが、スロウレット家の有名な二人がやってきているとなると噂も広がってしまうのだろう。
ということは、情報を入手した貴族たちがこれからは予定をねじ込んでくるわけか。可哀想に。
「あれ? そういえば、エルナ母さんはドレスを屋敷に置いてきたから参加できないんじゃ……」
パーティーやお茶会に誘われないようにエルナ母さんは敢えてドレスを屋敷に置いてきたはずだ。こういった時にその建前を使えば、辞退できるのではないだろうか。
などと尋ねると、エルナ母さんが実に渋い顔をする。
「フローリア様がね……快く譲ってくれたのよ」
ドレスがないことを理由に辞退しようとしたエルナ母さんであるが、その場にいたフローリア様が使用していないドレスを何着も譲ってくれただけでなく、即座に衣服屋を呼びつけてオーダーメイドでドレスを作らせたようだ。
もちろん、費用はミスフィード家持ち。
貴族の夫人がパーティーやお茶会に参加できるように格式の高いドレスって一着で軽く金貨十枚以上はするのだが、唸るような財産を所有している公爵家にとっては問題ないらしい。まあ、地下にあれだけの数の魔道具を保有していれば、ドレスくらい何でもないなと思ってしまう。
旦那であるシューゲルの勘違いによるお詫びという体面を取れば、ノルド父さんの体面を傷つけることもない。
さすがは大貴族。やり取りに抜かりもなかった。
「それはなんというか余計なお世話というか……お悔み申し上げます」
「勝手に殺さないでちょうだい」
高い権力と財産を有する貴族には、俺たちの正装忘れちゃった作戦を通用しないようだ。
また同じような機会があるとは思いたくないけど、今後のために新しい回避法を考えておかないと。
「よかったらアルも一緒に……」
「行かない」
あくまで招かれているのはドラゴンスレイヤーである二人だ。招いた人たちは当然二人に興味があるのであって、パッとしない次男に興味なんてサラサラないのだ。
エリノラ姉さんのように凛々しく見事な剣の腕前があったり、シルヴィオ兄さんのように知性と包容力のあるイケメンであれば同行しても問題ないかもしれないが、俺にはそのように万人受けするような見た目も能力もないからね。
「俺は王都でお土産でも買っておくよ」
エリノラ姉さんにカレーを作るための香辛料を買うように仰せつかっているし、シルヴィオ兄さんからは面白そうな本を買ってくるようにと頼まれている。
どちらも気を抜くと忘れてしまいそうなので覚えている内に買っておきたい。
忘れて領地に帰ろうものなら確実に怒られてしまう。
「そうしなさい。その方がきっと有意義だわ」
エルナ母さんもお茶会を苦手としているからか俺に無理強いすることもなく、優しい声音でそう言ってくれた。
「……エルナ。せっかくの機会だよ?」
だけど、ノルド父さんは俺の可能性を広げようとしているのかお茶会に連れて行きたい様子だった。
「ヘタにアルをお茶会なんて連れていってみなさい。また変な商売の種を膨らませてくるわよ」
「それもそうだね。今回はお土産を買ってくるといいよ」
エルナ母さんが耳打ちをすると、ノルド父さんは真顔で考えを翻すのだった。
●
エルナ母さんとノルド父さんを見送ると、俺はミスフィード家の屋敷を出ることにした。
ミスフィード家の使用人が馬車を出そうとしてくれたが丁重にお断りをした。
シューゲルは学園に出勤しており、フローリアもお茶会、ギデオンは詠唱破棄の練習にために中庭に籠りっきりでラーちゃんも習い事でいない。
つまり、今日は誰にも干渉を受けることがないというわけだ。
一人で気ままに王都を散策できる機会を逃すのは勿体ないからね。
そんなわけで俺は一人で王都を歩き回る。
地味に今回王都にやってきてから一人で街を歩くのは初めてな気がする。
