久し振りの王都
ポダ村などの道中に存在する村や街を経由して俺たちは進んでいく。
道中に雪が積もっていたりと問題もあったが、俺とエルナ母さんの魔法もあってかそれらは大した障害にならず、俺たちは無事に王都の傍にやってくることができた。
「うわぁっ! 王都の城壁ですよ! アルフリート様! 約一年ぶりですね!」
「ああ、うん。そうだね」
窓から顔を出したミーナが指をさしてはしゃいでいた。
寒いけど一年ぶりに都会にやってきたミーナのことを思うと、窓を閉めろとは言えないな。
ただ、既に転移を使って何度も訪れているので見慣れていたせいで反応はどうしても薄くなってしまうね。
それより俺が気になっているのは王都の街道事情だ。
「王都の周りの街道はきっちりと除雪されているね」
まだこちらでは雪が降るのだろう。平原は真っ白な雪が積もっていたが、街道には一切雪が積もっていなかった。
「この季節になると門に魔法使いが常駐していて、雪を火魔法で溶かしてくれるのよ。ほら、あそこで今もやっているでしょ?」
「本当だ」
エルナ母さんの指さす場所を見れば、魔法使いが火球を地面に転がして雪を溶かしていた。
「雪を溶かすだけの仕事か……とても楽そうだね。将来、仕事に困った時は雪を溶かすだけの仕事に就くのも悪くないや」
「どうしてそういう思考回路になるのかわからないけど、あの仕事に就くには王城に仕える必要があるよ?」
「却下で」
楽そうな仕事だと思ったが、士官する必要があるならいらないや。
脳内にある楽そうな仕事メモの一つに大きくバツ印をつけた。
にしても、街道の雪を除雪するためだけに、魔法使いを常駐させる余裕があるとは、さすがは人材豊富な王都だ。
「ロウさん、今回は南門から入ろう」
「ここからですと東門の方が近いですが、よろしいのですか?」
「ああ、南門で頼むよ」
御者席にいたロウさんが訝しんだが、ノルド父さんがきっぱりと告げると従った。
去年の春はとんでもない衛兵がいたからね。東門を避けたノルド父さんの判断は正解だ。
そんなわけで進路を変えて、南門へと移動。
門の前には旅人や商人たちが並んでいるが、俺たちは貴族なので並ぶことなく別口で入場だ。
入国検査のために馬車を停車させると、銀と赤を基調とした金属鎧を纏う男たちが寄ってきた。
窓から視線をやると、その男はなんと去年東門で見かけた変態衛兵だった。
俺がギョッとした顔を浮かべると、近寄ってきたスキンヘッドの男がニヤリと笑った。
向こうも俺たちのことを覚えている顔だ! 口元から妙に白い息が漏れているが、あれは外が寒いからだけじゃなく、俺たちを見て興奮しているからに違いない。
「ノルド父さん! 外れだよ!」
「そんな! 門を変えたはずなのに!?」
あの衛兵たちを避けるために敢えて入場門を変えるという作戦が見事に裏目に出てしまった。
「貴族章をお見せください」
貴族専用の入り口にいるために嫌ですとは言えない。
女性であるエルナ母さんに任せるという選択肢もあるが、貴族章は当主本人が見せるのが慣例なので無理だ。
「……アル、外の空気を吸いたくないかい?」
「外は寒いし、大人しく馬車の中で待ってるよ」
子供らしい無邪気な笑みを浮かべて言うと、ノルド父さんはガックリと肩を落とした。
去年のような好奇心に身を任せるような行動はしない。外に危険な猛獣がいるとわかっていて出て行くようなバカはいないのだ。
諦めたような顔でノルド父さんが馬車から出て行った。
貴族章を見せると、短髪の衛兵が上気した顔でノルド父さんに詰め寄る。
ノルド父さんは青い顔をしながら必死に身体を触られまいと抵抗しながらも、なんとか質問に答えて行っている様子だった。
それを馬車の中から眺めていると、スキンヘッドの衛兵がジーッとこっちを見つめているのに気付いた。去年俺のお尻を触ってきた奴だ。
こちらを見つめる瞳が「あなたは降りてこないのですか?」と雄弁に語っているようだった。
……こわっ! ホラーかよ!
