ミスフィード家の当主
ミスフィード家の馬車に揺られて、俺たちは王都の北区画を突き進む。
室内には俺、ノルド父さん、エルナ母さん、ミーナ、サーラ、ロレッタが座っていた。
これだけの人数が乗っていても広々としているのだから公爵家の馬車は違うな。
後方には俺たちが先ほど乗っていたスロウレット家の馬車が見えており、こちらもミスフィード家でお世話になることが決まっている。
まずは宿で休憩し、数日間のんびりとしてから訪問すると思っていただけに、このスピード感についていけない。
まさか王都に到着してすぐにミスフィード家に向かうことになるなんて。
「気になったんだが、どうして僕たちが王都にやってきたとわかったんだい?」
遠い目をしながら王都の景色を眺めていると、ノルド父さんがロレッタに尋ねた。
そういえばそうだ。俺たちが王都にやってきたのは、つい先ほどだ。どうしてすぐに俺たちの位置を特定することができたのか。
「シューゲル様の手紙内容がアレでしたので、スロウレット家の皆様が話し合いのために王都にやってきてくださるのではないかと予想していまして……」
「それでも来るタイミングを見計らうのは難しいわよね?」
やってくることは予想できてもいつかはわからない。いくらミスフィード家でも毎日王都の門を見張るのは大変だろう。
「スロウレット家の皆様がやってくることを把握するために、雪溶かしも兼ねて親族の魔法使いを各門に配備していましたので」
「そ、そうなんだ」
にっこりと笑いながら告げるロレッタの言葉に、ノルド父さんがやや顔をひきつらせた。
ああ、なるほど。仕事に紐づけて毎日感知できるように整えていたわけか。
言葉にすると簡単だけど俺たちを速やかに迎え入れるためだけに、それだけのことができる公爵家の力が恐ろしいな。
王都にやってきた時点でミスフィード家の屋敷に直行することは確定事項だったようだ。
雑談をしながら揺られていると、馬車が緩やかに速度を落とした。
とはいっても、窓から外を見ても屋敷は見えていない。
見えるのは敷地をぐるりと囲う塀や門が見えていただけだった。
前方には奥へと続く道が続き、意図的に植えたと思われる木々が生えていた。
どうやら敷地に入っただけのようだ。
敷地内に小さな森みたいなのがあるって、どれだけお金を持っているんだ。
田舎ならともかく、ここは王都の中でも取り分け土地が高い北区画だというのに。
小さな森を抜けると緑豊かな庭園が広がっており、中央には大きな噴水があった。
その奥には白亜の壁に紺色の屋根をした大きな屋敷が見える。
「うわわー、綺麗な庭とお屋敷ですねー」
ミーナが感嘆の声を漏らしてしまうのも無理はない。
それほどミスフィード家の屋敷は、スロウレット家と規模が違っていた。
まさに王国の建国を支えた公爵家に相応しい気品を備えていると言えるだろう。
やがて馬車がゆっくりと停まると、御者の者が扉を開けてくれた。
順番に馬車を出て歩くと、既に玄関には執事やメイドがずらりと並んで頭を下げた。
統率されたその動きに圧倒されながら玄関をくぐる。
「アルー!」
すると、いきなりラーちゃんが俺のところに飛び込んできた。
避けることもできるが、避けてしまったらラーちゃんが転んでしまうかもしれない。仕方なく身体で受け止める。
「わっ! ラーちゃん!」
「あはは! アルだー! アルがおうちにいるー!」
俺と会えたことが嬉しいのかラーちゃんは満面の笑みを浮かべていた。
どうしたものかと悩んでいると、ラーちゃんと同じ白金の髪をした女性が出てきた。間違いなくラーちゃんのお母さんだろう。
「ラーナ! お客人の前ではしたないですよ。おやめなさい」
「……はーい」
窘められてラーちゃんが残念そうな顔で引き下がった。
こんな綺麗な奥さんがいるのに、シューゲルさんは浮気をしているのか。
いや、これは確定ではない情報だ。変な邪推をするのはやめよう。
「うちの娘が大変失礼いたしました。アルフリート様と会えたのが嬉しくて、気持ちが抑えられなかったようです」
「いえ、お気になさらず」
大事な娘が俺に抱き着く姿を見て、どう思っているのだろうか。
柔和な瞳の奥からどのような感情があるのか察することはできない。
とりあえず、愛想よく笑っておこう。
「はじめまして、シューゲルの妻のフローリア=ミスフィードです。この度は遠いところをお越しくださりありがとうございます」
「お招きいただきありがとうございます、フローリア様。ノルド=スロウレットと申します」
「シューゲルは奥の応接室におりますので、そちらに移動いたしましょう。ラーナはお部屋で待っていなさい」
「えー? 私は行っちゃダメなの?」
「大人の話し合いですから」
幼いラーちゃんに事件の経緯を聞かせるわけにはいかない。
いつも通り無邪気な態度をしていることから、ラーちゃんは今回の事件について何も知らないのだろう。