グレゴールの宿に遊びに行った時や、ラーちゃんと街遊びに繰り出した時も馬車を使っていたからね。
王都のメインストリートは今日も賑わっていた。
地面は石畳で綺麗に整備されており、立ち並ぶ建物も高い。
コリアット村とは比べ物にならないくらいに人も多くて毎日がお祭りのようであった。
人口密度がそれなりに高いので毎日歩くと辟易しそうであるが、こうやって偶に歩く分には新鮮だ。
通りには衣服屋、飲食店、武具屋、雑貨屋と様々な店舗が並んでいる。記憶にあるお店もあれば、記憶にない新しいお店らしきものも建っていた。前回やってきた時の記憶と照らし合わせながら歩いているだけでも楽しいものだ。
そうやって王都の雑踏とした雰囲気を味わいながらも好きに徘徊するのもいいのだが、今日の俺には目的がある。それはエリノラ姉さんのためにカレーに必要な香辛料を買い込むことと、シルヴィオ兄さんのために本を買うことだ。
香辛料屋に行ったら匂いが移りそうだし、先に書店を回ることにしようかな。
そんなわけで俺は北区画へと足を向けた。
この世界では本をひとつひとつ手書きで作っているために高級品だ。
そのためシルヴィオ兄さんが欲しがるような本を探すのであれば、こちらにやってきた方がいいと判断した。どっちにしろ香辛料のお店もこっち方面だしね。
北区画にやってくると人の往来は落ち着いたものとなり、立ち並ぶお店にも高級感がにじみ出るようになってきた。
この辺りの書店には行ったことがないけど、適当に歩いていたら見つかる気がする。
そんな適当な精神で歩き回ること十五分。
建物の外に本のイラストマークが描かれた看板を発見した。
品のあるブラウンの壁に黒い屋根をした建物だ。大きな窓ガラスから中を覗いてみると、たくさんの書物が並んでいる。
ここならシルヴィオ兄さんの好きそうな本がありそうだ。
俺にはやや重い扉を押し開けて中に入る。
中央にはカウンターがあり、左右の壁には大きな本棚が設置され、ぎっしりと書物が並んでいた。階段を上っていけば二階にも本棚が設置されている。
天井が高く、天窓から差し込む光が美しい。
室内の調度品はとても落ち着きがあって品が良く、どこかアンティークな雰囲気を醸し出している書店だった。
「入場料として金貨一枚と銀貨一枚いただくよ」
早速、本棚を物色しようとすると、カウンターにいる神経質そうなお婆さんに声をかけられる。
「……入場料だけでかなりするんですね」
「なにごともなければ、金貨一枚はちゃんと返すさ」
お婆さんはイヒヒと魔女のような笑みを漏らした。
高級品である本を客が粗末に扱わないようにという対策であり、立ち読み料金が銀貨一枚として含まれているのだろうな。
俺が戸惑っている間に女性客がやってきて、手慣れたようにお婆さんに金貨一枚と銀貨一枚を渡していた。
ここにいるお客さんは全員支払っているようだ。
まあ、見た感じすごくいい書店っぽいし、素直に従っておこう。
金貨一枚と銀貨一枚をお婆さんに渡すと、俺は今度こそ本棚を物色することにする。
軽く本を手に取って中を確認してみると、どれも状態がかなり良かった。
経営しているお婆さんもここにやってくるお客も本が大好きで丁寧に扱っているのだろう。
ジャンルごとに綺麗に本が並べられているので、どんな本がどれくらいあるかわかりやすいな。お金に関して厳しそうなお婆さんだけでやるべき仕事はきっちりとやっている。
さて、どんな本を買おうか。
シルヴィオ兄さんはとにかく活字中毒なので本であれば何でも読む。
その中でとりわけ好んでいるのは知識欲を満たすようなものと英雄譚だ。
シルヴィオ兄さんは少し前から着色をすることにハマり、その前は山菜やキノコを採取することにハマっていた。