思わずカーテンを閉めてシャットアウトしたくなったが、それではやましいことがあると言っているようなものだ。
妙な言いがかりをつけられて馬車から下ろされないように、俺はエルナ母さんにくっついて姿を隠した。
「あら、アルの方から甘えてくるなんて珍しいわね」
「たまにはそんな時もあるよ」
俺からくっつきにいったのが嬉しかったのか、エルナ母さんが微笑みながら頭を撫でてくれた。そんな姿をミーナやサーラが微笑みながら見ている。
いい精神年齢をして母親に甘えるのはちょっと恥ずかしいが、貞操の危機に比べれば些細なことだった。
エルナ母さんにくっついて馬車の中でやり過ごしていると、ノルド父さんがげっそりとした顔で戻ってきた。
「あなた、顔色が悪いけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。ロウさん、進めてくれ」
思わずエルナ母さんが心配の声をかけるが、ノルド父さんは何事もなかったかのようにソファーに座った。恐らく触れてほしくないのだろうな。
一人の尊い犠牲により、こうして俺たちは王都に入ることができた。
●
王都に入ると俺たちは真っすぐに宿に向かうことに。
ミスフィード家に用があるといっても、約束も無しに訪ねてもすぐに会えるはずがない。
まずはミスフィード家と面会できるように、都合を尋ねる手紙を送る必要があるだろう。
ラーちゃんのパパであるシューゲルは、魔法学園の学園長を務めていると聞く。
家の執務に加えての仕事だ。どうせすぐに会うことはできないだろう。
それまでは宿で旅の疲れをじっくりと癒し、気ままに王都の散策でもすればいい。
そんなのんびりとした王都での過ごし方を考えていると、目的の宿にたどり着いた。
王都の中央区にあるメインストリートに面した宿。
去年の貴族交流会で利用した貴族専用の高級宿だ。約一年ぶりに利用する場所なだけにちょっと懐かしい。
馬車から降りると従業員たちが恭しく出迎えてくれた。
馬車の移動や馬のお世話は従業員に任せて、宿に入ろうとしたところで違う馬車が猛スピードでやってきた。
この宿にやってくるということは俺たちと同じ貴族だろうか? 宿ではできるだけ鉢合わせしないように気を付けよう。
「お待ちください! スロウレット家の皆様!」
そんなことを考えながらロビーに入ろうとすると、俺たちを呼び止める声がした。
足を止めて振り返ると、やってきた馬車が停まり、勢いよくメイドが出てきた。
「あっ、ラーちゃんのメイドさん」
「はい! ラーナ様にお仕えしております、メイドのロレッタです! 突然大声を上げて呼び止めるような無礼をお許しください」
非礼を詫びるようにスカートを摘まんで頭を下げるロレッタ。
公爵家に仕えるメイドだけあって仕草が洗練されているな。
「許すよ。それで僕たちに何の用だい??」
「先日のお手紙の件で当主であるシューゲル=ミスフィード様がお会いしたいと申しており、スロウレット家の皆様をご招待しに参りました」
ミスフィード家からのいきなりの招待に思わず顔が強張る。
それは俺だけでなくノルド父さんやエルナ母さんも戸惑っていた。
手紙の内容が内容だ。招待と言われても、身構えずにはいられない。
屋敷に誘い込んで俺を袋叩きにするつもりではないだろうか。その果てには証拠の隠滅だって目論んでいる可能性がある。
公爵家でも男爵家にそんな非道なことはしないと思うし、足がつくのでリスクが高すぎるが、あの狂気のような手紙を思い出せばしないとは言い切れないな。
「王都にやって来たのはシューゲル様と面会をするためだったので非常に助かりますが、急に訪ねてはご迷惑ではないでしょうか?」
「シューゲル様が暴走し、スロウレット家の皆様に多大なご迷惑をかけてしまったのです。お詫びとしてミスフィード家の屋敷でもてなしたいとのことでして……」
「ということは、手紙の件はシューゲル様が勘違いだと自身で認識されていらっしゃるのでしょうか?」
「……はい。私とラーナ様、アレイシア様から改めてご説明したことによって誤解は解けました。本当に申し訳ございません」
エルナ母さんがおそるおそる尋ねると、ロレッタが深く頭を下げて謝った。
それもそうだよね。ラーちゃんに子供ができたなんて人間の構造上無理な話なのだ。
良かった。ちゃんとロレッタが説明して誤解を解いてくれて。なんかアレイシアも混ざっているのが気になるけど、誤解を解いてくれたのであれば文句はない。
自分の口から弁明しないといけないと考えると気が重かったんだ。
命の危険が遠ざかったことを確認したせいか緊張が一気に解けた気分。
勘違いだってわかったんなら面会なんて無しってことにはならないかな。まあ、無理だろうけど。
「ひとまず誤解が解けたようで何よりですが、私たちは御覧の通り王都に着いたばかりですので……」
「ご安心ください。スロウレット家の皆さんをお迎えできるように準備は整えておりますので。というか、すぐにお招きしないと私が怒られてしまいます」
ロレッタが涙目になって懇願してくる。
殺害予告のような手紙を出してしまっただけにラーちゃんのパパも必死なようだ。
この様子だと今すぐにでも向かった方が良さそうな雰囲気。
「わかった。しばらくの間、お世話になるよ」
「ありがとうございます!」
ノルド父さんが諦めたように息を吐いて言うと、ロレッタが感激の表情を浮かべた。
王都に着いたばかりなので宿でゆっくりしたかったが、公爵家に呼ばれてしまえば向かわざるを得ない。
こうして俺たちは王都に着いて早々にミスフィード家の屋敷に向かうことになった。