自分が孕まされたのが誤解だった。そんな酷い事件の後始末をラーちゃんが聞くべきではない。
俺も年齢的に待機していたい気分であるが、当事者なのでどうしようもないだろう。
ラーちゃんは自室で待機することになり、フローリアの案内で俺たちは応接室に向かう。
廊下には数々の絵画や壺などの調度品が置かれていた。それも屋敷の格に負けない物であり、とても雰囲気に馴染んでいる。
見上げると天井には小さなシャンデリアがぶら下がっているが、そこに灯っているのは蝋燭の火ではなく、魔法的な光だ。
魔道ランプのシャンデリア型みたいなものだろう。魔力を消費する代わりに蝋燭を消費せずに済むし、火を使っていないので火災にもならない。一般的なシャンデリアに比べれば利点が多そうだが、どれだけ魔力が必要なのか気になるところだ。
魔力量が増えたせいで最近は日課の魔力消費が難しい。こういった消費魔力の大きい魔道具を購入して、魔力を消費するっていうのもいいかもしれないな。
なんてことを考えながら歩いていると、応接室にたどり着いたようだ。
ロレッタが扉を開けて応接室に入ると、室内は暖かな空気で満ちている。
暖炉には魔道具らしきものが置かれており、そこではずっと火球が浮いていた。
室内を照らす光は全て魔道ランプだ。魔法を生業としている公爵家だけあって、屋敷の中には魔法に関係するものが多いな。
室内にある魔道具が興味深く、きょろきょろと眺めていると、エルナ母さんに肩を突かれた。
キョロキョロしないで室内にいる人物に注目しろということだろう。
慌てて視線を魔道具から外すと、ソファーには銀色の髪に眼鏡をかけた男性が座っていた。
前髪には緩くウェーブがかかっており、口元には丁寧に整えられた髭がある。
ダークブラウンのベストに黒のコートを纏っている。
とても落ち着いており、公爵家の当主に相応しい佇まい。
しかし、この人があの狂気のような手紙を送りつけてきたのかと考えると、第一印象とは当てにならないものだと思う。
なんかシューゲルに睨まれている。
……勘違いはちゃんと解けたんだよね?
鋭い視線を向けられたのは一瞬で、俺達が近づいてくるとシューゲルはにこやかな笑みを浮かべた。
その変貌がちょっと怖い。
「ミスフィード家の当主であるシューゲル=ミスフィードだ。まずは腰をかけてくれ」
「失礼いたします」
シューゲルに勧められて、ノルド父さん、エルナ母さん、俺はソファーに腰かけた。
フローリアはシューゲルの隣に腰かけ、メイドであるミーナたちは壁際に控えた。
「申し訳ない!」
それぞれの自己紹介が終わると、シューゲルがいきなり頭を下げた。
「私が早合点してしまい、スロウレット家には多大な迷惑をかけてしまった。手紙を送ってしまった後、ロレッタをはじめとする者から詳しい経緯を聞いて誤解だとわかった。特にアルフリート殿には酷い内容の手紙を送ってしまった。本当に申し訳ない」
いきなりのシューゲルからの謝罪。
俺に向けられた言葉だけあって、皆からの視線が突き刺さる。
「誤解だとわかってもらえたようで何よりです。謝罪を受け入れます」
今回の目的は和解するためのものだ。きっちりと謝罪を受け入れるのが正しいだろう。
隣に座っているフローリアがホッとした表情を浮かべているのが見えた。
「もう、あなたはラーナのことが絡むと周りのことが見えなくなるのですから」
「面目ない。娘を想う感情が爆発してしまい、酷い言葉をぶつけてしまった。それにも関わらず許してもらえるとは、アルフリート殿はとても寛大だ」
「いえ、些細な誤解が原因でしたので。私も日ごろから両親から愛情を持って接して頂いているだけに、子を想う父の気持ちが少しはわかるつもりです」
俺の言葉にノルド父さんとエルナ母さんが揃って複雑な顔をしている。
よくそこまでぺらぺらと口が回ることだ。とか思われていそう。
「アルフリート殿は年齢の割にとても大人なのですね。ラーナが懐くのも納得というものです」
「いえ、私なんてまだまだ子供ですよ」
フローリアの言葉にはどう答えるのが正解かわからなかったので、触れずに笑って流すことにした。
「スロウレット家の皆様とはゆっくりお話ししたいところですが、王都に到着して早々ですので今日はこの辺りにしておきましょうか」
「ああ、そうだな。とはいえ、迷惑をかけてしまったスロウレット家の皆を帰らせて宿に泊まらせるわけにはいかない。お詫びの一つとして、我が屋敷で是非もてなしをさせてくれ」
……いえ、公爵家の屋敷より、高級宿の方がゆっくり休めるので結構です。なんて風に断ることができたらどれだけ素敵だろう。
「ありがとうございます。では、ご厚意に甘えさせていただくことにします」
ノルド父さんの言葉にシューゲルは満足げに頷いた。
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