着色技術を高めるための技法や色彩についての本なんかが喜ぶかもしれない。
探してみると、本棚にそれらに関する本があったので内容を軽く確認してから確保した。
あとは山菜とキノコに関する本を一冊ずつ確保する。
これで金貨五枚くらいの値段のようだ。
シルヴィオ兄さんから貰った費用は金貨八枚なので、あと三冊くらいは英雄譚系の本を買えそうだ。
「うーん、どれがいいんだろ?」
シルヴィオ兄さんが好みそうな英雄譚の話を探してみるけど、たくさん種類があってどれがいいかわからない。
この世界では魔物なんて生き物がいるせいか英雄譚がとても豊富なせいで、どれがシルヴィオ兄さんの好みなのか判断がつかなかった。
「……英雄譚を探しているのかい?」
英雄譚ジャンルの本棚で悩んでいると、お婆さんが声をかけてきてくれた。
「ええ、兄へのお土産に買おうと思って……」
「その兄さんとやらは、どんな英雄譚を読んでいるんだい?」
「確か前は『マーリーン姫』のやつを読んでいたかと思います」
「あー、あれさね」
俺は読んでいないので朧気なタイトルを伝えると、お婆さんには理解できたようだ。
納得したような声を漏らすと、お婆さんは本棚をスライドさせて、その奥にある本棚から一冊の英雄譚を取り出した。
「だったらこれなんていいじゃないか? 同じ作者であるドノバンが描いた英雄譚さ」
「おおー、それなら喜びそう」
表の本棚に並んでいるものに比べると、やや装丁が古めかしく紙が少し風化している。
一応はちゃんと読めるがかなり年数が経過していそうだ。
気になって裏側を確認してみるが、これには値札がついていない。
「お婆さん、これいくら?」
「金貨三十枚だよ」
「え? なんか他の本に比べて高くない?」
「当たり前さ。そいつはドノバンがひっそりと書いた一作目の物語だからね。王都に二十冊も存在してないよ。四十年以上も品物でこの保存状態なら当然さ」
古書には歴史的価値や美術的価値があり、目玉が飛び出るような値段がつくと聞くが、ただの英雄譚にもそんな値段がつくのか。
「マーリーン姫が好きってことは、お兄さんはドノバンの大ファンなんだろ? この一冊はドノバンファンなら誰もが食いつくような垂涎の品さ」
「……そんな稀少な品をどうして俺に紹介するんですか?」
気になるのはなぜ俺にそんな本を勧めるかだ。
俺も本はそれなりに好きだが、シルヴィオ兄さんのような本好きってわけじゃない。
「あんたからはお金の匂いがするからさ」
「え? そんな匂いします?」
思わず自分の裾を嗅いでみるが、柑橘系の混ざった石鹸の匂いしかしなかった。
「冗談さ。この間、ミスフィード家のお嬢さんと馬車で移動する姿を見たからだよ」
あー、ラーちゃんと一緒にこの辺りをうろついていた時の光景をお婆さんは目撃していたらしい。って、ことは俺がミスフィード家の人と行動を共にするような貴族だとわかっていて狙い撃ちをしたようだ。
「……よく覚えていましたね」
「客商売だからね」
割と存在感が薄い俺のことを覚えているとはすごい記憶力だ。
「で、どうするんだい?」
お婆さんが尋ねてくる。
俺がミスフィード家と懇意にしている貴族とわかっていても、まったく物怖じをしないお婆さんがすごい。
にしても、本一冊で金貨三十枚か……シルヴィオ兄さんから貰った予算の二倍以上だ。
これだけの大金があれば王都の高級宿で一か月は宿泊ができる。
だけど、遊園地計画には王都に行かない俺に変わって是非とも面倒な仕事を引き受けてもらいたい。それを引き受けてもらうための賄賂だと思えば、俺が懐から出す金貨二十枚くらいは安いものか。
「買います!」
そう考えれば、迷うことはなかった。
即決すると、お婆さんは魔女のような笑みを浮かべるのであった。




